FAカップで感じた”違い”

――FAカップはイングランドでも特別な大会だと思います。実際にプレーしてどのように感じていましたか。
稲本:クラブによって捉え方が違うと思います。アーセナルはもちろんタイトルを獲りに行く負けられない大会。フラムやウェスト・ブロムウィッチでも経験しましたけど、カラバオカップとは違う価値のある大会だったと思います。
李:僕がいた当時、サウサンプトンはチャンピオンシップだったので、上のチームと戦える機会がそこまでなかったんです。だから、希望が詰まった大会でしたね。僕がいた当時は2部から1部に上がってちょうど上り調子だったので、プレミアリーグのクラブとの戦いは、サポーターが待ち望んでいたことでした。勝ち上がるにつれて、プレミアリーグのビッグクラブが出てきますし、本当に希望があるカップ戦という思いですね。
――日本で見ていると、同じカップ戦でもFAカップとカラバオカップの差は肌で感じづらいように思います。実際にイングランドでプレーすると、どのような違いを感じるのでしょうか。
稲本:FAカップはリーグ戦が終わってから決勝をウェンブリー・スタジアムでやるので、価値がすごく高いんだと思います。イングランドの人が大事にしている証拠だと思うし、歴史も違う(※FAカップは1871年開始、カラバオカップは1960年開始)。それは向こうでプレーしているときに思いましたね。
――FAカップはノンプロのチームと対戦したり、下部リーグの本拠地に行くのも名物です。
稲本:やっぱり負けられないし、ファンも勝つのは当たり前という目で見るので、やりづらさは感じました。特にアウェーとなるとモチベーションも高くて厳しい戦いをした記憶はあります。
李:僕からするとトップクラブはもうスタジアムが全然違いますから。マンチェスター・ユナイテッドもリヴァプールもチェルシーもすごいけど、サウサンプトンは少し見劣りして(笑)。そこが印象に残っています。
稲本:上に行くと規模や雰囲気は全然違うよね。
――稲本さんはプレミアリーグでやっていたからこそ、ギャップもかなり感じますよね。
稲本:(下部リーグクラブの)ロッカーの質、設備とかは全然違ったかな。古き良きじゃないけど、シャツをかける場所が一つしかないとか、すごい狭さやから(笑)。
――もちろん、プレー面での違いもありますよね。
稲本:いやあ、苦しいよ。僕がいた時代は4-4-2で、キックアンドラッシュがまだ残っている時代だったから、球際の激しさや走ることが要求されるチームが多かった気がします。
――激しいぶん、ケガの怖さもありそうです。
稲本:はい。ガチでやらないようにして、行くときと行かないときの見極めを慎重にしていました。
――李忠成さんの場合はFWですし、上のチームとやる場合にはどのような心構えでしたか。
李:チェルシーとかが相手になると、走ればいいかとかの次元でもないんです。走ったらただやられちゃう。僕の場合はプレミアリーグのチームとの距離感をつかめないまま終わってしまって、活躍はできなかった。その感覚をつかむのが今の選手たちにとって大事なことかなと思います。日本と全然違いますもんね。
稲本:もう同じ競技じゃない(笑)。レフェリーの基準も違うし。
李:腕の力が半端じゃないんですよ。抑えられると、もう入り込めなかったり。
稲本:ヘディングも強いでしょ。僕が他の国でプレーしているときは、コーナーキックのときもしっかりマークがついていたけど、プレミアではポスト横とかストーン役でした。なんでか知らんけど、プレミアリーグの選手って全員ヘディングが強いんですよ。
李:練習中からセットプレーでめちゃくちゃ入りますもんね。
一番うまかったのは…
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――数多くの選手と対峙してきたと思いますが、特に印象に残っている選手はいますか。
稲本:僕の場合はアーセナルに入って、最初に練習で対峙したときのレベルの違いは衝撃的でした。日本代表でフランス代表と対戦していたからある程度はつかめているかなと思っていたけど、毎日の練習でプレーしているとレベルの差はありました。
李:(パトリック)ヴィエラとかいました?
稲本:うん。(ティエリ)アンリ、(シルヴァン)ヴィルトール、(ロベール)ピレス、(デニス)ベルカンプ…。ソル・キャンベルがトッテナムから移籍してきて。
李:まじすか? すごいな。
稲本:そのときの衝撃は印象的でしたね。もう全部が違う。速い、強い、うまい。すごいレベルだったから、ここでやっていったら強くなるという手応えもあったけど、その前にいられなくなりましたね。
李:誰が一番うまかったですか?
稲本:ベルカンプ。
李:まじで? エグいな。
――ベルカンプと聞くとすぐにトラップが思い浮かびますが、具体的にどんなプレーが違いましたか。
稲本:みんなデカいからデカく見えないんですけど、ちゃんとデカいし、一つひとつの技術が違う。もちろんアンリやピレスもうまかったけど、よりゴールに直結するプレーはベルカンプがピカイチでしたね。
李:そこまで速くないですよね?
稲本:いや、一瞬が速いんだよ。
――李さんはチェルシーとも対戦しています。
李:ランパードの胸板の厚さにはちょっとびっくりました。あと、アシュリー・コールの足の速さ。ゲームでよく使っていて、「レスポンス」が98なんですよ。どんなレベルなんだろうと思ったら、めちゃくちゃ速くて。僕は78くらいが妥当だなと思いました(笑)。
稲本:ちゃんと見てるってことやん(笑)。
――稲本さんはアーセナルでの衝撃もありながら、4年ほどイングランドでプレーしました。逆に通用すると思った瞬間はありましたか。
稲本:フラムの2年目くらいからは手応えがありましたし、試合にも使ってもらえるようになってきた。出始めたらスピードにも慣れてくるでしょ。そういう感覚が磨かれて、手応えはつかめた感じはしました。
――ご自身の能力に関して通用すると思った部分はありますか。
稲本:走力やフィジカル的な部分は無理だなと思ったけど、技術に関しては通用する部分もありました。日本ではそういうタイプではなかったんですけど、強さや速さを求めながらもそういうところをアピールしないといけないなと思いました。
――今の時代にも通じる話かもしれないですね。
稲本:今で言うと、当時よりインテンシティは上がっているので、フィジカル的な要素も絶対に必要だと思います、その中で技術や献身性など日本人の良さをなくさないようにしてほしいし、そういう選手が生き残っていると思います。
李忠成が日本代表に求める選手は?
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――前線の選手で言うと、プレミアリーグで活躍できるストライカーはなかなか出てこないですよね。
李:もうスペックが違いすぎますよ。アーセナルのサリバやガブリエウ選手も190センチ以上あって、スピードも34~35km記録しますから。毎回言うんですけど、大谷翔平が必要なんですよ。
稲本:(笑)。
李:190あって足が速くて、日本的な技術がある選手じゃなきゃFWは戦えないと思います。
稲本:1トップのチームが増えたからね。4-4-2の2トップなら、岡崎慎司(※2015年から2019年までレスター・シティに在籍)がいましたが。
李:(ジェイミー)ヴァーディ、岡崎の2トップ。
稲本:どうしても4-3-3が増えて、1トップのチームが増えた。
李:日本はトップ下大国ですよ。香川真司もアレックス・ファーガソン監督の最後の年でバリバリ活躍していましたし。久保建英選手や堂安律選手がプレミアに来たとしてもある程度やれると思うんですけど、FWに関してはね…。
稲本:逆に出てきたら強くなる。
李:大谷が出てきたわけだから今後出てくるんじゃないかな。
稲本:そうそう。日本人の平均身長やスペックも僕らの時代よりも上がってはいるだろうから。出てくるのも時間の問題かな。それに上田綺世のような選手があそこで活躍できる可能性もなくはないのでね。
――現在のプレミアリーグを見てみて、プレーしていた当時と違いは感じますか。
稲本:より戦術的に洗練されたチームが増えたと思います。下のチームでも他のリーグに比べたらもらっているお金もすごいと思うし。僕がいた頃は4-4-2のボックスで走るというスタイルでしたけど、今はそういうチームは下位でもないし、可変システムを使っていますよね。もちろん、インテンシティも上がっているし、魅力的なリーグになっていると思います。
――細かい指示はなかったんですか。
稲本:ないです。キックアンドラッシュで、前に強い選手がいるから、彼めがけて蹴って取りに行くという。
李:ハイボール来たら、「ギャンブル!」って言いますもんね。
稲本:ギャンブルで走らなあかんから(笑)。ボールが前に行ったらいいし、(判断が)間違ったらすぐ戻らなあかん。そんなチームはもうないですよね。
――最後に、改めてFAカップ準々決勝を前に日本のファンへ見どころを教えてください。
稲本:まずこのツアーを通じて歴史を知ってもらえれば。日本との密接な関係もあります。そのことを知ったうえで試合を見ると、また違った視点で楽しめます。ジャイアントキリングがあるのかどうかという観点もありますし、より多くの人に見てほしいと思います。
李:日本のレベルも上がっています。ワールドカップ優勝はファンもサポーターも関係者もみんなが望んでいること。それを目指すうえで、選手だけでなくサポーターやメディアもイングランドや世界で一番大きいカップ戦の歴史を学んでいく必要があると思います。ジャイアントキリングもありますし、リーグ戦とは違った希望が詰まったカップ戦なので、どういう姿勢で現地のサポーターが見ているのかにも注目してもらいたいですね。サポーターは試合中、動いたり跳んだりせず止まっていますもんね。
稲本:そうですね。イングランドの場合はサポーターも含めてのエンターテインメントということを感じますから。





