Yuki-Nagasato(C)Getty Images

永里優季。進化し続ける海外女子サッカーの今と、日本への目線/インタビュー

36歳を迎えてもなお、女子サッカーのトップリーグであるアメリカNWSL(ナショナル・ウィメンズ・サッカー・リーグ)でプレーを続けている永里優季。2010年に女子ブンデスリーガのポツダムに移籍して以降、約14年にわたって海外でキャリアを重ねている。そんな永里に、現在の世界の女子サッカーの潮流と、海外にいるからこそ見える日本の女子サッカーについて話を聞いた。(インタビュー日:10月27日 聞き手:小津那/GOAL編集部)

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    ◼︎サッカー人生で初めての“最下位”

    ――今シーズン、永里選手の所属するシカゴ・レッドスターズは最下位に終わりました。

    シーズン始めのころに昨季までの主力メンバーがゴソっと抜けて、でも、補強がほぼなかったので、こうなることはある程度予測できていました。この一年間は、今まで経験したことのないフラストレーションとの戦いでした。

    ――どのような面で特に強くフラストレーションを感じましたか?

    今までやってきたメンバーとの実力差がどうしても出てきていました。今までスタンダードだったところがスタンダードではなくなってしまい、自分が二歩、三歩降りてプレーする必要がありました。自分の良さを出すというよりは、味方がうまくプレーできるようにしなければいけない場面も多かった。自分が思い描いている理想にはどうしてもたどり着けず、チームのベースのプレーをずっとしていた感覚でした。

    ――不完全燃焼だったということでしょうか。

    思ったようなものをチームから引き出せませんでした。サッカーはやはり11人で行うスポーツです。一人でどうにかできる部分は限られています。チームによって個人も引き上げられる、感化させられる部分があるのに、その部分がなかったシーズンだったと思います。

    ――逆にその中で得たものや、来シーズンに生かせるところはありましたか?

    これまでのサッカー人生で初めて最下位を経験しました。ポジティブな面かどうかは分からないですが、今季のようなマインドセットやチームの在り方、練習への取り組み方をすると最下位になるんだな…ということが分かりました。

    ――「来季もそうならないように」といった意識づけができる点ではポジティブなのではないでしょうか?

    今までは「どうすれば優勝できるか」というシーズンを経験してきましたが、その意識との差が激し過ぎたことにまずは動揺してしまったのも確かです。今季のチームはプロ一年目から三年目までの選手が八割ぐらいを占めていました。そうなると、プロになって満足するという意識の選手がどうしても多くなります。だからこそ、それ以上を求める意識づけはすごく難しいものでした。シーズンを通して伝わり切らず、厳しかったですね。

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    ◼︎女子サッカーへの巨額な投資

    ――アメリカでプレーをして計5年となりました。今年の女子W杯ではスペインが優勝したように、世界の女子サッカーの潮流は欧州が主流になりつつあります。アメリカの女子リーグの現状を聞かせてください。

    人気はずっと上がり続けていますね。今年のW杯でアメリカの成績は良くなかった(3連覇ならずベスト8)ですけど、それでも試合を見に来る人の数はどんどん増えています。あまり代表の結果に左右されない印象です。リーグを構成する各クラブがそれぞれマネジメント、マーケティング、プロモーションをしっかり実施して集客ができているのが要因だと思います。

    あとは女子サッカーへの投資金額が昔より大きく上がっているのも変化としてあります。お金をより投資するチームが勝つリーグ、集客できるチームになってきていて、オーナーになるビジネスマンたちが女子サッカーに巨額な投資をするようになりました。

    ――女子サッカー自体が投資に値するスポーツカテゴリーになってきていると。

    はい。ブランド力の高さを感じます。女子サッカー選手がステータスの一つとして扱われています。国内での人気スポーツの一つなので、日本や欧州との違いをすごく感じます。

    ――元代表のミーガン・ラピノー選手が男女間格差解消など、さまざまな問題に声を上げたことは日本でも報じられていました。そういった発信力のある選手の影響力もあるのでしょうか。

    彼女はどちらかというと、サッカー選手というよりはアクティビストといった活動で認知されていますね。影響力はかなりありますが、少しやり過ぎと思っている人たちも最近はいるようです。でも、彼女があのように声を上げたからこそ、女子サッカーのいろいろな環境が改善されていきました。今は過渡期にあり少し混乱していますが、どのように落ち着いていくかというところも私たちの「見られ方」としては重要です。

    ――そのような価値観に対して、学びや影響を受けた部分はありましたか?

    自分が実現したい社会という理想があって、それを実現するために職業であるサッカーをプラットフォームにして使って発信していく手法は、すごく理にかなっているなと思いました。ただ、そうじゃない選手ももちろんいます。やはりサッカーを純粋に楽しみたい、選手としてプレーの向上や競技力の向上を求めている…そういった政治的な活動に巻き込まれたくない層もいます。そのバランスを取るのはすごく難しいだろうなというのは中にいて結構感じますね。

    同調圧力的にこうしなきゃいけない、この人がこう言っているから一緒に発信しなきゃいけないところが少し出てきてしまっているのは現状の課題です。自分自身の考え方や価値観を持った上で賛同するのではなく、流されてしまっている人もいる感じはしています。そこは今自分自身が危惧しているところでもありますね。

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    ◼︎国内リーグと代表とのギャップ

    ――日本の女子サッカーにそういった発信する価値観は必要だと思いますか?

    もうちょっとあってもいいのかなとは思います。メディアのインタビューでもそうですが、無難な受け答えではなく、もっと自分の言葉で語れる選手が増えるといいですね。そうならないとリーグ自体のレベルも上がっていかないですし、環境も改善されていかないと思うんです。選手側から「自分たちがどうしたい」「どうなっていきたい」という主張をもっとしていってもいい。リーグと選手のマインドの歩調をさらに合わせていければいいと思います。

    ――参考にできるようなプロモーション面での手法はありますか?

    「魅せ方」が巧いですね。アメリカはエンタメ性が強いので、まず「どうやって価値のある選手に魅せていくか」という外側の部分にリーグも選手自身も力を注いでいます。正直、選手の競技レベルは若干落ちてきている印象さえしているのですが、それでも人気はむしろ上がっています。そこが比例していなくても、タレント性のある選手をスターとして押し上げていくリーグのプロモーション力が圧倒的だと感じます。

    ――W杯得点王の宮澤ひなた選手(マンチェスター・ユナイテッド)や、長谷川唯選手(マンチェスター・シティ)、長野風花選手(リヴァプール)など、日本から多くの選手が世界に羽ばたいています。現在のWEリーグにも、ネクストスターが数多く在籍していると思います。

    間違いないです。ただ、外から見ていて感じるのは、WEリーグ自体に興味を持っている海外の選手が少ないということです。その点で、インターナショナル向けの発信を増やすのも手ですよね。日本はW杯でもベスト8の結果を残しましたし、国内で活躍している代表選手を海外からも注目されるように発信していってもいいと思います。

    アメリカやヨーロッパはSNSを含めて、選手が「カッコよく」見える発信を多くしています。単純に「見た目のカッコよさ」から入っていく層もいますし、選択肢を多くしているんです。WEリーグもそういう「魅せ方」をして入り口をより広げてもいいのかなと感じています。

    ――永里選手が将来的にWEリーグに挑戦、貢献したい気持ちは?

    中にいる選手たちがそう思ってくれているのであれば(笑)

    女子のプロリーグがあることは、サッカーをやっている子どもたちにとっても「目指す場所」があるということです。夢や目標を見せられることは素晴らしいと思います。ただ、W杯で日本代表が勝つことを考えると、海外に行かないと厳しいのも現状です。国内リーグを盛り上げるのは必須ですが、では、日本の女子サッカー全体としてどこを目指すのか? 難しいですよね。

    WEリーグの立場でいえば盛り上がるためにはいい選手は国内にいてほしい。でも、W杯でもう一度優勝するためには海外に行かないと難しい。そのギャップが大きくなってしまっています。そこを一つにまとめないといけないのかなと外から見ていて感じています。今私は現役ですが、そのようなリーダーシップを持って行動するかたがいれば協力したいと思いますね。

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    ◼︎燃やし続ける”執念”

    ――プロキャリアは22年目に突入しています。今後の目標は?

    目標を聞かれるのがすごく困るんですよね(笑)

    ――では質問を変えて。現役を続けている一番の理由はどこにありますか。

    まさにそこなんですよね。毎年、「来年またサッカーがやりたいか?」を常に自分自身に問いています。オフシーズンになる度に「まだやりたい」という思いがあるし「まだ出せるものを出し切っていないな」という実感もあります。「まだ成長できる」という手応えも今はあります。そう思う部分が大半を占めていますが、あとは「執念」のような部分は少しあるかもしれないです。

    これだけ時代が変わって、周りの選手とサッカーの価値観も合わなくなってきている部分もあります。その中で、自分が大切にしてきた価値観をできるだけ長く示し続けたい。その価値観を少しでも残していきたい。その「執念」のようなものが今サッカーを続ける根本のモチベーションになっているのかもしれません。

    日々、まだまだ自分自身との戦いですね。

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    【ファンミーティングを実施!】

    3年ぶりの帰国となった永里優季がファンクラブ限定イベントを実施した。当日は熱狂的なファンが集まり、日々野真里さんとのトークショーや選手との質疑応答、そして豪華なプレゼントが当たるクイズ大会を楽しんだ。高校生時代から永里を知る日比野さんからは「FWとしての責任感が強く、いつも泣いていた」という話も飛び出した。今は「アメリカに移籍してのびのびやれている」と充実感を話す。永里はファンへの感謝とともに、今後もYouTubeやオンラインサロンを通じてさまざまな発信をしていきたいと結んだ。