2018年6月20日、カザン・アリーナ。近年でもっともスリリングなワールドカップで、最高に息を呑む試合が行われていた。そしてこのショーのスターが、キリアン・ムバッペだった。パリ郊外出身のこの怪物は、当時19歳ながら、人々の記憶に強く、長く残ったのである。
リオネル・メッシ擁するアルゼンチンとのラウンド16では、4-3と制した。ムバッペはチームにリズムを生み出し、ダイナミックな動き出しで3得点に絡む。うち2ゴールは彼自身が決めたものであり、この試合で世界はこの若者がただ者ではないことを完全に理解した。
最高の舞台で見せたセンセーショナルなパフォーマンス――。だが、これもムバッペが少年時代に夢見ていたことのほんの一部だ。その信じがたいほど冷静な態度に、彼の能力が映し出されている。
「僕は物心がつくくらいの頃からずっとキャリアプランを持っているんだ」
その言葉からも明らかである。
「僕は自分が何をしたいのか、どこに行きたいのかをわかっているんだ。何にも邪魔をさせないよ」
謙虚な少年は、両親からのアドバイスにすぐに従った。母ファイザは元フットボール選手で、父のウィルフリードはサッカーコーチであり、代理人でもあった。
フランス首都郊外のボンディ出身で育った少年時代は決して簡単な経験ではなかった。だがムバッペは素晴らしい才能と類稀な集中力で、その環境から多くのことを身に着けた。
「母はいつも、『偉大な選手である前に偉大な人間であるように』と僕に言っていたよ」
「スーパースターや偉大な選手たちは、みんな謙虚な人たちだと学んだんだ。だからこそ彼らは尊敬を集めているんだろうね」
6歳でローカルクラブであるASボンディに加入。キリアン少年のアイドルはクリスティアーノ・ロナウドだった。それは多くのサッカー少年が軽く憧れを語るような、生半可なものではない。14歳の頃、ボンディの実家の寝室の壁一面に、5度のバロンドールを受賞したスターの写真が貼られていたのは今や有名だ。
多くのスターを夢見る若者たちにとって、ロナウドに会うことは人生の目標ともいえる大きな希望だ。だがムバッペにとっては、会うだけでなく、彼自身がロナウドと競い合うところまでやってきたのである。
■少年時代から目標は「すべてを勝ち取ること」
Getty ImagesASボンディのコーチであり、少年時代のムバッペを知るトニオ・リカルディは『Goal』に対し、ライバルチームと対戦した時のことを回顧する。
「それはダービーマッチだった。だから緊迫した雰囲気だったよ。ハーフタイムで0-1とリードされていて、ロッカールームで我々は焦っていたんだ」
「その時キリアンはこう言ったんだ。『心配いらないよ、ボールをもらえれば僕がゴールしてみせる』とね。そしてピッチに戻り、彼にボールが渡ったら、キリアンはピッチを駆けていった。ドリブルで相手選手を次々に抜いて、ゴールしてみせたんだ」
彼の名とトップを狙える才能は、すぐにパリ中のサッカー関係者の間に知れ渡った。フランス国立のフットボール教育機関であるクレール・フォンテーヌから声がかかったのも驚きではなかったし、欧州各国のトップクラブから契約交渉を持ち掛けられたのも当然のことだった。
だがレアル・マドリー、バイエルン・ミュンヘン、チェルシーをはじめとするクラブからの関心にもかかわらず、ムバッペはモナコを選んだ。そこでも、彼はすぐに異次元のプレーをしてみせた。
「初めて彼を見たのはU-19のトゥールーズ対モナコの試合だったよ。彼はまだ16歳だったけどね」と話したのは元トゥールーズで、現在はウェストハムでプレーするDFイサ・ディオップだ。
「僕の第一印象は、こうだ。『あの怪物はいったい何者だ?』。あの年、彼はU-19のチームでプレーを始めたところだった。そのシーズン最初の5試合で5連続ダブル(1試合2ゴール)を決めたんだ! その後、モナコのセカンドチームに招集され、その数週間後にはトップチームにいたんだ」
「すでにスピードのある選手で、その後もますます速さを増した。まだまだ若く、肉体的には今のように完全ではなかった。けれどすでに多くのゴールを決めていて、最初の数ヤードのところでは他のどの選手よりも速く、ドリブルでみんなを抜き去っていた。誰の目からも、彼が偉大な選手になるのは確実だと思えたよ」
2015年12月2日、カーン戦でレオナルド・ジャルディム監督はムバッペをベンチに置き、試合の終盤にトップチームデビューを果たした。それは16歳347日、かつてティエリ・アンリが打ち立てた記録を破る早さだった。繰り返すが、このとんとん拍子の出世の中でもキリアンは謙虚そのものだった。
その謙虚さを支えた一人が父のウィルフリードである。フランス紙『パリジャン』でこのように語った。
「プール付きの別荘を買う余裕があるにもかかわらず、キリアンはまだ練習場の近くに部屋を持っている。彼は多くの選手がどのように道を間違えたかを見てきたんだ。私は彼を守るために、練習場の寮に留まるよう説得した」
2015-16シーズンにファーストチームで14試合に出場してシーズンを終えた後、ムバッペはEURO U-19に臨むフランス代表から声がかかった。そこでディオップはムバッペとの個人的な付き合いを増やすことになる。そして彼が慎重にサッカーに集中している間、ディオップはムバッペが他の選手と大きく違わないことに気づいた。
「彼はいつも同じ態度だった。とても快活で、自然体だったよ。だが特段賢い子だったわけじゃないんだ。彼はよく人の足を引っ張ったりいたずらして、ドレッシングルームでいつも楽しそうだった」
「彼は誰とでも笑って、周りの人を楽しませてくれるから、ドレッシングルームで素晴らしい雰囲気を作ってくれるんだ。ピッチではボールを持つや否やすぐ真剣になるけどね。普段の彼はとても穏やかだ。彼がナイトパーティーを好きかどうかは知らないけど、くだらないことが大好きなんだよ」
その大会でムバッペは初めて代表としての栄誉の一片を味わった。フランス代表はグループステージでのイングランド戦の敗戦を乗り越えて勝ち上がり、決勝でイタリア相手に4-0と快勝して優勝した。キリアンは準決勝ドイツ戦での2ゴールを含む5得点を挙げた。
ディオップに言わせると、この時にはすでに、彼がすべてを勝ち取るという目標に向けていかに集中しているか明らかだったという。
「彼はワールドカップとかそういったものに限定せず、いつもすべてのものを勝ち取りたいと言っていたよ。彼は僕たちが戦ったあの瞬間にもそう話したんだ。本当にすごい選手だよ」
■現代最高のフットボーラーへ。それでもブレない信念
Getty Images2017年には、モナコの枠を超える存在となった。世界で最も裕福な地域にあるが、小規模な収容力のスタジアムと、世界最高峰とは言えないクラブの格からして、ムバッペの規格にはもはやふさわしいものとは言えなくなってしまった。
彼が次に向かったのは故郷のパリだった。彼の価値は1億8,000万ユーロにまで上昇していた。だが、同じ夏にネイマールが2億2,200万ユーロという史上最高額でパルク・ド・プランスにやってきた。
移籍市場で起きたこの価格崩壊は、彼が世界の舞台で巻き起こした出来事に比べたら大したことではない。2017-18シーズンにモナコでリーグタイトルを獲得したのちにPSGへと移籍すると、夏にはW杯ロシア大会に臨むフランス代表で、10番を背負うこととなった。20年前、ブラジルとの決勝戦で2得点を挙げたジネディーヌ・ジダンが着けていた畏れ多き番号だ。
ただし、彼がこの伝説を傷つけることはなかった。ペルー戦で1ゴールを奪うと、アルゼンチン戦では圧巻のパフォーマンスを披露。ムバッペとフランスは再び決勝の地に立った。今回の舞台はモスクワ、そして相手はクロアチアだった。
ここで彼は再び鋭く矢を射た。クロアチア守備陣陣が与えた時間とスペースを見逃さず、大会4ゴール目を叩き込んだ。そして彼は1958年のペレ以来となる、決勝戦で得点を決めたティーンエイジャーとなった。ブラジル人レジェンドはすぐさまSNSで彼を祝福した。
すでにW杯チャンピオンにして2度リーグ王者となった今、ムバッペはいくつかの国で飲酒が合法となる前にチャンピオンズリーグ優勝を果たすことをその目標に掲げた。PSGで彼を指揮するトーマス・トゥヘルによると、それを妨げるものは何もないという。
昨夏ドイツ人指揮官が就任した時、彼が最初に行ったのが、チームのパーティー文化を知るためとして、パリ市内の高級ナイトクラブのオーナーたちと親交を持つことだった。道を踏み外す可能性のある案にも思えるが、ムバッペについては心配無用だったと話す。
「ムバッペは他のどの子より素晴らしいよ。他の選手たちがクラブで金を無駄にすることを好む一方で、彼はTVで試合を観る方が好きなんだ」
事実、彼はずっと地に足をつけていた。彼はW杯で稼いだ約40万ユーロを病気や障がいのある子どもたちにスポーツを教えるというチャリティーに寄付した。「これは僕の人生を変えるものじゃない、彼らを変えてあげたいんだ」と、ムバッペはこともなげに話す。
有名な腕を組むゴールセレブレーションは弟のイーサンに向けてのものだ。何も一人でかっこつけるようなものではなく、家族との絆を示しているに過ぎない。
キリアン・ムバッペについて感心するエピソードは事欠かない。だが次に何が起きるかは何も約束されていない。
C・ロナウドやメッシが近年個人賞を支配してきたが、ムバッペは今後しばらくスポーツ界のトップに君臨すると見込まれている。彼ら2人と比較しても劣らないと話すのはアイスランドのスター、ヨハン・ベルグ・グズムンドソンである。
「彼は間違いなくスペシャルな存在だ。私が観てきた中でも最速のプレーヤーで、メッシやロナウドに匹敵する存在だ。彼のスピードはあの2人とはどこか違うね。ターンの動きが他の選手とは全く異なる。あのスピードでもボールコントロールできるのは、本当に特別なことだよ。あと数年で世界最高の選手になるね。間違いないよ」
「あの若さで、昨年に成し遂げたことを考えると本当に信じられないね。彼はすでに多くのことを勝ち得ている。さらにますます成長しているし、彼は頭をちゃんと上げており、しかも謙虚さを保っている。彼が世界最高の選手になると確信しているよ」
■成し遂げたことは伝説の始まりに過ぎない
Gettyムバッペは火曜に行われるチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦のファーストレグで、オールド・トラッフォードに乗り込む。すでに彼はリーグ戦での自己最多得点数を更新しており、全大会で2016-17シーズンに記録した22ゴールを上回るハイペースで、すでに26得点を決めている。
ネイマールはマンチェスターへの遠征に参加しないとみられており、他にもエディンソン・カバーニら負傷者を抱えたPSGは頭を抱えている。それでも、今のムバッペに恐れなどないだろう。「何にも邪魔をさせないよ」という言葉通り、ここまで彼を止めるものは何もなかったのだから。
「あの年代の選手たちの中で、彼は疑いようもなく世界でも最も約束された存在だね。技術的にもフィジカル面でも、そしてメンタルの質においてもだ」
ムバッペがその若さで莫大な移籍金を生み出した時、PSG会長ナセル・アル・ケライフィはこう語った。
「彼が最高レベルの選手として現れて以来、リスペクトも持ちながら、オープンでかつ野心的、そしてすでに成熟した素晴らしい若い才能だとして、最上級の称賛を得てきた」
「我々のクラブ、つまり多くの真に偉大な選手たちとともに、キリアンはさらに成長を続けるだろう。それはフランス代表に今後数か月、数年に渡って大きな利益となるだろう」
1億8,000万ユーロのフットボーラーにしてW杯王者――。トップチームで84ゴールを決め、うち10ゴールはフランス代表として、さらにそのうちの4ゴールはW杯で挙げたものだ。モナコとPSGで2年連続リーグ優勝を勝ち取った。そして、あの『タイム』誌の表紙も飾った。
プロのフットボーラーの大多数にとって、キャリアを通じてこれだけのことが達成できれば満足するには十分すぎるものだ。だが、飽くなき向上心と決意に満ちたムバッペにとってはまだほんの始まりに過ぎない。そして彼の足は今もしっかりと地に着いている。
文=クリス・ヴォークス(kris voakes)
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