取材・文=江間慎一郎
Getty Images Sport「何とか間に合ったね」アンチェロッティの仕込み完了…“エンバペのレアル・マドリー”がついに見せた最強の顔【現地発】
CL・EL2025-26配信!
Getty Images Sport予感
レアル・マドリー対マンチェスター・シティはここ数シーズン、“欧州のクラシコ”とも称される一戦だったが、チャンピオンズリーグ(CL)決勝トーナメント・プレーオフでの対戦では残酷なまでの現実が横たわっていた。サンティアゴ・ベルナベウでの2ndレグは、マドリーとハットトリックを達成したキリアン・エンバペのスペクタクルショーとして、あっという間に過ぎ去っている。
ジョゼップ・グアルディオラ率いるシティは一つのサイクルの終わりを感じさせたが、しかしそれにも増して、同じく今季順風満帆とは言えなかったマドリーの強さが際立っていた。現・欧州王者は、今季も「最強」の座を狙える気配がある。そんなことを感じさせたベルナベウでの一夜だった。
Getty Images苦難
昨夏、2017年から求め続けたエンバペがついに加入を果たしたマドリーだが、ここまでの道程は決して楽なものではなかった。というよりも、苦難だらけだったと言える。最たる問題は、攻撃のタレント過多による攻守の均衡の崩壊である。とりわけヴィニシウス・ジュニオール、エンバペの守備意識は低く、そこからチーム全体の守備が著しく機能性を欠いた。
現代フットボールでは前線の選手たちからプレスを仕掛け、パスコースを限定しつつボールの奪い所を定めていくことが肝要だが、マドリーは常にヴィニシウス&エンバペのファーストラインが破られていた。そうなればMFのラインが前に出るべきか残るべきかを迷うことになり、FW、MF、DFのラインはコンパクトさを保てず間延びしてしまう。
そうした状況で層が薄く、本職でない選手が複数プレーするDFラインが相手の攻撃に耐えられるはずもない。マドリーのこの欠点は、リーガの中堅以下のチーム相手ならば何とかなったが、強豪相手にはやはり隠し切れるものではなかった。バルセロナ(0-4、2-5)、ミラン(1-3)、リヴァプール(0-2)、アトレティコ(1-1、1-1)、加えてエルネスト・バルベルデ率いるアトレティック・クラブ(1-2)……と、昨季CL王者は今季のビッグマッチでことごとく結果を残せず、絶えず批判にさらされてきたのだった。
AFP試行錯誤
だが、今季のマドリーはシーズン全体を彼らお得意の“劇的逆転劇”に例えられるかもしれない。シーズン終盤に入ろうという中、マドリーのパフォーマンスは大きく改善され始めた。いや、カルロ・アンチェロッティは選手たちの個性を見極めつつ、試行錯誤をしながら段階的にチームを仕上げていったのだ。
アンチェロッティは、例えばヴィニシウスが左サイドを占めている事情もあってエンバペを“9番”にコンバートしている。中央でプレーするエンバペは序盤こそ、そのキャリアの中でも類を見ないスランプに陥ることになったが、アンチェロッティは「ゴールはサイドから決めるものじゃない。中央でプレーすればゴールはマークを外す動きとワンタッチだけで事足りる。そしてエンバペが持つ最高のクオリティーは、マークを外す動きとスピードだ」との確信から、彼を“最高の9番”に磨き上げた。そうやってエンバペと彼と連係を図るチームメートの攻撃面での迷いを晴らしてから、その次に守備面の調整に着手している。
アンチェロッティはそのほかの問題も、少しずつ解決方法を見出していった。昨季限りで引退したトニ・クロースが空けた穴はビルドアップに深刻な影響を与えていたが、彼に一番近いタイプであるダニ・セバージョスが奮闘して11月から主力の座を射止めている。またパスだけでなく、カバーリングでも目を見張るプレーを見せているスペイン人MFは、フェデ・バルベルデらと2ボランチを組むことで、インサイドハーフとして窮屈にプレーしていたジュード・ベリンガムをより前のポジションへと押し上げ、その攻撃能力を解放させることにも一役買った。
加えて、目も当てられないほど戦力的に困窮していたセンターバックのポジションでは、Bチームのラウール・アセンシオがブレイク。的確なフィード、大胆な潰しの守備はかつてのセルヒオ・ラモスを思い出させ、マドリーの将来を担うことを予感させる(彼の発見はアンチェロッティの想定通りというより奇跡に近いが……)。
Getty“王”
今回のシティとの2ndレグで、アンチェロッティは一つの完成形を見せたように思う。センターバックとしてはやはり不安定だったオーレリアン・チュアメニが中盤に戻り、R・アセンシオと負傷から復帰したばかりのアントニオ・リュディガーがDFラインの中央でコンビを形成。また右サイドバックはルーカス・バスケスよりも守備に安定感があるバルベルデに任せている(このCBとSBの人選に関してはもっと早くそうすべきだったとも思うが、選手のモチベーション管理やビッグデータの数値など色々な要素が関わるのだろう)。そして何よりも、前線から全選手が守備を行う、プレスを仕掛ける、パスコースを塞ぐ意識が徹底されていた。ミドルゾーンでDF、MF、FWの全ラインがコンパクトに守備陣形を保ち、ボールを奪えば圧倒的技術とスピードを生かした連係から一気に攻め込んでいく……。こうなれば、マドリーは間違いなく「強い」。
チュアメニとセバージョスはカバーリングで鍵を握っただけなく、サイドチェンジのボールによってシティの守備を後退させつつ消耗を促した。R・アセンシオのフィードも右サイドバックに入ったフェデ・バルベルデのオーバーラップも効果的で、そのすべてがベリンガム、ロドリゴ、エンバペ、ヴィニシウスの「クアトロ・ファンタスティコス(ファンタスティック・フォー)」の威力を最大限引き上げている。
とりわけ、迷いを断ち切ってゴールまで最短距離で駆け抜けていく“最高の9番”エンバペは、まさに圧倒的である。彼が倍速のような動きを繰り返してハットトリックを達成した直後、ベルナベウの応援団席は「キリアン・エンバペ! キリアン・エンバペ!」というチャントの音頭を取り、各スタンドの老若男女が席を立ち上がって、衝動的に手を振りながら叫び声をリズムに乗せていった。その光景はまるで、ベルナベウに新たなる“王”が誕生したようだった……と言っても、このチームにはほかにも王になれる器の選手が何人もいるから凄まじいのだが。
Getty Images Sport最強
ベルナベウでシティを3-1(2戦合計6-3)で葬ったマドリー。試合後会見で、アンチェロッティは満足げに、こんなことを語っていた。
「チームが機能すれば、個々の選手たちも際立つというわけだ。ようやくコレクティブな働きを見せられたね。そのために長い時間をかけることになってしまったが、しかし、どうやら間に合ったようだ」
試合後のベルナベウで、一部サポーターたちは勝利の余韻に浸るようにスタジアム周りに留まり、「コモ・ノ・テ・ボイ・ア・ケレール(どうして愛さずにいられようか)!」や「アシ! アシ! アシ・ガナ・エル・マドリー(マドリーはこう勝つ)!」といったチャントを歌っていた。
シーズン終盤の入口となり、マドリーはファンが誇るチームの姿を取り戻した。いや、エンバペが加入した当時の高揚感をそのまま具現化したようなチームとなった。「最強の顔」を、ついにのぞかせたのである。


