Mbappe Florentino Perez

レアル・マドリーとエンバペの行方は…将来の約束なしでサウジ移籍させる余裕はない

出所がどこであろうと、パリ・サンジェルマンはキリアン・エンバペを売ったカネを受け取るだろう。スーパースターのフォワードが移籍市場に出されてから1週間と経っていないが、彼を求めるチームの列ができはじめている。最初にPSGとエンバペにオファーしたのはサウジ・プロリーグのアル・ヒラル。エンバペを中東に誘った最初のチームとなった。

カタールとサウジアラビアは国としては対関係にあるが、PSGはこのオファーをまったく躊躇することなく受け取った。誰がそれを責められようか。直接のライバルでもないクラブから、たったひとりの選手のために3億ユーロが支払われるのだ。他の選手が束になってもそんな金額は提示されない。このカネの力に屈することができるだろうか。

PSGはエンバペにカネの出どころはまったく気にしないと明言している。PSGは、より高額なオファーを提示したところにエンバペを売ると言ったのだ。それはつまり、誰かが他の誰にもまったく手が出せないオファーをすでにしたことを意味している。

だが、事態はそう簡単ではない。報道を信じるなら、エンバペはアル・ヒラルでプレーするくらいなら契約満了を待つことを明言しているという。エンバペは何年も前からレアル・マドリーに行きたがっているのに、スペインの巨人とは金額の問題で2度も合意に至っていない。しかしながら、今や道徳の問題が本格的に関係しつつある。一日に約210万ドル(約3000万円)というのは、あまりにも大きすぎるようだ。

とはいえ、この件における本当の敗者になり得るのはレアル・マドリーかもしれない。2024年の契約満了をもってエンバペとフリーで契約することをもくろんでいたのに、カリム・ベンゼマが出て行ってしまった。それも皮肉なことに、サウジ・プロリーグに行ったのだ。そのためエンバペはその穴を埋める役割を担うこととなり、エンバペがもっと早く移籍市場に出ると明言して以来、レアル・マドリーは理想的には安価なエンバペの移籍金を支払うことになるだろうとみられていた。

ところが、競争相手が出現した。ロス・ブランコスは裏をかかれ、より高い金額を支払う羽目になったのだ。ひょっとしたら、1年、もしくはそれ以上、自分たちのチームにどでかい穴をあけながら大望の選手が別のチームで時間を過ごしているのを見ることになるのかもしれない。

  • 20230725_Mbappe2(C)Getty images

    契約

    紙の上ではこれは当然のことだ。報道によるとアル・ヒラルはエンバペに1年契約を提示した。理論上、エンバペには12カ月弱ほかのクラブでプレーした後、最終的にサンティアゴ・ベルナベウに立つという門戸が開かれたわけである。本物の仕事が始まる前に、高額の有給休暇があるということだ。

    ただし、この約束が信用できるかどうかは難しいところだ。そんな大金を手にして豪奢な生活を送り、発展途上のリーグに身を置いていたら、1年が2年になり、ひょっとしたら3年になるかもしれない。ひとたびサウジアラビアに足を踏み入れれば――エンバペが本当にそうしたなら――1年間の小旅行が義務づけられる可能性は低い。サッカーの世界で口約束が果たされることなど、滅多にない。

    実際の契約の詳細はまだ公になっていない。もちろんエンバペが望めば、交渉するのはエンバペ自身だ。だが、大まかな概要を見るに、アル・ヒラルはPSGでは到底できないような、さらに高額の報酬と特典を提示しているようだ。報酬だけで年7億ユーロという途轍もない額だが、そこには肖像権も含まれる。それは昨年夏にPSGとレアル・マドリーの双方と交渉した際にエンバペが強くこだわり、最後の最後でUターンして、事実上もう2年PSGに残留することを選んだポイントである。

    つまりエンバペの報酬は倍増し、スポンサー契約のすべてを自由に維持できて、しかも他のスポンサーを探せるのである。このことはサウジ・プロリーグに行けば得られるであろう、豪奢な生活、神のような身分、やむことのない称賛については何も語っていない。

    この移籍の可能性がカネ次第だというなら、エンバペは好きなように好きなだけ手にすることができる。他にも、アル・ヒラルは複数年契約も可能だとエンバペにオープンにしているという報道もある。1年契約とは言っても、楽々ともっと長くなる可能性のある契約なのだ。

  • 広告
  • Kylian Mbappe France GreeceGetty

    レアル・マドリーはリスクを負えない

    そして、これはレアル・マドリーからの絶大なる信頼を必要とする移籍である。エンバペがベルナベウに行くという以上に、ある選手がどこに行くかが明確になっている移籍は滅多にない。ほとんどのスター選手にとって移籍とは運次第なものであり、危険が絡むものである。たとえばアーリング・ハーランドは、マンチェスター・シティに行くまでに引く手あまただったし、リオネル・メッシのインテル・マイアミへの移籍は発表の数時間前まで、どうなってもおかしくないものであった。

    しかし、エンバペがレアル・マドリーの選手になりたがっていることは周知の事実である。はっきりと文字にして本まで書いている。一方のレアル・マドリーはすべてのことにおいて、静かな自信をもっている。数カ月前にベンゼマが突然の移籍を発表したときでさえ、エンバペがPSGを出ていきたがっている事実は紛れもないものだった。PSGを出ていきたいと公の場で懇願したことはレアル・マドリーに効果的に伝わっていた。

    ロス・ブランコスはこの件について自信満々になっていた。今年の夏の移籍市場で、他のビッグネームの誰にも手を伸ばさなかった。エンバペがすぐに来ると思っていたからだ。8月になったらエンバペが白いユニフォームを着ているという仮定のもとに、ハリー・ケイン、ヴィクター・オシムヘン、ランダル・コロ・ムアニといった選手たちとの交渉はすべて見送られた。

    ところが今や、エンバペがよそに行くとなれば、移籍の方針全体を考え直す必要が出てくる。無計画で身勝手な移籍が必要となってくるのだ。予算や誰が交渉するかといったことが無視されて、チームに完璧には適合できない選手と大慌てで契約することになるだろう。非常に雑然と、非常にあわただしく、事が行われるかもしれない。

  • Osimhen Udinese NapoliGetty Images

    ストライカーが必要なアンチェロッティ

    日曜のACミランとの最初のプレシーズンマッチの前半、レアル・マドリーのカルロ・アンチェロッティ監督は新しいラインナップを試した。4-3-3にこだわりを見せていた監督が、ブライム・ディアスとホセルを前線で先発させて、2トップのシステムにしたのである。結果はイマイチだった。

    ホセルはよく走ったが、適切なスペースに入りこむことができず、レアル・マドリーのテクニックに優れたミッドフィルダーたちはホセルを見失っていた。ディアスのほうにも迷いが見られ、背番号10なのに第2ストライカーのような役割を求められていた。全体的に自信が欠けているような印象で、前半は2対0のリードを許した。

    後半の45分は前半よりも士気が上がっていた。ヴィニシウス・ジュニオールとロドリゴが投入され、レアル・マドリーはミランの2軍の守備陣から3得点をあげた。だが、控えとしてはインパクトがあっても、この2人のブラジル代表は生まれついてのストライカーではない。2人ともアシストの方が向いているのは間違いない。

    もちろん、たった1試合でのことだ。それでも、このチームに得点が不足していることは、もともと明らかだったことで状況は悪化しかしていない。エンバペにせよ、他の誰かにせよ、このチームにストライカーが必要なのは間違いない。

    良いニュースもある。他のオプションが入手可能なのだ。コロ・ムアニ、ドゥシャン・ヴラホヴィッチ、ゴンサロ・ラモスのほか、大金があれば、オシムヘンも入手可能だ。これらの選手たちはこのチームに大いなる進歩をもたらすだろう。エンバペが加入しない場合でも、こうした選手たちの誰かひとりを獲得できればレアル・マドリーは大いに喜べるはずだ。

    これらの選手たちはみな、ベンゼマの代わりとしてエンバペよりうってつけであるかもしれない。特にオシムヘンは、ヴィニシウスやロドリゴとともに魅力的な攻撃を繰り広げるだろう。とはいえ、31得点とセリエA優勝メダルをひっさげたナイジェリアのスターはエンバペではない。エンバペの代わりはどこにもいない。

  • Arda Guler Real Madrid Florentino PerezTwitter/RealMadrid

    予定以上の出費を強いられる

    これに関してスペインの首都では、すでに移籍市場に大枚が飛び交っている。フロレンティーノ・ペレス会長は抜け目のない交渉人として有名だが、ジュード・ベリンガムに大金を費やし、このイングランド代表をレアル・マドリーに連れてくるために、まず1億300万ユーロという大金を使った。その後、アルダ・ギュレルに対しても決して安くない取引をした。報酬やトルコの10代の選手の取り巻きに支払われる金額について、報道によれば4500万ドルかかったという。

    過去さんざんしてきたように、レアル・マドリーにとって大金を使うことは何でもないことだ。だが、見返りが何もなくてよいわけではない。レアル・マドリー・ブランドというべきプライドがあるのだ。糸目をつけずにカネを使う気はないし、他人に操られたりはしない。自分たちなりに、白いユニフォームを着られることは特権であり、世界一となる権利を神から与えられていると思っている。交渉に時間がかかっても、レアル・マドリーは常に自分たちが望む取引をしてきた。見当違いの感情と言えなくもないが、現実の「クラブのDNA」に最も近いものである。

    ロス・ブランコスにとって予算を拡張しなければならないのは、ある種の屈辱かもしれない。しかしながら、今回の件では彼らに選択権はない。ストライカー市場は予測不可能で、昨シーズンにリーグで13得点をあげたラスムス・ホイルンドを手放すのに、アタランタが最低でも7000万ユーロを欲しいと言ったという事実は、追加の費用がどれほどになりうるかを示すものである。

    もちろん、レアル・マドリーはどんな金額でも払えるが、だからと言って払いたがっているわけではない。ペレス会長は現金をぶちまけるのが好きな時があるが、ほとんどいつもは正当な価格で賢くカネを使う人でもある。今回の取引の詳細は誰のための取引であろうと、ペレス会長のあずかり知らぬものであったようだ。

  • MbappeGetty Images

    2024年問題

    だが、最悪の悪夢はおそらく、そういうところで起こりそうだ。レアル・マドリーはエンバペには及びもしないストライカーのために多額の費用を使ってしまう可能性がある。その選手が加入してよかったように装うだろうが、その選手は間違いなく次のシーズン――それ以上長くではないとしても――、あいつは2番手もしくは3番手だったと言われながらプレーしなければならなくなるのだ。

    だが、いずれにせよエンバペがUターンしたら何が起こるのか? 何度もやり方を変え、選手としての自身の力を発揮することで知られる選手がここでもやり方を変え、選手としての自身の力を発揮したらどうなるのか。エンバペはサウジアラビアで複数年契約を交わすことができるかもしれないし、1シーズン過ごした後、サウジ・プロリーグは自分に合わないと決めるかもしれない。「出ていきたい」会見は基本的にすでに明文化されており、ペレス会長、レアル・マドリー、マドリディスタに、もう一度自分を受け入れてくれという叫びであった。

    そこで、レアル・マドリーには現実問題が残っている。おそらくエンバペはフリーで手に入るだろうが、巨額のボーナスや驚くほどの報酬を要求してくるかもしれない。ロス・ブランコスであってもエンバペを養う余裕がないかもしれない。その場合、再びエンバペが他のクラブに行くのを見守らなければならなくなるだろう。

    そして事態は、その方向に傾きつつあるようだ。PSGはできる限り長くエンバペを保有し、ピッグオファーを引き出すだろう。エンバペは来年、サウジ・プロリーグでプレーすることになるかもしれない。12カ月後、レアル・マドリーはエンバペが再び移籍市場に現れるのを見られるかもしれない。そしてその時、そうなればサッカー界で最も力のあるクラブであっても、それを実現するだけの財力がないかもしれない。運命の契約は再び彼ら以外のところへ行かざるを得ないかもしれないだろう。