ここはスペイン首都のマドリー。同都市を代表する二大クラブであるアトレティコ・デ・マドリーとレアル・マドリーのダービー前日、行きつけのバルのカウンターでコーヒーを飲みながら、レアル・マドリー好きの店員アンヘルとそのことを話題にしているときだった。少し離れた席に座っていたご婦人が僕らの会話に口を挟んできた。
アンヘル「今回のダービーで、ワンダ・メトロポリターノを初めて征服することになるな」
ご婦人「あなたはマドリディスタなの? あら、かわいそうに。ジダンや(クリスティアーノ・)ロナウドがあっさり出て行く、あんなクラブが好きなんて。アトレティコにはチョロ(監督ディエゴ・シメオネの愛称)がいるのよ」
この街にあるバルで、見知らぬ人とフットボールの話をすることなど、日常茶飯事だ。そしてレアル・マドリーのサポーターが「私たちこそ世界一」と誇るのに対して、アトレティコのサポーターが「私たちにはチョロがいる」と誇るのも、日常茶飯事である。
日常。それは「毎日のように繰り返されること」や「普段」を意味する言葉だが、「アトレティコ」と「シメオネの集団」もまさに同じ意味であり、等号で結ばれた関係にある。アルゼンチン人指揮官が選手として在籍したアトレティコに監督として帰還したのは、2011年末のことであり、それからもう7年が経っているのだから。
これまでリーガ・エスパニョーラにおける好調のクラブ/チーム(主に2強以外)に関する記事を何度も取り扱ってきた。しかしながら、その後には必ず成績不振、危機が待ち受けており、フットボールがいかに水物であるのか、正解がないものであるのかを繰り返し実感することになった。一方でシメオネのアトレティコは、そうした例に当てはまることなく、ここまで来た。だからこそ、彼らは日常的な存在なのである。そしてリーガにおいて最も浮き沈みが激しかったアトレティコがシメオネとともに手にした安定の日々は、パラドックスながら濃密かつ激動の日々を過ごしているからにほかならない。
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■シメオネはなぜ革命家であるのか

ヨーロッパリーグ優勝から始まり、14年にもわたって勝利から見放されていたダービー勝利によるコパ・デル・レイ優勝、18年ぶりのリーガ優勝、二度にわたるチャンピオンズリーグ決勝進出……。シメオネのアトレティコはクラブの最低限のノルマであるチャンピオンズリーグ出場権獲得はもちろんのこと、(悲願の)チャンピオンズ優勝以外のすべてのタイトルを総なめにしてきた。シメオネがアトレティコで、なぜこれだけの成功を収めることができたのか。要因と考えられることは、いくつも存在している。
まず一つ目は、シメオネの哲学とアトレティコの嗜好するプレースタイルが一致していること。シメオネはアトレティコ監督就任会見で「15本のシュートを打ってノーゴールで終わるより、1本のシュートを決めて勝つ方がいい」と言い放ち、メディアの間で論争を巻き起こしたが、この堅守速攻のスタイルは2強に対抗するアトレティコが歴史的に使用してきたものでもあった。シメオネ率いるアトレティコは成長を遂げるに連れて、ボールを保持した攻撃にも力を入れるようにはなったものの、ベースとなるスタイルは変わらない。アトレティコ監督就任からちょうど7年目、シメオネは「私たちが好むのは好戦的かつ力強いチーム、カウンターのチームだ」と改めて断言している。
二つ目に挙げられるのは、シメオネとアトレティコの間にある絶対的な信頼関係だ。アトレティコとそのサポーターはシメオネのことを選手時代から愛し、シメオネも彼らを愛し続けた。シメオネは、僕が翻訳させてもらった彼の自伝、『信念』(カンゼン刊)の中で「アトレティコの人々とは、すぐさま心を通わせることができた」と述べたほか、アトレティコで出場機会に恵まれなかった際に「退団という決定を自ら下した。いつの日か戻ってきたいと考えながら。愛する場所に戻るためには、最高の形でそこから旅立たなくてはいけない」と、監督としてクラブに戻る決意を固めていたことも明かしている。
そして三つ目は……、以上のことなどすべてをひっくるめたシメオネの人間性である。シメオネほどにエネルギッシュで情熱的な監督、いや、人間は稀だろう。
彼の自伝『信念』の副題は「己に勝ち続けるという挑戦」というものであり、あたかも自己啓発本のような様相を呈する。確かに、リーダーとしての彼のメソッドには、参考にできるものが多々あるはずだ(アトレティコ監督となった際、練習場の警備員らに対して選手たちには明るく接することを求めるなど雰囲気づくりを徹底したり、会見では選手たちに意識的にメッセージを送ったり……)。しかしながら、『信念』の中でシメオネが最も強調していることは、「リーダーは生来的なものである」ということだった。
シメオネは決して止まることなく、ポジティブなエネルギーを発し続ける。現役時代には、ジャマイカで新婚旅行中だったアルゼンチン代表のチームメート、グスタボ・ロペスとたまたま居合わせ、ホテルのフロントの電話を通じて「おい、これから走りに行くけど、お前も来るか?」と誘い、「こっちは新婚旅行なんだぞ(笑)」と彼をあきれさせた。そしてテクニカルエリアに立つようになったシメオネは、ほかのどんな監督よりもリアクションが大きく、常に大声を出し続け、観客を煽り、その後の会見では声が枯れている。アトレティコの左サイドバックを長年務めるフィリペはそんな自分の指揮官について「ああいう人間になるのは難しい。ときどき現れる天才の一人で、だからああした強さを備えている。ほかの人間は落ち着いている時間もあるが、そんな彼は見たことない」と語った。
現代フットボールの監督は、たとえ成功を手にしたとしても、激しい消耗を理由に辞任することも珍しくない。しかしながらシメオネは消耗を感じさせることなく、プレースタイルも哲学もブレることなく、それこそ「信念」を持ったリーダーとして7年にわたって歩み続けている。革命の旗手には、やはり然るべき趣がある。
■真の「3強」となるため、アトレティコがぶち当たった壁
(C)Getty Imagesアトレティコはそんなシメオネとともに、クラブとして大きな成長曲線を描く。昨年までにソシオ数が12万3000人(シーズンチケット所有者5万7718人、非所有者6万5325人)を突破し、今季のクラブ予算はシメオネ帰還時の1億2000万ユーロから3倍以上となる4億ユーロに到達。こうしたことによってリーガは「2強」ではなく「3強」のリーグと語られることも多くなった。しかし、レアル・マドリーの今季予算は7億5200万ユーロ、バルセロナが9億6000万ユーロと、アトレティコの間には明確な差が存在している。
アトレティコが真の「3強」となるにはまだ踏破すべき道があるが、クラブはそのために一つの重要な決断を下している。「彼こそが世界最高だ」と言い張ることのできる選手、アントワーヌ・グリーズマンとの破格の契約延長である。アトレティコはバルセロナからオファーを受けていたフランス代表FWに対して、リーガにおいてはリオネル・メッシに次ぐ年俸2300万ユーロを支払うという博打的な一歩を踏んだ。
グリーズマン残留はチームの得点力を維持することにつながりはしたが、マイナスにも働いている。選手たち(もしくは彼らの代理人や関係者)は自分たちの2倍以上の年俸を一選手が受け取っていることに不満を持ち、移籍の可能性をちらつかせながら自分たちの年俸もアップすることを求め始めたのだ。これまでは一枚岩であることを強みとしてきたアトレティコだが、チームのエコシステムが大きく狂った現在、彼らがそうであると断言することははばかれる状況にある。
だがしかし、そうした困難な時期にも、シメオネはブレない。「パルティード・ア・パルティード(一試合ずつ)」で戦い、結果を出して、クラブがさらなる成長を果たすことこそが唯一の解決策だと捉えている。ある会見では「アトレティコに監督として到着したときと、今のどちらが素晴らしいか? 2011年の到着時よりも、今を選びたいね。苦しみを感じても、クラブが成長することを選ぶよ」と語っていた。
■かけがえのない日常

ピッチ外の喧騒が絶えない今季のアトレティコではあるが、それでもシメオネのチームはシメオネのチームらしい強固な守備を見せ(今季リーガ失点数は最小の14)、彼らのワンダ・メトロポリターノは相変わらず要塞としてそこにある。メトロポリターノでの今季リーガの成績は9勝2分けと負けなし(加えて、昨季のこけら落としから負けたのはエスパニョール戦のみ)。チームがいかに苦境に立たされようとも、観客が無条件で声援を送り続けるこのスタジアムで奮い立たない選手は、おそらくいないはず。そしてスタジアムを一つにしているのは、間違いなくシメオネなのである。クラブが成長痛を感じているのはシメオネがいるからであり、それに耐えられるのも観客を一つにできるシメオネがいるから、なのだ。
思い出すのは、今年1月26日に行われたヘタフェ戦のこと。メトロポリターノの応援団席は元マドリーのモラタ獲得に反対の意思を示し、これに対して他スタンドが反対の指笛を吹いた。しかしその後、応援団席が「オレ! オレ! チョロ・シメオネ !」と叫び、これに対してシメオネが360度に感謝の拍手を送ると、全スタンドが喝采で返した。シメオネの帰還間以前に常々生まれていた殺伐とした雰囲気を思い返すと、それは誇張で何でもなく、奇跡そのものである。
あのご婦人は「アトレティコにはチョロがいるのよ」と言った。アトレティコのサポーターが「私たちにはチョロがいる」と誇るのは、日常茶飯事である。が、そう言える日々は、かけがえのないものに違いない。この現代を生きる僕たちは、日常の中に溶け込んだ「シメオネのアトレティコ」という一つの伝説の目撃者となっている。
今日は、マドリーダービー当日。シメオネのアトレティコが臨む、通算29回目のダービーだ。赤白に、チョロに染まるスタジアムはかけがえのない瞬間を、もう一度迎えることになる。
文/江間慎一郎
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