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【独占】日本代表の“現実”を吐露。格上相手のW杯へ選手・監督らが「腹を括った」瞬間/守田英正ロングインタビュー第3回

 カタール・ワールドカップ(W杯)日本代表メンバーである守田英正。川崎フロンターレ、サンタ・クララを経て今夏よりポルトガルビッグ3の一つ、スポルティングでプレーし、国際経験と自身の戦術眼の幅を広げている。GOALでは、川崎F時代から守田を追ってきた記者によるインタビューを実施。初の欧州挑戦での苦悩やスポルティングでの経験に続くテーマは日本代表。自身の代表への思い、そしてドイツ遠征での収穫と課題について語る。(聞き手:林遼平)

■ “空き”がないと入れない世界

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 日本代表デビューは2018年9月11日の国際親善試合・コスタリカ戦だった。23歳で「小さい頃から目指していた場所。いつどんな時も目指していたところ」にたどりついた。初招集から4年が過ぎ、いまや森保ジャパンに欠かせない存在となった守田にとって「日本代表」はどんな場所なのか。

――日本代表をより意識し始めたのはいつからですか?

 川崎フロンターレでスタメンとして使われ始めた1年目(2018年)の夏くらいです。コンスタントに出場していましたが、そこでスタメンの座を確保してから意識するようになりました。初めて代表に招集された時も、中盤の選手にケガ人が出たため入れ替わりという形で行くことになりました。ケガをした選手がいると聞いた時に実は「自分だろうな」と思っていたんです。

 本当に実力が高ければパッとメンバー入りできますが、移籍と一緒で代表は「場所が空かないと基本的には入れない世界」だと思っています。これはスポルティングでも同じで、自分と同じポジションの選手が移籍するということがあって加入するわけです。今までいた選手が抜けなければ話は進まないですし、代表もそういうものだと思っています。

――代表でのステップアップをどのように感じていますか?

 代表内では順調だと思います。ただ、正直、(2019年1月の)アジアカップ直前にケガをしたのは痛かった。あの大会で活躍した(遠藤)航くんがシント=トロイデンからシュツットガルトにステップアップしましたが、もし自分がアジアカップで結果を残すことができていたらと考えた時、そのタイミングで今と同じぐらいのレベルに来られたはずなんです。だから、あそこは完全に自分の岐路だったと思っています。唯一、後悔しているケガです。

――そこからは一歩一歩前に進み、2021年10月、W杯最終予選のオーストラリア戦で結果を残したことで立ち位置が上がりました。

 いや、個人的に上がったという感じはなくて。もともと自分に圧倒的な自信があった中で、結果が付いてきたからではなく、これくらいはできると思っていました。それをやっと周り(メディアなど)が分かってきてくれたという感じです。

 最近にしても、これまでとずっと同じプレーをしてきていますけど、自分がスポルティングに行ったことで見る目が変わって、そこでやれているから「この選手すごい」という見られ方をしています。だから、周りの人が思うより、個人としては代表内の立場や充実感はずっと一緒です。醸し出している雰囲気が変わっていたりするのは、自分では気づかないので分かりません。こういうことをトライするようになった、ここはレベルが上がった、と思うくらいで、基盤となるベースは変わっていないと思います。

■いまの日本は「やりたいサッカーを選べない」

 日本代表はW杯の強化の一環として去る9月にドイツ遠征を行った。2試合を戦い、アメリカ戦は2-0の勝利、エクアドル戦はスコアレスドローに終わっている。この2連戦は本戦へ向けての貴重な強化の機会であり、選手にとっては最終メンバーに残るための「最後のサバイバル」と位置づけられる強化試合でもあった。

――9月のドイツ遠征を改めて振り返ってください。

 今までの活動と比べると、主に守備面でさまざまなトライをするといった形でうまく取り組めたと思っています。そんなことを言っている時期なのかというと難しいですが、間違いなく一歩は前進したと思います。

――アメリカ戦のパフォーマンスは素晴らしかったですね。メディアの評価も高かったと思います。

 あの試合に関しては、全体的なパフォーマンスとしても相当良かったなと思います。数字も残すことができました。それに対する評価はもちろん嬉しかったです。とはいえ、個人的にはメディアの評価より、スポルティングに帰って来て、「あの試合すごく良かった」と言われた時のほうが100倍嬉しかった。自クラブのレベルの選手でも、あのパフォーマンスを良かったと認めてくれるものだったので、良い出来だったと思います。

――個人としても攻守に描いていたものを表現できた?

 手応えはありました。さまざまな局面に顔を出して、とにかく90分まず走る。どう良かったかと言うと、特に前半はボールを落ち着かせられたこともありますし、奪った後、効果的なポイントに何回もパスをつけることができた。ただの横パスではありましたけど、アシストもできました。

 あと試合の途中に冨安(健洋)から(鎌田)大地に入って、そこで落としてもらったのをドリブルで運んでから(久保)建英に出した場面がありました。普段ならもらったボールに対して近くにいた(遠藤)航くんにパスを出してしまうことが多いんですけど、ここは「自分で運んだほうが早くて正確だ」と一瞬で判断を変えることができた。これは今、スポルティングでボールを運ぶことを要求されていることが還元できた場面です。映像で見ても、よくちゃんと自分で行ったなと思います。サンタ・クララの時までならワンタッチで航くんに出しています。ただ、それだと前進はあまりできていない。コース取りはまだまだ改善点がありますけど、その判断は良かったと思います。

――これまでの代表活動の際には「いかにボールを握るか」という話が多かった中で、ここで「いかにボールを奪うか」にシフトしたように感じています。それはW杯の対戦相手を考えてなのでしょうか?

 個人的な考えで言えば、グループステージを突破していきたいなら守るしかないと思っています。まだ、僕らの立場では相手を抜きにしてやりたいサッカーを選べないんです。それは未来の話で、いま勝とうと思うならまず徹底的に守備を落とし込むことが大事。それならばボール非保持の場合を優先的に考えるべきなので、今回は守備をどうしようかとコミュニケーションを取りながら突き詰めていった感じです。ボールを握ることに対しての会話はほとんどなかったですね。

――ドイツ遠征から大きく変わったと。

 6月の強化試合(※)で結果が出なかった中で、直前まで来てしまった。そこで今回の遠征はW杯前のラストチャンス。だから、何かを変えないといけないと思ったわけです。初めて行動に移さないといけなくなった。今までは各々の考えやクオリティでどうにかできてきたところがあって、攻撃はそれでも大丈夫なところがありますが、守備はそうはいかない。

 相手が格上でボールを握ることが予想される中で、やはり守備を話す必要があるなと感じていました。そこで「この時はこうしよう、ああしよう」と監督やスタッフを含めて話をしました。ちょっと腹を括った感もありますし、本当に時間がないという焦りがそうさせた感じです。

※vsパラグアイ(4○1)、vsブラジル(0●1)、vsガーナ(4○1)、vsチュニジア(0●3)

――6月の試合後にチーム全体で危機感が高まっていることは感じていました。そういう意味では、チームとして目指す方向が定まったとも言えますか?

 ちゃんとみんなで意見を出し合いながら、やりたいことがうまくハマったところがあったので、前進できたとは思います。本当に最低限のところを抑えて、結果として出たので自信はつきましたね。

――ドイツ遠征で、W杯出場国であるアメリカ、エクアドルと対戦した印象は?

 正直、アメリカは僕が思っている以上に弱かったですね。そこはあまり判断材料にならないかなと思っています。ただ、自分たちがやらないといけないと提示したものに対して結果がついてきたので、それは成功例と考えていいと思います。

 エクアドル戦は出ていませんが、すごく良いチームだと思いました。フィジカル面の強さや縦に速いオープンサッカーを得意としていて、そこは日本がすごく苦手とするところ。それプラス、相手が可変的にビルドアップをしてきたときにプレスがハマらず、逆に自分たちはビルドアップ時に相手のプレスにハマってしまった。言ってしまえば、アメリカ戦で行ったプレスのハメ方をそのままエクアドルにやられたわけです。そうなったときに例えばボールを握ることを放棄して、少しだけ相手を引き付けてロングボールを落とすところを決めておく。そこに対して相手より早く準備してセカンドボールを拾うことができれば、別にボールを保持する必要がないと。そういうトライをしないといけないなとベンチで見ていました。だから、ピッチで戦っていた選手と同じかそれ以上に見ている側の収穫が多かったと思います。

【第4回:W杯展望編に続く】

Profile

1995年5月10日生まれ。大阪府高槻市出身。ポジションはMF。177cm/74kgの右利き。高槻清水FC-9FC高槻-金光大阪高-クラブ・ドラゴンズ-流通経済大を経て、2018年に川崎Fでプロデビュー。初年度からレギュラーを確保して18年、20年のJ1リーグ制覇に貢献した。21年1月よりサンタ・クララ、22年7月にスポルティングへと完全移籍。日本代表としては18年9月11日、森保一監督初陣のコスタリカ戦でデビュー。21年3月のW杯アジア2次予選から本格的に定着し、カタールW杯でも中心としての期待を背負う存在。

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