■愛情と憎悪
「幸せだった場所に戻ろうとしてはいけない」
スペイン代表するシンガーソングライターであり、アトレティコ・デ・マドリーの創立100周年記念イムノも歌ったホアキン・サビーナは、2002年に発表した『街の魚たち(Peces de ciudad)』でそう歌った。過去の美しい記憶は、今ある現実の前では幻でしかなく、戻ろうとすれば失望するだけだ、と。
アントワーヌ・グリーズマンも、漏れなくその歌詞を象徴する人物だった。彼はアトレティコのアイドルだった2019年夏、サポーターが「彼こそ世界最高の選手だ」と胸を張っていたとき、バルセロナに移籍することを決断している。その1年前に「僕は残る」と、残留を宣言していたにもかかわらず……。
あのとき、サポーターがグリーズマンに向けていた愛情は、一気に憎悪へと反転した。僕の行きつけのバルで、毎朝コーヒーを飲んでいる生粋のアトレティコファン、アンヘル(当時85歳)が口にした言葉は、今も忘れることができない。
「私はこの人生を通じて、ずっとアトレティコとともにあった。アトレティコを通して多くの出会いと別れがあり、その分、クラブへの愛情とこだわりは増していった。だからこそ、アトレティコの象徴的な選手が私たちのもとを離れていけば、大切な気持ちが踏みにじられるような思いがする。私たちにとって、このクラブ以上の場所などないのに……」
■血と、汗と、涙
Getty Images俗に言う“ステップアップ”を選択したグリーズマン。しかし、彼はバルセロナに馴染むことができなかった。新型コロナのパンデミックもありカンプ・ノウのロッカールームで孤独感を覚えていた彼は、気がつけばアトレティコの全試合を追いかけるようになり、そして、もう一度決断を下した。エージェンシーのBy&Forにこう頼んだのだ。
「お願いだ。どうか僕をアトレティコに復帰させてほしい。戻れるんだったら、その後のことは全部自分で何とかするよ」
その実力に心底惚れ込んでいるディエゴ・シメオネの猛烈な働きかけもあって、グリーズマンはアトレティコ復帰を決めた。だが、やはり「幸せだった場所に戻ろうとしてはいけない」のだろう。
2年の歳月を経た後、再びホームとなったメトロポリターノの景色は一変していた。そこにあったのは、明確な敵意である。キックオフ前の選手紹介や交代の際、「アントワーヌ・グリーズマン」の名前がスピーカーから流れる度、観客は容赦のない指笛を元アイドルに浴びせている。時が経つに連れて、そうしたブーイングは次第に収まっていったが、それでも彼は愛するには値しない、“傭兵”のような扱いを受け続けることに。その期間は復帰したシーズンも、次のシーズンも続くことになる。表面的にはとてもユニークに見えても、本当は繊細な人物である彼にとって、その針のむしろのような日々は相当に堪えるものだった。
しかし、それでも……グリーズマンの幸せだった場所を取り戻すという決心は揺るがなかった。どうやって、そうしたのか? プレーすることによって、である。
「僕は状況を変えるために努力すると決意した。アトレティコの人々に謝るならば、ピッチの上でそうするって決めたんだよ」
そもそも彼は、アトレティコのサポーターが心底惚れ込んだ極上のフットボーラーだ。シメオネが指揮してきた中で最もインテリジェンスとテクニックに長けた彼は、ビルドアップからフィニッシュまですべてを請け負った。それだけではない。その類い稀なプレービジョンは、攻撃のみならず守備においても生かされている。ボランチやサイドバックが上がっているとき、彼は率先してカバーに入った。誰よりも早く穴となるところを察知して全速力で自陣に戻る……彼以上に創造性と献身性を併せ持つ選手はいなかった。
グリーズマンの魂の込もったプレーは少しずつ、少しずつサポーターの憎悪を愛情へと戻していった。そして2022-23シーズンのラ・リーガ最終節で、ついに決定的な瞬間が訪れる。ゴールとアシストを記録したフランス人FWに対して、観客は「アントワーヌ・グリーズマン! ロロロロロロロロー!」のチャントを歌い、マフラーを振り回したのだ。アトレティコに復帰してから、もうすぐ2年が経とうとしていた。彼はバルセロナ移籍以降ずっと封印されていたチャントを、血と汗と涙の末に、再び耳にしたのだった。
■喝采
Getty Imagesグリーズマンはそれ以降も、アトレティコの中心としてプレーし続けている。2024年1月にはクラブ通算得点数を「174」として、故ルイス・アラゴネスを上回って歴代最多得点選手に(最終的に212得点を記録)。その後、走力については陰りも見え始めたが、それに反比例してプレービジョンとボールタッチは極限まで研ぎ澄まされていった。彼のプレーは華麗さを増し、しかし必要な場面では球際で争うことも後方に走ることもためらわず、その気持ちの見える戦いぶりでも相変わらずサポーターの胸を打っている。
アトレティコの背番号7は、憎み続ける方が、愛さない方が難しい。だからこそ退団セレモニーでは、大量の涙が流れることになった。
2025-26シーズンのメトロポリターノ最終戦ジローナ戦、アトレティコサポーターはアメリカへと旅立つグリーズマンへの思いの丈を、全身全霊でぶつけている。彼のアシストからアデモラ・ルックマンが決勝点を決めた直後、あの「アントワーヌ・グリーズマン! ロロロロロロロロー!」のチャントは、これまで以上の声量でスタジアムに響き渡った。グリーズマンがCKを蹴るためにコーナーへと向かう度、ラインを割りそうなボールを追いかける度に人々は喝采を送り、その思い切り叩いた手で目に浮かぶ涙を拭っていた。
メトロポリターノに集まった約6万5000人のサポーターは、試合が終わってもほぼ誰も席を動かず、そのままセレモニーに参加した(半分も残らないとか言っていた人たちもいたが、まったくの的外れだった)。セレモニー中、ずっと涙を流していたグリーズマンは最後のスピーチで、もうここでは見せることのできないプレーではなく、言葉でもって改めて謝罪をしている。
「まだ許していない人もいるだろうから、改めて言わせてほしい。(一度アトレティコを退団して)ごめんなさい」
「あのときは、ここにあった愛情に気づくことができなかった。まだ自分は若く、間違いを犯してしまったんだ。だけど思い直して、復帰のためにできる限りを尽くした。もう一度、アトレティコで過ごす喜びを取り戻すために」
「たしかに、僕はリーガもチャンピオンズリーグも勝ち取ることができなかった。それでも、こんな夜を迎えられただけで大きな価値があるんだ。あなたたちの愛情を、これからもずっと心に持ち続けるよ」
「お父さん、お母さん、叔父さん、叔母さん……あなたの子供たちをここへ連れてきてくれたことに感謝をするよ。今、彼らに示してあげることができるから。アトレティコ・デ・マドリーこそが世界最高だってことをね。本当に、ありがとう」
謝罪の瞬間、大勢の人々が涙をあふれさせ、あたたかく力強い拍手をグリーズマンに送っていた。その意味は深い。彼らは謝罪を受け入れるというより、グリーズマンに感謝をしていた。愛を伝えていた。グリーズマンもサポーターも、涙はこぼれるままとなり、メトロポリターノは大きなハンカチに姿を変えている。
このセレモニーにリーガ、コパ・デル・レイ、チャンピオンズリーグのトロフィーは陳列されていない。それでも彼らにとって、これ以上の場所など、どこにもないのだ。
■家族
Getty Images「幸せだった場所に戻ろうとしてはいけない」。偉大なるサビーナの言葉は正しい。実際、復帰したグリーズマンを待っていたのは幸せではなく、憎悪とブーイングだった。しかし、それでも彼はあきらめず、逆境を乗り越えた。愛を取り戻した。それは倒れたって何度でも立ち上がり、信じることを決して止めない、アトレティコのアイデンティティーそのものだ。
バルセロナに移籍するか迷っていたとき、グリーズマンのパートナーであるエリカは言った。「バルサに行けば、ずっとただの一選手よ。だけど、ここでは歴史に残るわ」。一度はスクラップになったと思ったあの言葉は、最後には大切な伏線となった。紆余曲折のないラブストーリーは存在しない。グリーズマンは不完全だからこそ、完全な物語を成立させたのだった。
現在92歳のアンヘルは、今も行きつけのバルで毎朝コーヒーを飲んでいる。とはいえ体力的にスタジアムへ赴くのは控えており、あのセレモニーはテレビで見ていた。彼は涙を流したことを告白し、こうも言った。
「グリーズマンはこれまで見てきた中でも、最高のフットボーラーの一人だ。アトレティコの家族であることが本当に誇らしい」
「また、いつかこの場所に戻ってくるさ」
取材・文=江間慎一郎



