このページにはアフィリエイト リンクが含まれています。提供されたリンクを通じて購入すると、手数料が発生する場合があります。
atretico(C)Getty Images

またも悲願に届かず、それでも立ち上がるアトレティコ。「いつか絶対」胸を張り、信じ続けるということ

CL・EL2025-26配信!

WOWOWオンデマンド

WOWOWでCL・ELを独占生中継!

この熱狂に乗り遅れるな。 

オンデマンドなら今すぐ視聴可能

WOWOWオンデマンド

月額2,530円(税込)

今すぐチェック

▶CL・ELプレーオフの注目試合と決勝トーナメント全試合をWOWOWで楽しもう!

今から25年前、アトレティコ・デ・マドリーがテレビで流した有名なコマーシャルがある。

赤信号で止まっている車の中、右手の人差し指で握っているハンドルをトントンと叩く父親と、後部座席で窓の外を眺めている幼い息子。息子が父親の後頭部に顔を向けると、こんなやり取りを交わすのだ。

息子「ねえ、パパ」

父親「どうした息子よ」

息子「なぜ僕たちはアトレティのファンなの?」

この問いかけに、ハンドルを叩き続けていた人差し指がピタリと止まった。答えに窮した父親は目を細めて窓の外を見やり、映像はそこで暗転。次のようなメッセージが浮かび上がる。

「説明するのは難しい。しかしそれは何か、とても、とても大切なことなのだ」

このコマーシャルが流れたのは2001年8月。クラブ史上初の2部降格に苦しんだアトレティコが、2部で2シーズン目を迎えるときのことだ。彼らは同シーズン、まだ17歳だったフェルナンド・トーレスを希望の担い手として1部復帰を果たすことになるのだが、その当時はあまりに安定感がなかった。名物会長だった故ヘスス・ヒルが下部組織を解体したり、1シーズン中に監督の首を何度も挿げ替えたりと破天荒なクラブ運営を行ったことで、1部で優勝して間もない内に2部に降格するような、非常に浮き沈みの激しい存在だったのである。

スペインの首都にはそんなアトレティコがいる一方で、ご存知の通り、世界一の常勝軍団であるレアル・マドリーもいる。マドリーのファンになれば喜びを享受するのはより簡単だ。勝利や優勝の回数は圧倒的で、「私たちこそ世界最高のクラブ(これを言う人は本当に多い。スペイン人のマドリーファンに会う度、最初にこう口にされる)」「CL優勝回数ナンバーワンだ」「どうして、わざわざアトレティコのファンになって苦しむんだ?」と誇らしげに語ることもできる。事実、現地の学校でもマドリーは大人気で、アトレティコファンは30人のクラスで5人以下、ということも珍しくない。そのためにあのコマーシャルのように、なぜ自分がアトレティコのファンであるのか分からなくなる子供だって「いる」。……いや、過去には「いた」のだろう。

  • simeone(C)Getty Images

    変化と成長

    1部復帰後も欧州カップ出場権争いから降格争いまで、相変わらず大きな振れ幅を見せていたアトレティコだったが、2011年12月に元選手のディエゴ・シメオネが監督として帰還を果たすと、クラブ史上最大・最長の黄金期を迎えた。

    シメオネ率いるアトレティコは、彼の衰え知らずの情熱と“パルティード・ア・パルティード(1試合ずつ戦う)”という一戦必勝の哲学のもと、これまでに2回のリーガ優勝、1回のコパ・デル・レイ優勝、2回のヨーロッパリーグ優勝、2回のUEFAスーパーカップ優勝、1回のスーペルコパ優勝、2回のチャンピオンズリーグ(CL)決勝進出を達成。何より毎シーズン必ずCL出場権を獲得して、同大会から得られる収入でクラブとして成長を果たしてきた。チョロと歩んだこの13年間でクラブ規模を少しずつ大きくしてきたアトレティコは、昨夏2億ユーロ以上を投じてフリアン・アルバレス、スルロット、コナー・ギャラガー、ル・ノルマンを獲得。これまで絶対的な差があったマドリーとバルセロナのリーガ2強に、選手層の厚みで追いつくまでに至った。……一昔前は考えられなかったことである。

    だからこそ今回は、今回のダービーこそは、という気持ちが強かったのだ。後半アディショナルタイム3分に同点に追いつかれて延長戦で敗れた2013-14シーズン、PK戦の末に敗れた2015-16シーズン……今もなお心の傷がうずく2回のCL決勝ダービー敗戦後、マドリーを破ってビッグイヤーを掲げることは、全アトレティコファンの悲願となっている。そして今回はあと一歩、あと何センチ、もしかしたらあと数ミリで、これまでどうしても勝てなかったCL仕様のマドリーを打ち倒せるところだったのだ。

  • 広告
  • realmadrid(C)Getty Images

    試合を支配しても、結果は同じ

    CLダービーの2ndレグ、本拠地メトロポリターノの観客に後押しされるアトレティコは、確かに試合を支配していた。試合開始から30秒後、マドリーのMFとDFラインが間延びしたタイミングで、ラウール・アセンシオのクリアミスに乗じて先制点を獲得(2戦合計2-2)。その後には自陣で、凄まじく規律立った4-4-2の守備ブロックをつくり、マドリーの攻撃をシャットアウトしている。グリーズマン、アルバレスの前線2枚も下がり、モドリッチやチュアメニにプレスを仕掛けて効果的なサイドチェンジを許さず。なおかつ彼ら2トップは速攻における起点にもなり、アルバレスはクルトワでなければすべて止められたかは分からない、枠を捉えるシュートを何度も放っていった。

    マドリーはロドリゴ、ベリンガム、ヴィニシウス、エンバペの“クアトロ・ファンタスティコ(ファンタスティック・フォー)”が沈黙。それはシメオネが、彼らが脅威となるのはトランジションからの攻撃にほかならず、それを徹底的に封じようとしたからにほかならない。それでも一度だけ、エンバペをアタッキングサードで自由にしてしまいPKを献上したが、キッカーのヴィニシウスはこのシュートを外している。アトレティコは今回、運にも恵まれたようにも思え、たとえPK戦に突入しても、ずっと裏しか出なかったコインの表を目にできるような予感があった。

    しかし予感は予感の、希望は希望の域を出ず、いつも通りコインは裏が出た。CL仕様のマドリーは今回も、最後には勝ってしまう不滅のマドリーだった。アルバレスの軸足が触ったか触らなかったか判別がつきづらいダブルタッチによるゴールの取り消しもあって、アトレティコはまたも、PK戦で土をつけられている。

    リュディガーの勝負を決するシュートが決まった瞬間、メトロポリターノはアウェーベンチとアウェースタンド以外、静寂と失望が支配していた。何度やっても、どれだけやっても、届かない……。観客の中には、悲嘆に暮れて涙を流す者もいた。選手たちはその場で崩れ落ち、守護神オブラクは人に支えられなければ立ち上がれないほどだった。そして記者席でも、僕の隣に座っていた現地紙『ムンド・デポルティボ』のアトレティコ番ハビ・ゴマラは、両手で頭をおさえ、うなだれ続けていた。

  • atretico(C)Getty Images

    何か、とても大切なこと

    しかし悲劇が生まれた直後のメトロポリターノで、シメオネがまたも光を照らした。彼はいつものエネルギッシュな動きで、観客に向けて感謝の拍手を送ると、その次に力を尽くした選手たちを称えるよう彼らに求めている。こうして欧州屈指の熱狂のスタジアムは、まるで試合が行われている最中かのように歌を取り戻した。その場に残っていた6万人以上の観客が、手拍子をしながら、マフラーを掲げながら、次のチャントを響かせたのだった。

    「何が起きたとしても、たいしたことはないさ。私たちが離れることはないんだ。アトレティ、愛してるよ。君と最後まで一緒に……アレ、アレ、アレ!」

    試合が終わった後に訪れた、息を呑む圧巻の光景。ふと隣を見ると、さっきまでうなだれていたゴマラの目にも、すでに生気が宿っている。それだけでなく僕に対して、中学生の愛娘から送られてきたばかりのメッセージを見せつけてきたのだった。

    「パパ、またダメだったわね……。でも落ち着いて。大丈夫よ。あきらめなければ、いつか絶対に届くわ。いつもパパが私に言うでしょう? 」

    「大切なのは、立ち上がることなんだって」

  • 答え

    一夜明けたスペイン首都の朝。行きつけのバルのカウンターは、ダービーの話題で持ちきりだ。しかしマドリーファンが「神はマドリディスタなんだ。どれだけ神に祈っても無意味なのさ」などと挑発しても、アトレティコファンが揺らぐことはない。「神にさえ反逆するのが私たちだ」と返答し、昨夜のチームに誇りを見せる(もちろん、アルバレスのゴール取り消しにはマシンガンのごとく不満をぶちまけていたが……)。バルの窓の外、登校する子供たちの中には、赤白のユニフォームを胸を張って着ている子たちもいた。

    宿敵を破ってビッグイヤーを掲げるというアトレティコの悲願は、またもお預けとなった。しかし彼らはもう立ち上がっている。何度届かなくても、その度に立ち上がり、もっと強くなって挑戦する。何度でも何度でも、信じることを決して止めずに……。まるで立ち上がることこそが、生きるということだと言わんばかりに。

    「なぜ僕たちはアトレティのファンなの?」

    その問いかけの返答に、窮する人はもうどこにもいない。質問する者すら、いないのだ。

    取材・文=江間慎一郎(マドリード在住ジャーナリスト)

    ▶CL・ELプレーオフの注目試合と決勝トーナメント全試合をWOWOWで楽しもう!