Ryan Gravenberch Liverpool GFXGOAL

スビメンディなんていらなかった?フラーフェンベルフ“No.6”の覚醒がリヴァプールにもたらす93億円以上の価値

「試合中、ただ足をあげるだけでDFをかわす姿を4~5回も見た。メイヌーは彼を抑えなければならなかったが、イエローカードをもらっている。まるでヴィエラのようだったね」

リヴァプールOBジェイミー・キャラガーは、マンチェスター・ユナイテッド戦後に『スカイスポーツ』でこう語った。もちろん、饒舌に彼が称賛したのはライアン・フラーフェンベルフ。敵地オールド・トラッフォードで3-0と快勝した一戦でゴールを奪ったのはルイス・ディアスとモハメド・サラーだったが、この試合の勝者は決まっていた。

アレクシス・マクアリスター、ドミニク・ソボスライ、フラーフェンベルフの3人が形成する中盤は傑出していた。流れるような、それでいて頑強なトライアングルがマンチェスター・Uを抑え込んだのである。キャラガーは、試合前に悪友ギャリー・ネヴィルが言った非常に大胆な主張を大いにからかった。「これでもまだ、MFを入れ替えないといけないって?」

中盤のパフォーマンスは素晴らしかったが、マクアリスターやソボスライは過去にも同じようなプレーを見せたことがある。だがフラーフェンベルフは……昨シーズンを見れば考えられなかったような活躍だった。

  • FBL-EUR-C1-AJAX-MIDTJYLLANDAFP

    オランダサッカーの未来

    2018年、16歳と100日あまりでアヤックス史上最年少でのエールディヴィジ・デビューを果たし、クラレンス・セードルフ氏の記録を更新したフラーフェンベルフ。「オランダサッカーの未来」と大きな期待を集めると、すぐさまトップチームのレギュラーを勝ち取り、2021年と2022年のリーグ連覇に大きく貢献した。オランダで21歳以下の選手に与えられるヨハン・クライフ賞も獲得。EURO2020ではオランダ代表メンバーにも入っている。

    そのプレースタイルから数々のスター選手と比較され、類まれな技術とフィジカルからポール・ポグバの再来とももてはやされた。そうした比較に、本人は『テレグラフ』でこう語っている。

    「そんなスターたちと比較されるのはお世辞だとわかっているし、余計なプレッシャーに負けたりしないよ。僕は僕でいるべきだと思っている。10年後、若い選手たちがライアン・フラーフェンベルフのようだと言われるようになっていたら、僕はサッカー選手として成功したということになるだろうね」

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  • FC Bayern München v RB Leipzig - BundesligaGetty Images Sport

    ステップアップの失敗

    そうした特別な才能を持つ彼の争奪戦は熾烈を極めたが、最終的に制したのはドイツの強豪バイエルン・ミュンヘン。当時のスポーツダイレクター、ハサン・サリハミジッチはこう語っている。

    「彼はヨーロッパで最高の才能の持ち主のひとりだ。素晴らしいテクニックを持っているし、スペースがないところでも常にいくつもの解決策を見つけだす。とてもダイナミックで常にゴールを狙っているんだ。彼がFCバイエルンを選んだのは、クラブとしての我々を信頼し、ここにチャンスがあると思ったからだ。そういうメンタルの持ち主を我々は歓迎する。彼とともに多くの成功を成し遂げられると確信している」

    だが、後に判明した通り、その確信は裏切られた。フラーフェンベルフは、アヤックスの絶対的レギュラーからベンチメンバーに変わってしまった。最終的にブンデスリーガでは4回しか先発できず、チャンピオンズリーグでの出場時間を得ることはさらに難しくなっていった。レオン・ゴレツカやヨズア・キミッヒが最悪のシーズンを耐えたことは記憶に新しいが、ユリアン・ナーゲルスマンとその後任のトーマス・トゥヘルは、フラーフェンベルフがより大きな役割を果たせると思っていなかった。

    本人もフラストレーションを貯めており、そのシーズンの終盤『ESPN』で不満をぶちまけた。「もっと長くプレーできると思っていた。もっとチャンスをもらえると思っていたんだ。もう1年こんな状態なのは嫌だとみんなに言った。もちろん、いつも先発に選ばれるわけじゃないことはわかっている。だけど、僕はレギュラーでプレーできるはずだ。もっとプレー時間をもらえるはずだ」

  • Burnley FC v Liverpool FC - Premier LeagueGetty Images Sport

    苦しんだリヴァプール1年目

    あまりにも正直なこのコメントから数カ月後、フラーフェンベルフは本人が言う「リフレッシュスタート」を求めてリヴァプールに移籍した。レッズの混乱した中盤を再建する最後のピースとして、マクアリスターやソボスライ、遠藤航と同じ移籍市場で加入している。しかし前述の3人は華々しく活躍するのに対し、アンフィールドでの最初のシーズンは同じ苦しみを味合うこととなった。

    ヨーロッパリーグではプレータイムを得られたものの、影響力を示すことはほとんどなかった。当時の指揮官ユルゲン・クロップは2月、「彼は練習中ではマン・オブ・ザ・マッチと言えるような素晴らしいプレーをする時も多いんだけど、『今日はどこにいたんだ?』と思わせるような試合もあったね」語っている。

    この一貫性の欠如は成長過程にある選手にはよくあることだが、常に勝利が求められるリヴァプールというクラブの特性上、今夏の移籍市場で退団も噂されていた。だが、同胞のアルネ・スロット監督の到着は、彼にとって素晴らしいものになっている。

  • Liverpool v Sevilla - Pre-Season FriendlyGetty Images Sport

    スロットの存在

    リヴァプールがクロップの後任にスロットを選んだ主な理由の1つが、所属選手たちの才能を開花させた実績である。そしてそれは、アンフィールドでも確かに確認できる。ルイス・ディアスはゴール前での冷静さを取り戻してすでに3ゴールを奪い、ソボスライも自由を与えられて破壊的なドリブル力を発揮。そしてフラーフェンベルフは、4-2-3-1システムで躍動しているのだ。

    マクアリスターと中盤底でペアを組み、自由に動き回ることが可能になったフラーフェンベルフは、開幕戦からチームを活性化。イプスウィッチ戦ではアタッキングサードで9本のパスを成功させると、ビルドアップの中心となり、サラーの先制点をお膳立てした。名目上ではあるが守備的MFでの起用に疑問の声も多かったが、彼のパフォーマンスは指揮官を大いに楽しませている。

    「ライアンは攻撃的なマインドの持ち主であり、彼を(守備的MFとして)プレーさせる場合は他のチームメイトが助ける必要がある。だがライアンは、ボールを前に運べる選手だということはわかっている。それが今日、特に後半に助けてくれたね」

  • FBL-ENG-PR-MAN UTD-LIVERPOOLAFP

    真価を発揮したマンチェスター・ユナイテッド戦

    フラーフェンベルフは翌週のブレントフォード戦でも躍動、71本のパスを成功させた。しかし、彼の真価はマンチェスター・ユナイテッド戦で発揮されている。

    試合序盤にアレクサンダー=アーノルドがネットを揺らしたシーンでは、メイヌーをあざ笑うかのようなフェイントでかわし、決定的なクロスをディアスに送っている。さらにカゼミーロのパスをインターセプトし、堂々たるドリブルでサラーをフリーにするなど、ゴールの起点となることに成功。さらに守備面でも素晴らしく、10回のデュエルで7勝をマーク。底しれないエネルギーでピッチを躍動し、またもスロットを大満足させた。

    「彼のボール技術は、私の最初の答えかもしれない。だが、オランダ出身選手のボール技術はよく知られているよね。我々が試合を組み立てる上で重要な役割を担っている。だが私が最も感銘を受けたのは、疲れを知らずに走り続けること、またデュエルも非常に強いことだ」

  • Martin Zubimendi Arne SlotGetty

    完璧なタイミング

    夏の移籍市場が開く前、リヴァプールファンは全員チームが強化すべきポジションがどこであるかをわかっていた。そう、守備的MFである。

    クラブもそれを認識しており、夏の間はなんとしてもスペイン代表MFマルティン・スビメンディの獲得実現を目指していた。しかし、彼は愛するレアル・ソシエダ残留を決断。昨夏トップターゲットに据えていた中盤選手2人を逃していたこともあり、リヴァプールは再びファンを失望させた。

    そして、スビメンディの代替案は用意されていなかった。スロットは現有戦力でのやりくりを余儀なくされたのである。だが、指揮官は全く心配していなかったようだ。プレシーズンの段階で、フラーフェンベルフの覚醒を信じていた。

    「選手たちは練習場で実力を示し、成長してくれると心から信じている。他のクラブが強化されたのなら大変だが、新しい選手がくれば必ず強くなるとは限らない」

  • FBL-ENG-PR-MAN UTD-LIVERPOOLAFP

    93億円以上の価値

    クラブがNo.1ターゲットを逃したにも関わらず、スロットが何も文句を言わなかったのは新鮮なことだった。そしてフラーフェンベルフの覚醒により、彼への信頼はさらに厚いものになったと言えるだろう。

    だが当然、すべてが完璧なわけではない。オランダ代表のロナルド・クーマン監督はマンチェスター・U戦後、「彼のポテンシャルは前からわかっていたが、問題は集中力を欠くシーンが有ることだ。彼はそこを改善しなければならない」と話している。さらに、ここまで経験した試合では世界最高レベルの相手と対戦したわけではない。より拮抗した試合展開でドリブルが通用するか、そしてマクアリスターの守備負担も考えなければならない。すでにボールを安易に奪われるシーンもあった。この悪癖は、シーズンが進めばもっと重要な試合で現れる可能性だってある。

    しかし、彼はまだ22差。成熟する時間はまだたっぷりと残されている。そして、そのパフォーマンスは見るものをワクワクさせる要素が数え切れないほどあるのだ。今シーズンの素晴らしいスタートで世界に示したように、スペースのないエリアでボールを運び、ボールを持っていなくても破壊的で(今季のプレミアリーグで、タックル数+インターセプト数の合計で彼を上回るMFは6人だけ)、決定的なチャンスを生みだすパスレンジの広さを誇っている。

    今のペースで成長を続ければ、リヴァプールは今夏に中盤補強に5000万ポンド(約93億円)を費やさずにすんだことを感謝するだろう。特に多数の主力選手の契約満了が迫る中、新たな才能の開花は様々なメリットをもたらしてくれるはずだ。