ミュンヘン近郊の田舎町ランドベルクで生まれ育ったユリアン・ナーゲルスマンにとって、バイエルン・ミュンヘンの指揮官就任は究極の夢だった。当時史上最年少の28歳でホッフェンハイムの監督に就任し、その後の輝かしい成果とともにレッドブルグループの象徴的クラブであるRBライプツィヒへと引き抜かれたとき、彼の頭には後の未来予想図が鮮やかに描かれていたに違いない。2023年までライプツィヒと結んでいた契約を破棄してバイエルンへ移るための違約金は約2500万ユーロ(約34億円)だったが、ドイツの盟主は聡明で野心的な若き指揮官を懐に収めるのを躊躇しなかった。そしてナーゲルスマンもまた、憧れのクラブを率いることの意義と責任を一身に背負い、成績でも内容でも相手を圧倒するスーパーチームの実現に向けて虎視眈々と強化プランを練っていたはずである。
今季のバイエルンはスタートダッシュに成功した。リーガ開幕戦のボルシア・メンヘングラートバッハ戦こそドローで終えたものの、その後はDFLスーパーカップ、DFBポカール、UEFAチャンピオンズリーグの各種大会も含めて破竹の9連勝をマーク。しかも全試合が複数得点で、その破壊的な攻撃に対戦相手は恐れ慄いた。
ナーゲルスマンが用いた手法は圧倒的なまでの総攻撃だ。ロベルト・レヴァンドフスキ、レロイ・サネ、トーマス・ミュラー、セルジュ・ニャブリ、ジャマル・ムシアラ、キングスレイ・コマンらを擁する攻撃陣のほとんどを相手ペナルティエリア内へ飛び込ませ、数の論理でゴールを強奪する。攻撃偏重は守備力減退のリスクも伴うが、それはレオン・ゴレツカ、ヨシュア・キミッヒの両セントラルミッドフィルダーやニクラス・ジューレ、ダヨ・ウパメカノの両センターバックが中央エリアを締め、アルフォンソ・デイヴィスやバンジャマン・パヴァールらのサイドバックが攻守両輪で機能することでしっかり補完した。
Gettyナーゲルスマンはホッフェンハイム時代からの師匠でもあるラルフ・ラングニック元ライプツィヒ・スポーツディレクター(現マンチェスター・ユナイテッド監督)とドイツ『DAZN』の番組で対談した際に、「常に相手カウンターには留意しなければならない。その際にサイドエリアはある程度許容してもいい。ただ、中央エリアは絶対に閉じなければならない」と述べ、実際にその約束事を選手に徹底させて守備力の維持に努めている。ただしリーガ22試合を終えた時点でのバイエルンの失点数はリーガ2位の25と1試合平均1点を超えており、同じく22試合で70得点の得点力と比すると多少見劣りする。
それでも失点が『総攻撃』の代償と捉えれば、“ナーゲルスマン式バイエルン”はすでにそのチームカラーを標榜している。特に今季CL初戦のグループステージ、アウェー第1節・バルセロナ(スペイン)戦での3-0完勝や、ブンデスリーガ第14節・ボルシア・ドルトムント戦での打ち合いの末の3-2勝利などはリスクを物ともしない挑戦的な姿勢が滲み出る一戦だった。ちなみにバイエルンはホームのCL第6節でもバルセロナを3-0で返り討ちにし、ベンフィカ(ポルトガル)、ディナモ・キエフ(ウクライナ)らと争ったグループステージを6戦全勝で終えて堂々の1位突破を果たした。
■暗雲漂う中ザルツブルク戦へ
Gettyそんなバイエルンに今、少しの暗雲が漂っている。先週末のブンデスリーガ第22節、アウェーのボーフム戦で2-4と敗戦して今季リーガ4敗目を喫したのだ。ボーフム戦の失点はすべて前半に喫したもので、バイエルンが前半だけで4失点したのは1975年以来47年ぶりという記録的敗戦だった。
ボーフム戦の失点は早々にレヴァンドフスキが先制した後のカウンター被弾、ウパメカノのハンドによるPKと許容すべき流れもあったが、3失点目は相手右サイドバックのクリスティアン・ガンボアにコマンが股を抜かれ、フォローしたキミッヒが相手のワンツーアクションでかわされるという局面強度不足が要因。また4失点目もウパメカノが左ウイングのゲリット・ホルトマンにこれまた一発でかわされて技巧的なシュートを浴びるという、およそバイエルンらしからぬ個人勝負での劣勢が引き金となった。
この日、新システム4-1-4-1のアンカーを務めたキミッヒは、「シーズン最低のパフォーマンスだった。これがバイエルン・ミュンヘンを体現するメンタリティーなのかと、自分たちに問いかけなければならない」と語り、激しい落胆の意を示した。ただ、それでもこの節でウニオン・ベルリンに勝利した2位・ドルトムントとは勝ち点6差を保っており、現時点で国内での戦いでバイエルンに黄信号が灯っているわけでもない。
Getty Images一方で、今週のバイエルンには2シーズンぶりのCL制覇への第一関門が待ち構えている。相手はオーストリアの絶対王者であるレッドブル・ザルツブルクで、彼らは現在オーストリア・ブンデスリーガで2位のヴォルフスベルガーACに勝ち点14差をつけて断然の首位に位置し、CLではセビージャ、ヴォルフスブルクといったスペイン、ドイツの中堅チームを打ち破ってリール(フランス)と共に決勝トーナメント進出を決め、今や昇り龍の如き勢いがある。
これまでのザルツブルクはウィンターブレイクを挟む前までは好成績を挙げるも、その期間に活躍した選手たちが各国のビッグクラブに引き抜かれて戦力ダウンを余儀なくされ、国内はともかくヨーロッパシーンではシーズン後半に他クラブの後塵を拝することが多々あった。2019年末にFWアーリング・ハーランドがドルトムント、FW南野拓実がリヴァプール(イングランド)へ移籍したのは典型的なケースで、このシーズンのザルツブルクはヨーロッパリーグのラウンド32でアイントラハト・フランクフルトに2戦合計3-6で敗退している。
ただ、今季のザルツブルクは主力のほとんどが今冬に移籍しなかった。21歳のMFブレンデン・アーロンソンはリーズ・ユナイテッド(イングランド)、22歳のMFモハメド・カマラはアトレティコ・マドリー(スペイン)から獲得オファーを受けたが、クラブは移籍を容認しなかった。他にも24歳のDFラスムス・クリステンセンはASローマ(イタリア)、20歳にしてドイツ代表に選出されたFWカリム・アデイェミはドルトムントへの移籍が取り沙汰されているが、とりあえず今季中の主力放出は避けられた。
CLラウンド16第1戦の舞台はザルツブルクのホーム、レッドブル・アレーナで、ホームチームは手ぐすねを引いてジャイアントキリングを目論む。彼らはバイエルンが手痛い敗戦を喫した直近のゲームも当然スカウティングを尽くしているはずである。
■バイエルンが持つリバウンドメンタリティ
Gettyただし、近年のバイエルンは逆境からのリバウンドメンタリティが際立つチームでもある。例えば過去3シーズンでのバイエルンの公式戦連敗はわずか3度しかない。直近の連敗は昨季のブンデスリーガ第15節・メンヘングラートバッハ戦(2-3)、DFBポカール2回戦・ホルシュタイン・キール戦(5-6)だが、その後はクラブ・ワールドカップを含めて7連勝をマーク。また2019-2020シーズンではブンデスリーガ第13節・レヴァークーゼン戦(1-2)、同第14節・メンヘングラートバッハ戦(1-2)で連敗したが、こちらも後に8連勝していて大崩れしていない。
バイエルンが国内の下位クラブに足元をすくわれた際は大抵クラブOBから苦言が呈されると共に、“盟主”特有の引き締めが為される。今回もクラブ代表のオリバー・カーンが「ボーフム戦の前半に見せたようなパフォーマンスは決して許されるものではない。それは選手たちも分かっているだろう」と厳しい叱責の言葉を発しながらも「数日後にザルツブルク戦が控えているのは、むしろ良いことだ」として奮起を促している。ナーゲルスマン監督も当然前戦の反省を踏まえて4-2-3-1などのベーシックシステムへの回帰や、アウェー戦専用の守備力向上を見込んだ選手起用も考慮するだろう。
バイエルンを手負いの虎にしてはならない。2019-2020シーズンはハンジ・フリック監督(現ドイツ代表監督)体制下では国内戦で苦戦しながらもCLを含めてリーガ、ポカールのトレブルを達成した。今季も一時の雌伏を経てリカバリーを果たし、前人未到のリーガ10連覇、そしてCLでの躍進気配が漂う。
“ナーゲルスマン式バイエルン”の究極目標は個人能力を駆使したメガトンアタックと知略を尽くした最先端タクティクスの共存だ。その進化の過程で、クラブ通算4度目のCL制覇は最も分かりやすい成果になるだろう。まずは隣国王者・ザルツブルクを相手に、文句のつけようのないプレーパフォーマンスでヨーロッパシーンを震撼させる準備はできている。


