ユヴェントスの汗かき屋、グレイソン・ブレーメルとは何者か。マン・Uが守備の改善へ白羽の矢とも

ブラジルのバイーア州イタピタンガで育ったブレーメル。父親は家族経営の農場で働くことを生活の基本とするよう教え、ブラジルのアマチュアサッカーでプレーする姿を息子に見せていた。もっとも、ブレーメルという名前は、1990年のワールドカップ決勝で決勝点を決めたドイツのレジェンド、アンドレアス・ブレーメにちなんだものである。

14歳になって初めて、ブレーメルは本格的にサッカー選手としてのキャリアを進みはじめることとなる。「バイーアの私の街には大きなクラブは2つしかなく、私は街の中心からは離れたところに住んでいた」と、2023年に『デイリー・テレグラフ』のインタビューで語っている。

「何キロもの道を通わなければならなかったから、クラブに入ってトレーニングするチャンスがなかった。14歳の時にサンパウロに移って、16歳でデスポルチーヴォ・ブラジルでプレーすることになった。その前はサッカーができる時、できる場所でプレーしていた」

「ストリートでは負けない方法を学んだ。アグレッシブにサッカーをする方法も学んだよ。少しずる賢いことも学んだかな。敵だけでなく時には審判をだますこととかね」

デスポルチーヴォでは、アイスクリームを売って遠征費を稼ぎ、ストリートで学んだ知恵のおかげで瞬く間にチームの主要メンバーとなった。そして2016年、ついにレンタルでブラジルの巨人サンパウロに移籍。その年、19歳でリザーブに選ばれてプロデビューを果たすと、U20コパ・ド・ブラジルでの優勝に貢献した。

南米のテレビ番組『Hoje em Dia』によると、サンパウロはわずか4万ポンド（約770万円）でもう１年ブレーメルを保有できたという。しかし、彼の将来について決定を下すのに時間をかけすぎた結果、突如現れたアトレチコ・ミネイロにかっさらわれてしまう。

ブレーメルが正式にアトレチコに加入したのは2017年3月で、シニアデビューは3カ月後。ブラジルのセリエAでのシャペコエンセ戦だった。DFとしての才能を評価され、トップチームでたった4試合プレーしただけで契約が延長された。これによりヨーロッパのビッグクラブに注目されるようになり、最終的にアトレチコはブレーメルが翼を広げて飛んでいくのを阻止できなかった。

2018年夏、ブレーメルの契約争いに勝ったのはトリノだった。アトレチコに500万ポンド（約9億6,000万円）を支払って契約を交わした。ブレーメルはスタディオ・オリンピコ・グランデで5年契約を交わしたが、大きなインパクトを残せるチャンスを得るまでには時間がかかった。

トリノでの最初のシーズンでは全公式戦で7試合しか出場できず、ブラジルのベロ・オリゾンテでの慣れ親しんだ環境を離れ、トリノのまったく異なる文化に馴染むのに苦しんだことを率直に語ったことがある。

「すぐにプレーがしたかった。だけど、イタリア（サッカー）の戦術を十分に理解できなかった。ブラジルとは全然違うものだった」と、ブラジルのテレビ『Esporte Interativo』のインタビューで語っている。

「駆け引きが多く、スペースを多く使うスピーディーなサッカーなんだ」

ターニングポイントとなったのは、当時のワルテル・マッツァーリ監督がブレーメルを初めてトリノとユヴェントスのデルビー・デッラ・モーレの先発に選んだことだった。アリアンツ・スタジアムでの試合は1対1の引き分けで、クリスティアーノ・ロナウドが試合終了まで数分というところで得点を決め、ユーヴェに勝ち点をもたらした。ブレーメルにとってはアウェイでの守備について深く心に刻む夜だった。

「ディフェンスはよく耐えてくれたし、ブレーメルは素晴らしかった」と、試合後マッツァーリ監督は言った。

「8カ月間、練習でテクニックを磨いてきた。これが彼の完全なデビューとなる。彼のプレーは完璧だった」

ほどなくしてイタリア代表DFエミリアーノ・モレッティが引退を発表し、ブレーメルにバックラインでの恒久的な居場所が開かれた。トリノにとって欠かせない財産となったのである。2019-20シーズンはクラブにとって目まぐるしいシーズンで、降格争いに巻きこまれた結果、マッツァーリ監督はシーズン途中で解任された。だが、ブレーメルのプレーは、最終的に降格を逃れた主な理由のひとつとなった。

翌年も同じようなシーズンとなり、トリノの最終順位は17位だった。監督のマルコ・ジャンパオロはマッツァーリと同じ運命をたどったが、後任監督のイヴァン・ユリッチはチームの運命を大きく好転させ、そのおかげでブレーメルは次のレベルに上がることとなる。

2021-22シーズン、トリノは10位にまで順位を上げ、ブレーメルは当然のことながらセリエAの最優秀ディフェンダーに選ばれた。事ここに至って、トリノは自軍のスター選手がより大きなものを運命づけられていることに気づき、2024年まで契約を延長するという先手を打った。

ユヴェントスは、2022年の夏にバイエルン・ミュンヘンへ移籍したマタイス・デ・リフトの代わりにブレーメルに狙いをつけ、本拠地が同じライバルから4,100万ユーロ（約67億円）で獲得した。アッレグリ監督はブレーメルをいきなり大抜擢し、サッスオーロ相手の新シーズン開幕戦、センターバックでレオナルド・ボヌッチのパートナーに起用した。するとブレーメルはそのチャンスを大いに生かし、ほとんどミスなく3対0での勝利に貢献した。

「ブレーメルが見事に順応してくれて、正直言って驚いている」と、試合後にアッレグリ監督は語った。そこからボヌッチとのコンビが開花し、ブレーメルはブラジル代表に選出。当時のチッチ監督はガーナとの親善試合で初めてブレーメルを起用した。その後ブレーメルはカタールのワールドカップで非常に貴重な経験を積み、セレソンが準々決勝に進出するまでの過程で2試合に出場したのだ。だが、シーズン後半はそれほどうまくいかなかった。

2023年1月、ユヴェントスは不正経理と虚偽会計の罰として勝ち点15を剥奪され、控訴により勝ち点10の剥奪となったが、最終的にセリエAでの順位を7位までしか押し上げられなかった。その結果チャンピオンズリーグへの出場権を獲得できなかったのである。

それでもブレーメル個人としては、老貴婦人との最初のシーズンはこれ以上なくうまくいった。5ゴール決めることができ、その中には古巣トリノにホームで4対2で勝ったときの1得点が含まれている。

「（クリスティアン・）ロメロのような素晴らしいディフェンダーとも仕事をしてきたが、ブレーメルは私が監督してきた中で最高のディフェンダーだと思う」と、試合後の記者会見でトリノのユリッチ監督は言った。

「ブレーメルは素晴らしい。常に成長したいと思っているし、テクニックの向上に熱心に取り組んでいる。ディフェンスでの彼は破壊的な力を持っているが、まだうまくなる可能性がある」

それ以来、ユーヴェにおけるブレーメルの重要性は増すばかりで、つい最近2028年まで契約を更新した。アッレグリ監督率いるチームは依然としてフラストレーションが溜まっているが、ブレーメルはチームの中で最も信頼できる選手であり、このチームで初めての優勝を成し遂げるべく、あらゆることに全力を尽くしている。

2023-24シーズンのスクデットはすでにユーヴェの手の届かないところにあるが、コッパ・イタリアでは準決勝の第1レグでラツィオを2対0で下し、決勝進出まであと一歩のところまで来ている。ブレーメルが非情なまでに敵のゴールへの道を閉ざした結果である。まだ27歳のブレーメルが最盛期を迎えるのはまだ数年先であろう。夏以降、ユーヴェには彼を引き留めるための困難な争いが待ち構えている。

ブレーメルにはトップ・ディフェンダーに必要なすべて「強さ、スピード、空中戦での能力」が備わっている。試合を読む力にも優れ、1対1のデュエルでも滅多に負けない。

トリノの元暫定監督モレノ・ロンゴは2月に『TuttoJuve』のインタビューで、ブレーメルのプレミアリーグへの移籍に関する憶測について問われると、彼のスタイルについて的確に総括した。

「私がプレミアリーグのどこかのチームの監督だったら、ああいうタイプのディフェンダーを必要とするだろう」と、ロンゴは言った。

「彼はフィジカルが圧倒的に強いし、40～50mのスペースを背負っても恐れることなくオープンスペースを守りきり、支配的なサッカーをする。私なら常にああいうDFを求める」

マンチェスター・Uも、ピッチの反対側からブレーメルの才能を見てきたチームかもしれない。エリック・テン・ハーグ監督のチームは今シーズン、セットプレーから安定して得点することが出来ずに苦しんでいる。ブレーメルはボックス内で驚くほど鋭い得点能力を誇っており、コーナーキックやフリーキックからの得点力で相手の脅威となるだろう。チェルシーの元ヒーローやマンチェスター・シティのレジェンドからインスピレーションを得ていて、イングランド・サッカーにおいて理想的な選手のようだ。

「センターバックとして、イングランドの選手たちをお手本にしてきた」と、最近『デイリー・テレグラフ』でのインタビューで答えている。

「チェルシーでプレミアリーグやチャンピオンズリーグを制してきたダヴィド・ルイスを見てきたし、マンチェスター・シティでプレーしていたヴァンサン・コンパニもずっと見てきた」

ブレーメルには素晴らしい強みがあるにもかかわらず、これまでブラジル代表として4試合しかプレーしていない。おそらく、本当の意味でボールを扱えるセンターバックではないことがその理由だろう。もちろんセレソンは結果だけでなく見ていて楽しいサッカーができるテクニックに優れた選手を育成することで有名だ。

セリエAでは、その弱点がブレーメルの邪魔になることはほとんどなかったが、そこを改善しなければ、よりスピードの速いプレミアリーグのサッカーで馬脚を現すかもしれない。ユーヴェでスターでも、ドリブルのうまいFWには勝つことができず、マンチェスター・Cやリヴァプール、アーセナルのような高いプレスを敷くチームにはカモにされかねない。

ブレーメルはボールを簡単に保持するのではなく、前線にロングパスを出そうとすることも多い。そのせいで敵に簡単にポゼッションを明け渡してしまうことも度々ある。しかしながら、ブレーメルはアーセナルのガブリエウ・マガリャンイスのケガで、ドリヴァウ・ジュニオル監督の3月のキャンプに2022年以来の久しぶりの招集でブラジル代表に復帰。コパ・アメリカの代表チームにも遅ればせながら招集される可能性がある。

ボール扱いのスキルをマンツーマンで練習すれば、ブレーメルはかなり高いレベルに到達できる。すでにディフェンスのスペシャリストとみなされているブレーメルにとって、さらに恐ろしい武器になるだろう。しかも、1月にFIFAにこう言ったように、ブレーメルは勉強熱心な選手だ。

「イタリアに来て5年になるが、ここで学ぶべきことはまだまだある。自分にはまだ成長の余地が十分にある」

現在ブレーメルは、2位のミランとの差を縮めようとしているユーヴェのシーズン終盤に向けて集中している。ミランを引きずり降ろして優勝できれば、理論上、ユーヴェにとって進歩のシーズンだったと言えるだろうが、真のエリートクラブに戻るにはまだ道のりは遠い。

ブレーメルが出ていけば、ユーヴェは立ちいかなくなる。クラブのレジェンド、セルジオ・ブリオはブレーメルの貢献度を高く評価するひとりだ。

「私は本当にブレーメルが好きだ。タイミングとポジショニングが素晴らしい、優秀な選手である」と、ブリオはトリノの『トゥットスポルト』紙で語った。

「彼は現在のセリエAで一番のディフェンダーだ。私はそう確信している」

だが、イタリア出国には魅力がありすぎることが証明されそうである。すでにチェルシーとトッテナムとのことが取りざたされているし、レアル・マドリーも獲得に興味を示していると言われている。

だが、最もありえそうなのはオールド・トラッフォードへの移籍で、マンチェスター・Uはブレーメルのようなディフェンダーを喉から手が出るほど欲しがっている。『ガゼッタ・デロ・スポルト』紙によると、赤い悪魔は、ブレーメル獲得の代わりとしてユーヴェにメイソン・グリーンウッドを差し出すこともいとわないらしい。ブレーメルの価値は安く見積もっても3,400万ポンド（約65億円）と言われている。長いあいだ標準以下のディフェンダーに悩まされてきたチームにとって、ブレーメルの加入はラトクリフとマンチェスター・Uの新しいINEOS体制のもとでの新時代の成功の基礎をもたらす可能性がある。

「ラ・リーガもプレミアリーグも好きだけど、プレミアリーグはとてもエキサイティングなリーグだ。たくさんの試合を見てきたし、見ていてとても面白い」ともブレーメルは『デイリー・テレグラフ』に語っている。「いつかプレミアリーグでプレーしたいと思っている」