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スーパーリーグとん挫も背景にある問題は放置状態…次に欧州サッカーを待ち受けるものは何か?

■一件落着、ではない

4月19日深夜に構想が発表された途端、UEFAやFIFAはもちろん各国政府、監督や選手、マスコミ、そしてとりわけファン・サポーターとあらゆる方面から猛烈な反発を受け、たった48時間で全面降伏に追い込まれた「欧州スーパーリーグ(ESL)」。まるで巨大な花火を意気揚々と打ち上げながら、まともに点火すらせずあっという間に闇に溶けて消え去ってしまったかのようだった。

その経緯については、今更改めて取り上げるまでもないので、こちらをご参照いただきたい。

スーパーリーグ計画の頓挫は、「一握りの強欲なオーナー連中に対するフットボールコミュニティ全体の勝利である」と言うことができるかもしれない。UEFAのアレクサンデル・チェフェリン会長が言うように、利己主義ではなく連帯、お金ではなくピッチ上の栄光、売上高や配当よりもサッカーへの情熱やクラブへの忠誠心が勝った、という側面があることは確かだ。

以下に続く

しかし、これですべてが一件落着、未来はこれまでと同じように続いていくかというと、状況はそれほど単純ではない。フロレンティーノ・ペレス(初代ESL会長/レアル・マドリー会長)、アンドレ・アニェッリ(初代ESL副会長/ユヴェントス会長)が中心になって計画し、すくなくとも他の10クラブを一度は巻き込んだ強引な独立構想の背景にある問題は、まだ何も解決されないまま残っているからだ。

ではこれから一体どんなことが起こるのか、あるいは起こり得るのか。以下、それについていくつかの視点から考察してみよう。

■ひっ迫するクラブ経営

Florentino Perez Real MadridGetty Images

2020年春に起こった新型コロナウイルスによる世界的なパンデミック、そしてそれに伴うさまざまな社会・経済活動の制限は、欧州プロサッカーにも多大なダメージをもたらした。昨年3月の中断を受けてシーズン最後の1/3が無観客で行われた(フランスのみ打ち切り)2019-20シーズンは、メガクラブから中小クラブまで大半のプロクラブが大きな赤字を記録している。

スーパーリーグ構想に名前が挙がっていたトップ15クラブの2019-20シーズンにおける赤字の合計額は9億4700万ユーロ、日本円にしておよそ1235億円にも上る。さらに、これら15クラブの負債総額は、2020年時点で85億ユーロ(約1兆1000億円)に達しているとされる。シーズンを通して無観客試合が続き、それに伴ってスポンサーなどの商業収入の減少も見込まれる今シーズンは、ほとんどのクラブがさらに巨額の赤字を計上することになるだろう。

ペレス会長が「昨シーズンの2-3倍の損失が出るだろう」と語っていたことが象徴するように、彼らがスーパーリーグの立ち上げをこれほどまでに急いだ背景には、コロナ禍がもたらしたこの深刻な財政難がある。この危機を利用して、以前から暖めていた構想(スーパーリーグというアイディア自体の起源は20年以上前、1990年代末に遡る)を一気に実現してしまおうという側面があったことは確かだが、同時にレアル・マドリーを始めとするメガクラブが、それだけぎりぎりのところに追いつめられていることも、また事実なのだ。実際、今後1~2年の間に深刻な経営危機に陥るメガクラブが出る可能性は、決して小さくない。

例えば、セリエAで11年ぶりにスクデット獲得したインテルは、給料の遅配が続くなど運転資金がショートしかけている。当面はアメリカの投資ファンドから2億5000万ユーロの融資を受けてしのぐことができそうだが、その返済が滞るようだと、2018年にライバルのミランに起こったように、「借金のカタ」として投資ファンドに経営権を取り上げられる可能性もある。

そこまでは行かなくとも、ほとんどのクラブが多かれ少なかれ財政的な困難に直面することは間違いない。この影響は、今後さまざまなところに表れてくるだろう。

身近な例を挙げれば、ほとんどのクラブは、来シーズンに向けた補強予算を計上することすら難しくなるはずだ。例年ならば、財政が苦しくなったクラブは主力選手や将来有望な若手売却してその利益で赤字を埋め合わせたり、人件費を削減したりするものだ。しかし今回は選手を売りたくとも、高額の移籍金を支払って買い取ろうというクラブが現れないという事態になる可能性が高い。したがってほとんどのクラブは、余剰戦力の交換や契約満了でフリーになった選手の獲得に、戦力強化の活路を見出すしかなくなるだろう。

■「100試合増加」の新生チャンピオンズリーグ問題

champions league trophy logo.jpgGetty Images

ペレスが(ハッタリも含めて)「2021年夏からスタートしたい」とぶち上げたスーパーリーグの計画が頓挫したことで、欧州カップ戦は来シーズン以降も、基本的に現在のフォーマットを維持する形で続いていくことになる。

来シーズンからひとつだけ変わるのは、チャンピオンズリーグ(CL)、ヨーロッパリーグ(EL)に続く「第3のUEFAコンペティション」として、ヨーロッパカンファレンスリーグ(ECL)がスタートすること。主に、UEFAランキング15位以下の中堅・弱小国の有力クラブに欧州カップ戦の門戸を開くことを目的として作られた大会だが、5大リーグからも各1チーム(スペイン、イングランド、ドイツ、イタリアはリーグ6位。フランスはリーグ5位)が参加することになる。

CL、ELのフォーマットは、2023-24シーズンまで向こう3年間は現行のまま。そして3年後の2024-25シーズンからは、CL、EL、ECLという3つのUEFAコンペティションすべてに、先日のUEFA総会で承認された「スイス方式」による新たなフォーマットが導入されることになる。

この「スイス方式」は、現在4チームによるホーム&アウェイ総当たりで行われているグループステージを置き換えるもの。出場する36チームをひとつのリーグとして、UEFAランキングに従って上から8チームずつ4つのポットに分け、どのチームもその4ポットのチームとまんべんなく当たるように組み立てられた対戦表に沿って、10試合を異なる10チームと戦い、その結果に応じて1位から36位までの順位が確定される。1-8位は直接ノックアウトステージに勝ち上がり、9-16位と17-24位のチームによるプレーオフを勝ち上がった8チームを合わせた計16チームで、現在と同じベスト16によるH&Aのトーナメントを行って優勝を決めるという仕組みだ。

トータルの試合数は現在の「125(GS:96試合+決勝T:29試合)」→「225(スイス式:180試合、プレーオフ:16試合、決勝T:29試合)」へと100試合も増加、それに伴ってマッチデー数も現在の「13」→「19」へと6マッチデーも増える勘定になる。試合数が増える分ビジネスとしての規模も大きくなり、その分UEFAから参加各クラブに戻される分配金も大きくなるという勘定だ。

ちなみに、このCLからUEFAが得る収入とその再分配について、日本では「UEFAが収入の70%を懐に入れている」というまったく根拠のないデマが広く流布したようだ。UEFAは毎年、詳細な収支報告書(ファイナンシャルレポート)を公開しており、その経理内容はガラス張りになっている。毎年のレポートはここに一括して置かれているので、興味のある方は参照していただきたい。

最新の収支報告書によれば、直近2019-20シーズンにおけるUEFAの総収入は30億3800万ユーロ(約3989億円)。そのうち80%にあたる24億1700万ユーロ(約3173億円)はCL/EL参加クラブに、9%は各国協会などへの連帯支出金としてそれぞれ分配されている。UEFAの手元に残る11%も、試合運営に必要な経費に9%が飛ぶので、UEFA内部の人件費などはほんの2%に過ぎない。「70%」がどれだけ無根拠なデマかおわかりいただけるだろう。

さて、新フォーマットに話を戻せば、増加するマッチデーを、そうでなくとも過密になっているシーズン日程のどこにねじ込むかは大きな問題である。マンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督による「1年を400日にする」という提案が実現可能であればそれに越したことはないが、不可能である以上、国内カップ戦や代表ウィークとの兼ね合いを見直すしかない。

FIFAは、各国リーグと代表戦の日程を規定している「フットボールカレンダー」を、同じ2024年から見直すことを決めて、内部で調整を進めている。一部では、現在シーズン中に分散されている代表ウィークを廃止し、1年の間に2カ月間(5-6月が有力)代表の活動期間を設けてそこに集中させるという案も検討課題に上っている。

さらに国内リーグ&カップについても、5大リーグを18あるいは16チーム制に縮小、2つ目のカップ戦(リーグカップ)の廃止や縮小といった調整が、2024年をひとつの契機として行われる可能性がある。

「トレーニングをする時間がなければスペクタクルな試合はできない」(ユルゲン・クロップ)、「試合、試合、試合。誰も俺たち選手のことを考えてくれないのか」(イルカイ・ギュンドアン)といった「当事者」のコメントが物語るように、総試合数の削減とカレンダーの見直しは避けて通れない課題。UEFAコンペティション、国内リーグ&カップ、代表という3カテゴリーのバランスが、2024年を契機に変わることを期待したい。

■構造的な格差問題は是正できるのか?

Aleksander Ceferin UEFA Champions LeagueGetty

今回スーパーリーグ構想がこういう形で叩きつぶされたことで、アメリカ式の閉鎖的なリーグシステムではなく、「欧州スポーツの伝統に従ったオープンなピラミッドシステムを今後も維持していく」という点に関しては、サッカー界だけでなく政界まで含めたヨーロッパ社会全体のコンセンサスが成立したと言っていいだろう。

しかし、スーパーリーグというアイディア自体が生まれたその背景にある、欧州サッカー全体が抱える構造的な格差問題は、まったく解決されないまま残っている。今回スーパーリーグを企てた一部のメガクラブとそれ以外、5大リーグとそれ以外、各国リーグ内のトップクラブと中堅クラブ以下など、それぞれのレベルに存在し年々拡大しつつある「富める者」と「貧しき者」の格差、そしてその両者への二極化をどのように解消、とは言わないまでも縮小するか、あるいはせめてこれ以上の拡大を食い止めるかは、欧州サッカー全体にとっての大きな課題であり続けている。

UEFAのチェフェリン会長が、先日のUEFA総会のキーノートスピーチで言及した「ファイナンシャルフェアプレー(FFP)」の見直しは、その鍵を握るテーマのひとつだ。2011年に導入されたFFPは当初、赤字経営の解消を主な目的としていたが、その後は過剰投資の抑制による競争バランスの確保へと、時代と環境の変化に合わせて軸足を移してきた経緯がある。

「UEFAがFFPを廃止することはない。ただ、時代の変化に応じて新しい現実に適合させていく必要がある。サッカーへの投資を促進すると同時に、今の状況においてFFPが間接的にもたらしているかもしれない不公平を正していかなければならない」

チェフェリン会長のこの発言、そしてコロナ禍がもたらした現在の状況から推測できるのは、1年単位の赤字を許容しない「ブレイクイーブン原則」を緩めて、短期的なチーム強化のための投資をしやすくする一方で、投資家にとっての企業価値に大きく影響する財務内容、とりわけ負債総額などへの制約を強める方向性だ。

さらにもうひとつ、格差の直接的な原因となっているUEFAコンペティションからの再分配比率の見直しも、検討課題に入ってくるはずだ。これまでUEFAは、スーパーリーグ構想をちらつかせて揺さぶりをかけるメガクラブ勢の圧力に譲歩を重ねる形で、5大リーグとメガクラブに対する分配比率を高める方向への見直しを続けてきた。

しかし、今回の一件で少なくとも当面の間、メガクラブがスーパーリーグを脅しの材料として使うことは不可能になった。これはUEFAにとっては、これまで譲歩を重ねてきた再分配比率を、ELやECL、中堅国や中堅クラブにより手厚い方向で見直す大きなチャンスである。

もちろんメガクラブ勢の抵抗は必至だろう。しかし状況的には追い風だけに、進む一方だった格差拡大に歯止めをかけ、CLやEL、そして国内リーグの「競争バランス」をより均衡した方向に導くような施策を打ち出すことを期待したい。

メガクラブ同士のビッグマッチは確かに魅力的だ。だが、そのメガクラブをアンダードッグが打ち破る番狂わせもまた、時にはそれ以上に魅力的である。アヤックスやアタランタ、レスターやモナコはそれを教えてくれたのだから――。

取材・文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

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