連載第1回:嫌われものの金満を愛し、舌打ちもされた。それでも声を大にして言いたい「チェルシーはパッションに満ち溢れたクラブ」
2019年夏はFIFA規則に反し科された補強禁止処分のため、そして2020年冬は補強禁止処分が軽減されたのにも関わらずクラブ自らの意志で選手を補強しなかったチェルシー。ですが、2020年夏の移籍市場では何と、プレミアリーグ断トツトップの推定2億2600万ポンド(現在のレートで約352億円)を使い、カイ・ハヴェルツ、ティモ・ヴェルナー、ベン・チルウェル、ハキム・ツィエク、エドゥアール・メンディらを獲得しました。さらに、お金を使わず(フリートランスファー)チアゴ・シウヴァも加える積極補強ぶり。一時は、チェルシーへの想いが薄れていてクラブを手放すのではないかと言われていたロマン・アブラモビッチオーナーが再び、本気を示したともとれる積極策でした。
この補強はクラブの上層部主導で、当時の監督フランク・ランパードが最も欲しがっていたウェスト・ハムのデクラン・ライスらが含まれておらず、ランパードと上層部の確執のひとつにもなったと報じられましたが…。それでも、他のチームが羨む補強だったことは間違いありません。
■各選手の明暗
(C)Getty Imagesところが、特に、移籍金の額が最も高額だったハヴェルツと次に高かったヴェルナーは、期待していたほどの活躍を見せられず…。彼らの復活も、同じドイツ人のトーマス・トゥヘル新監督に託されたのです。
ハヴェルツに関しては11月に新型コロナウイルスに感染した後、なかなかコンディションが戻らなかったというエクスキューズがあったものの、昨季ブンデスリーガで28ゴールをマークしていただけに期待が高かったヴェルナーに関しては、多くのチャンスに顔を出しながらも、その決定機をことごとく外してしまう姿にサポーターからも不満の声が多く聞かれました。
責任を感じていたヴェルナーは、練習後に居残りでシュート練習を行っていたそうですが、トゥヘル監督は「君の体と脳は、得点の仕方を知っている。6歳からやっているのだから心配するな。ゴールは必ず来る。それに、守備やオフ・ザ・ボールの動き、チャンスメイクなどゴール以外の部分もしっかり評価している」と告げ、シュート練習を辞めさせたそうです。その後もトゥヘル監督は、ヴェルナーを起用し続けています。確かに、ゴールを決める最後の仕上げの部分だけを除き、その他は申し分ないプレーを見せてくれていると思います。
第2回のコラムでも書いたように、トゥヘル監督の選手に寄り添う姿勢やフェアな評価基準は、想像以上に素晴らしいと思われます。ランパード時代は冷遇され、移籍間近と言われていたアントニオ・リュディガーは、今やピカイチのプレーを見せてくれていますし、トゥヘル監督就任直後は出場機会に恵まれなかったベン・チルウェルやアンドレアス・クリステンセン、クリスティアン・プリシッチらも、トゥヘル監督の信頼を勝ち取り、出場機会を増やして活躍してくれています。
逆にクラブの育成出身であるタミー・エイブラハムとカラム・ハドソン=オドイは出場機会が減ってしまっていますが、彼らには何かが足りないのでしょう。若い二人なので、今後の奮起に期待したいところです。トゥヘル監督は必ずチャンスを与えてくれるはずですから…。
■成長著しいマウントとMVP級のカンテ
(C)Getty Images育成出身でも、物凄い勢いで成長してプレーの質をぐんぐんあげているのが、メイソン・マウント。現地では「8番と10番の資質を併せ持つ」と表現されています。8番はフランク・ランパードのように守備も攻撃も両方こなすボックス・トゥ・ボックスプレーヤー、10番はプレーメーカーです。チェルシーでは2シャドーの一角を担っていますが、イングランド代表ではセントラル・ミッドフィルダー(日本で言うダブルボランチの一角)での起用を薦める人が多いことからも、その資質の幅が伺えます。3月のリヴァプール戦で自ら見せたゴールセレブレーションのように、今後、“かめはめ波”級の活躍が期待できる選手です。
(C)Getty Imagesそして、チェルシーでの今季のMVPは、個人的にはヌゴロ・カンテだと思っています。「彼がいれば、11.5人でプレーしているようなもの」と、その運動量をトゥヘル監督は絶賛して止みません。そして、運動量だけではなく、ポジショニングの妙や危機察知能力など、チームを救うプレーを多く見せてくれています。レスター時代やアントニオ・コンテ監督時代のチェルシーでは“守備の人”というイメージが強かった彼ですが、今や攻撃でも存在感を示しています。CL準決勝レアル・マドリー戦のセカンドレグでは、見事なターンとボールタッチで得点シーンに繋がるチャンスメイクをしていますし、彼がドリブルで運んでチャンスに絡んでいくシーンを今季、何度見たことか…。カンテは確実に進化しています。
トゥヘル監督による戦術・戦略だけではなく、選手個人の能力も伸びています。成長し続ける選手たちを、昨季もCL決勝を経験しているチアゴ・シウヴァ、チェルシーでの経験が豊富なセサル・アスピリクエタが精神的支柱として引っ張っている…。理想的なバランスを持つチームになっているではありませんか。
成熟度では、マンチェスター・シティの方が一枚も二枚も上手かもしれませんが、チャンスは十分にあると感じている今日この頃です。(第4回へ続く)
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文・野村明弘

1975年生まれ、東京都出身。1998年に長崎文化放送に入社し、記者・アナウンサーとして活動。2003年に退社後、渡英して現地のフットボール文化に触れる。帰国後はフットメディアに所属し、プレミアリーグやチャンピオンズリーグ、Jリーグなど国内外のサッカー実況を担当してきた。2020年に独立してフリーとなった現在、スポーツコメンテイターとして様々なメディア、媒体で活躍の場を広げている。




