■日本代表のポテンシャル
負けて幸せだと感じることは難しい。が、振り返りや反省をしっかりすれば、未来のために必ず役立つ。それこそ、日本代表が今すべきことにほかならない。
日本のフットボールの質からすれば、北中米ワールドカップ(W杯)では「早期の敗退を喫した」と言えるだろう。彼らはベスト32でブラジルに敗れたが、そのブラジルも次戦でノルウェーに敗れて、決して別格の存在ではなかったことを露呈している。では、日本がノルウェーと戦っていたら一体どうなっていのだろうか? 日本の本来のポテンシャルはどこにあったのだろうか?
■「優勝」という目標
Getty Images日本は今回のW杯で優勝を目指していたと聞いた。それが現実的な目標だったのか、単なる気概の話だったのかは分からない。だが個人的な意見では、日本はまだW杯の優勝候補ではない。自信を持つことはともかく、現実と目標の乖離は明らかな欠点だ。自分たちのことを優勝に届き得るチームだと考えれば、ピッチ内外でのプレッシャーを過剰に高めてしまい、失望を招くことにつながる。見当違いの期待が生み出す挫折感ほど最悪なものはない。結果論として、日本は“優勝を目指す”という目標にふさわしいチームではなかった。
日本は今、不可能だったことを信じた代償を払っている。今回のW杯、彼らの本来の実力で言えば、組み合わせに恵まれてベスト8を狙えた程度であり、それ以上の成績はほぼ奇跡だっただろう。彼らはあらゆる面において、まだまだ成長が必要だ。
日本は世界の強豪たちと比べれば、真に恐れられるチームではない。彼らが目覚ましい成長を遂げているのは確かだ。しかしチームとしてのパフォーマンスに目を向けると、守備の不安はいまだ払拭されておらず、より効果的なプレーを浸透させることが求められる。そして、何より高いツケを払っているのは、個人のミスにほかならない。日本人選手は集中力を欠いてミスすること、失点することが多い。それはどこか構造的な問題で、結果を出し続けることでしか修正できないのかもしれない。集中力の欠如は、彼らにとって極めて厄介な敵だ。
■ベスト4との明確な「差」
Getty Images日本は自らを見つめ直す必要があるが、それと同時にほかの代表チームに目を向けるべきだろう。例えば北中米W杯のベスト4であるフランス、スペイン、イングランド、アルゼンチンだ。4カ国はいずれもフットボール大国だが、その厚みあるベースの上に、しっかりとした組織力、競争力が植え付けられていた。
フランスはウスマン・デンベレ、マイケル・オリーセ、キリアン・エンバペら圧倒的なタレントたちを揃えながらも、ディディエ・デシャン監督が彼らを見事にまとめ上げて強固な組織を築き上げた。エンバペを含めて、誰もハードワークを厭わない。スペインはボールポゼッションと、ボールを失った直後の“猛プレス”から波状攻撃を仕掛けるという、独自のスタイルをさらに確固たるものとした。アルゼンチンは前出の2チームと比べて守備に不安を抱えるものの、リオネル・メッシがすべてを可能にし、彼のためにチームが一つにまとまっている。最後にイングランドは、少なくとも準々決勝までは逆境を跳ね返す強靭なメンタリティーを見せつけていた。
今大会のベスト4は個々のクオリティーに優れ、組織としてまとまり、確実かつ自信のあるプレーを実行するという共通項を持つ。彼らと日本を比較すると、一つ明確な違いが浮かび上がる。日本の選手たちは欧州の主要リーグで、もっと重要な役割を勝ち取らなければならない。フィジカル、戦術、メンタル面でさらなるレベルアップを果たす必要があるのだ。
今の代表チームで言えば鈴木彩艶、佐野海舟、上田綺世がその理想像と言える選手たちだ。彼らはどんなクラブでも“柱”としての活躍を見せられる(あるいはその可能性がある)。日本は3人のような選手をこれから増やしていかなければならない。彼らが強固な土台をつくることで、久保建英、三笘薫、鈴木唯人、中村敬斗ら技術と才能に特化した“日本人らしい”選手たちも、自ずとその力が引き出されるようになるはずだ。
■指揮官交代のタイミング
Getty Images日本は現在、森保一の去就について議論しているという。フットボールは残酷なもので、過去の実績や成功を顧みることなく人を罰する。森保については、日本を見事に育てたと思っている。彼はチームにアイデンティティーをもたらし、はるかに格上と思われていた強豪たちとの距離を縮めた。まだまだ未熟で、見下されながら「よく頑張っている」と褒められてきた日本の姿は、すでに過去のものだ。現在の彼らはどんなチームにも立ち向かっていける……とはいえ、肝心な場面で足元をすくわれる悪癖も、いまだ消えていない。
今回のブラジル戦が良い例だろう。森保はあまりに保守的だった。日本は力強く試合に入ったものの、後半に守備一辺倒となったために勢いはかき消え、1-2の逆転勝利を許してしまった。次戦でブラジルと当たり、逆に2-1で勝利したノルウェーはどうか? 彼らはポゼッション率を上げていったが、カルロ・アンチェロッティのチームはそれに対応する術を持たなかった。結局、日本が敗れたのはアンチェロッティの采配が優れていたからというより、自滅に近い形だったのだ。今回のW杯、彼らはもう少しだけ先へ行けたはずだった。
さて、森保は日本を率い続けるべきか否か……遠く離れたスペインから見ていると、彼以外の監督を選択してもいいような気がする。もちろん、新監督を招聘しても成功が約束されるわけではないし、欧州で名の知れた指導者を呼んだとしても時にチームの退化を招くことがある。
それでも一つ確かなのは、「新たなプレーアイデアと新たな刺激がチームを前進させる原動力になり得る」ということだ。一人の監督が8年、さらに12年と同じチームを率い続ければ、良い意味でも悪い意味でも“安定”が生じてしまう。日本のフットボールは発展途上であり、選手たちの質もどんどん上がり続けている。ここいらで変化を起こしたっていいだろう。
日本のフットボール協会、または森保自身がどのような決断を下すにせよ、次の監督は日本のフットボール文化を理解し、選手たちに厳しく要求し、個々人のミスを減らせるような人物でなければいけない。私は日本の深い内情まで預かり知らないが、森保はおそらく、もう適任者ではないような気がしている。
文=ハビ・シジェス(Javi Silles)/スペイン紙『as』副編集長
翻訳=江間慎一郎

