若き日のベッカムは、間違いなくドキュメンタリー映画『クラスオブ92』の看板選手だった。レイトンストーンで壁に向かってボールを蹴っていた金髪のイケメンは、三冠を達成し母国代表のキャプテンとなった。一方、スコットランド出身策士ファーガソンはオールド・トラッフォードで38ものタイトルを獲得した。マンチェスター・Uが手に入れられるあらゆるものをファーガソンは勝ち取り、単なるサッカーチームの監督ではなく、マンチェスター市の聖人ともいうべき地位を手に入れた。
しかし、ファーガソンとそのチームの看板選手にして、ウィンブルドン戦でハーフウェーラインからシュートを決めてみせた早熟のウィングとの関係が、信じられないほど不安定であったことは広く知られている。では、実際のところベッカムとファーガソンはどのように不仲になっていったのか。ベッカムは何故、オールド・トラッフォードで引退するという夢をあきらめたのか。サッカー界で最も有名な喧嘩について、ひも解いてみよう…。
以下に続く