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サンチョを諦めた人間は謝罪を:CLの大舞台で見せた「史上最高の選手に匹敵する姿」

ジェイドン・サンチョよ、君はこの2年半いったいどこにいたのか――チャンピオンズリーグ準決勝ファーストレグで見せた衝撃的なプレーは、ドルトムントファンにそう思わせたことだろう。

サンチョは終始パリ・サンジェルマン(PSG)のDFラインを翻弄し、完全に自由にプレーしていた。ちょうど2021年に7300万ポンド(約140億円)でマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する前はいつもそうだったように。ドルトムントは前半にあげたニクラス・フュルクルクのゴールで1-0と勝利したが、サンチョが右サイドで魔法のように作りだしたチャンスをことごとく無駄にさえしなければ、もっと大差で勝っていてもおかしくなかった。

ドルトムントのSNSの公式アカウントは、試合終了後すぐにサンチョの活躍を称え『X』に次のように投稿した。「彼をけなした人々は全員謝罪すべきだ。我々は“いつだって”彼のサッカーを知っている」。別の投稿ではこうも言った。「今夜のジェイドンの“素晴らしさ”には驚くしかない」

水曜夜の試合前、筆者も含めて多くの人々がサンチョを見限るような投稿をしていた。今や、サンチョは謝罪を受けるに値する。最高の舞台であれほどハイレベルなプレーをした彼を「選手として終わった」などというのはとんでもないことである。

  • Sancho-DortmundGetty

    取り戻した「強引さ」

    サンチョはPSG戦でドリブルを12回成功させた。これは今季のチャンピオンズリーグ1試合としては最多。これより多くドリブルを成功させたのは、2008年の準決勝でバルセロナの偉大なレジェンド、リオネル・メッシが最後だ(16回)。イングランド出身選手が11回を超えたことは今までなかった。

    そう、サンチョは史上最高の選手の絶頂期と同じレベルのボールタッチを見せたのである。サンチョにボールが渡るたびに81000人収容のジグナル・イドゥナ・パルクの観客は雷に打たれたかのように興奮し、何度も裏を取られたPSGの左サイドバック、ヌーノ・メンデスは今後悪夢にうなされることになるだろう。

    「ジェイドンは相手選手たちを踊らせ、まるで悪ふざけをしているようだった」と、マンチェスター・ユナイテッドのレジェンド、リオ・ファーディナンドは『TNTスポーツ』で語った。「前にドルトムントにいた時以来、こんな彼は見たことがなかった。私が何よりも言いたいことは、ケージ・フットボール時のサンチョが甦ったということ。ケージ・フットボールで育った彼には、少々強引なところがあるのだ」

    この「強引さ」がサンチョをヨーロッパサッカーで最も注目される選手にしたのだが、マンチェスター・Uに入ってからは目立たなくなってしまっていた。冬の移籍市場でレンタルでドルトムントに戻ったが、ファンが見たのは彼の特別な才能が時折きらめくところだけ。悪魔のような大胆なプレーは、まったく突然に現れた。これにより、夏の移籍市場に向けてのサンチョの評価が180度変わることだろう。

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  • Jadon Sancho Kylian Mbappe GFXGetty/GOAL

    「世界最高の選手よりも良いプレー」

    試合前の話題は、契約満了前に完璧な置き土産としてPSGに悲願のチャンピオンズリーグ優勝をもたらそうともくろむ、キリアン・エンバペに集中していた。準々決勝では2得点をあげてバルセロナを沈め、最高の舞台で憧れのレアル・マドリーとの決戦に挑むことが予想されていた。エンバペは究極の大舞台で活躍するタイプの選手であり、クラブでも代表でも、とてつもない記録を作ってきたからだ。

    だが、ドイツでは完全にサンチョに主役の座を譲っていた。復活したドルトムントの背番号10は、ボールタッチ数でもエンバペを上回っている(99:52)。PSGのスターはポスト直撃など、常にイライラした姿がとらえられている。

    サンチョはボールに対して遥かにポジティブで創造性があり、チームメイトに3度もビッグチャンスを作り出した。フュルクルクやユリアン・ブラント、マルコ・ロイスもそのチャンスを決めきれなかった責任を負うべきだろう。最低でももう1アシストは記録してもおかしくなかった。オーウェン・ハーグリーヴスはこう語る。

    「ピッチにはワールドクラスの選手が何人もいたのに、どの選手よりも優れていたのはサンチョだった。彼は世界最高の選手であるエンバペよりも良いプレーをした。絶好調で体にキレがあり、自信に満ちていた」

    この日のサンチョは、エンバペやとジュード・ベリンガム、ジャマル・ムシアラと同じく、この世代のリーダーとなれる才能があることを見せつけていた。長く記憶されるプレーを披露したが、今後はあれが一度限りのものではないことを示していかなければならない。

  • Jadon Sancho Borussia Dortmund 2023-24Getty Images

    抑圧

    ハーグリーヴスは続ける。

    「最初の数タッチを見ただけで、彼が自信をもってプレーしていることがわかった。身体の動きに信念が表れていた。強引さも取り戻したね。マンチェスター・Uに来てからのジェイドンは自信を失っていたように見えたが、今夜、多くの疑問に答えを出したのだ」

    たしかに、オールド・トラッフォードでのサンチョはまったく自分を信じられない様子だった。ドルトムントに戻ってからも最初の4カ月は相変わらず自信がないように見えた。チャンピオンズリーグ・ラウンド16のPSV戦で見せた長距離シュートを含む、素晴らしい3得点を決めているが、安全にポゼッションを選択することも多かった。

    何かが彼を押さえつけていたのだ。だからこそ、この規模の試合でそうした抑圧が外れるのを見るのは、本当に驚きだった。マンチェスター・Uにいた頃はしばしば見失っていたことだった。「練習ではああいう姿を本当によく見せていた」と、エディン・テルジッチ監督は言う。「試合のピッチでそれを披露するのは簡単なことではないだろう。特に、しばらくリズムに乗り切れていなかった選手にとってはね。我々は彼の才能をよく知っているし、今日またそれが見られた。ジェイドンのようなプレーが必要なことは、よくわかっている」

    シーズン当初、サンチョがマンチェスター・Uを出ていく前にエリック・テン・ハーグ監督は3試合しか起用しなかったが、試合勘の欠如は大きな問題ではなかった。サンチョはマンチェスターではうまくいかなかった。今でもダメージを受けたメンタルの再構築の最中にいる。

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  • Jadon Sancho Borussia Dortmund 2023-24Getty

    身に潜む悪魔との戦い

    1月にブンデスリーガの強豪に戻って2度目のデビューを果たしたサンチョは、ドルトムントに戻ってきたことを「家に帰ってきたような気分」だと言った。マンチェスター・Uでは、特にテン・ハーグ監督のもとでは、明らかに埋もれた気分だったろう。オールド・トラッフォードでのみじめな最初のシーズンの後、彼には疑いの目が向けられたが、本当の問題は2022年5月にテン・ハーグ監督が就任した後に始まったのだった。

    テン・ハーグは多くの場面でクラブの基準に合わないサンチョを責め、両者の関係は今や修復不可能に思える。サンチョがプロ入りして最初に所属したドルトムントでも問題はあったが、試合で決定的な仕事をしていたことで見逃されていたのだった。

    では、マンチェスターでは何故うまくいかなかったのか。単純に選手と監督との価値観の相違によるものか、それともピッチの外でサンチョが自身に巣くう悪魔をコントロールできなかったからなのか。

    アーセナルとフランス代表の伝説、ティエリ・アンリは後者だったと予想する。『CBS Sports』で以下のように語った。

    「彼がマンチェスター・Uでメンタル面に苦労していたことはみんなよく知っている。脳の力とか、プロとしての振舞い方とか……(メンタルが)うまくいかない時は、どういう試合でも良いプレーができないものだ。クラブであれ、選手であれ、才能であれ、そういったものは関係なく訪れるんだ」

    「サンチョが苦しんでいることが何であれ、ドルトムントでは状況が少し良くなったようだね。今夜の彼のプレーを見ればわかる。マンチェスター・ユナイテッドでは48試合プレーしたが、ディフェンダーを抜くドリブルは7回だけだったと思う。それを今夜は、試合開始から10分でやってのけた。私が言えるのは、これを過小評価してはならないということだけ。メンタル・ヘルスは簡単に扱えるものではなく、それがうまくいっていれば、良いプレーをすることができる。彼はよくやったよ。素晴らしい男だ」

  • Sancho-Man-UtdGetty

    ジレンマ

    報道によると、サンチョはシーズン終了後もドルトムントに残りたいと思っているようだ。だが、4000万ポンド(約77億円)というマンチェスター・Uの要求額をドルトムントが払える可能性は低い。再びレンタル移籍する可能性は高い。それが全関係者にとって最適なオプションとなりそうだ。彼はジグナル・イドゥナ・パルクの方が幸せであり、絶好調でなくともサポーターに愛されている。

    だが、現状はそう簡単ではない。マンチェスター・Uとの契約は2026年まで残っている。また、1度素晴らしいプレーをしたからといって絶好調に戻ったわけではないものの、「サンチョにもう一度チャンスを与えるべき」と言われるのは間違いない。

    ドルトムントで将来のバロンドール候補とみなされ、オールド・トラッフォードへ完全移籍を果たしたことはサンチョにとって「夢の実現」であった。ドルトムントはそれなりに大きなクラブだが、マンチェスター・Uは真のメガクラブである。サンチョが偉大な選手のひとりとなるための舞台を提供でき、そこへの加入はステップアップを意味していた。

    ジグナル・イドゥナ・パルクに残ることは、サンチョにとって安易な選択肢と言えよう。プレミアリーグで実力を証明し、ここ数年で失ってしまったバロンドール候補となる可能性を取り戻すために、マンチェスターに戻ることを目指すべきである。元ユヴェントスFWアレッサンドロ・デル・ピエロは語る。

    「彼のような選手が才能を発揮して、こうした試合でプレーできるならば、マンチェスター・Uにいくべきだよ。来年かもしれないし、再来年でもいい。彼の気持ち次第だ。監督のこともそう、すべてにおいてね。こういう選手は毎年トップレベルでプレーする必要がある」

    「誰だってビッグクラブで成功したいと思っている。これはマンチェスター・Uの宿命で、ある意味、彼の宿命でもある。彼にはあの舞台で、ああいうプレーをしてほしいと思う。個性を発揮してほしいよ。心の底から願っている」

  • Jadon Sancho Borussia Dortmund GFXGOAL

    義務

    サンチョがテン・ハーグのもとでプレーしたいと思っている可能性は低い。8月にSNSで監督を批判したことを、彼はまだ謝罪していない。2人が決して目を合わせようとしないのは明らかだ。ただし、2024-25シーズンが始まるまでにテン・ハーグがオールド・トラッフォードを去る可能性は高い。

    赤い悪魔はみじめなシーズンを耐え忍んでおり、チャンピオンズリーグの出場権を逃した。さらに悪いことに、チームとしての個性を完全に失ってしまっている。新たな小規模オーナーのINEOSが、クラブのあらゆる階層において「世界最高」の人材を招聘すると約束しながら、テン・ハーグに固執するのは良いことではないだろう。

    新監督のもとでいちから出直すことが、サンチョのマンチェスター・U復帰には必要である。とりわけ、サンチョがイングランドのチームに戻りたいと思っているのならば。彼がそれに値する選手であるかどうかはまだ議論の余地があるかもしれないが、特別な才能は誰もが知るところであり、あきらめてしまうのは早すぎる。すでにPSGのルイス・エンリケ監督は、来週ホームにドルトムントを迎えるにあたり、どのようにサンチョを黙らせればいいのか、頭を悩ませていることだろう。ファーストレグでは止めることができなかったのだから。

    近年ますます複雑になっていくサッカーの戦術に対応できる伝統的なウィングは多くない。サンチョがPSGを壊滅させていく姿を見ると、ロナウジーニョやクリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・U初期)、ネイマール、エデン・アザールといった異端の選手たちの記憶がよみがえる。こうした選手たちのように、サンチョはサッカーIQが高く、見事なボール扱いを見せてくれる。絶好調の時の彼は、サッカーのすべての醍醐味を具現化する存在なのだ。

    ここ最近のオールド・トラッフォードでサッカーの醍醐味が供給されていないことは確かだ。もし本当に戻ってくるのなら、サンチョにはそれを解決する義務がある。

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