6月半ばにドイツで開幕し、連日熱い戦いが繰り広げられてきたEURO2024も残すは1試合。スペイン代表とイングランド代表による決勝戦のみとなった。
今大会では優勝候補筆頭とされたフランス代表、さらに前回王者イタリア代表など強豪国が期待を裏切る形で批判とともに去っていたのに対し、スペイン代表の躍進は大きな注目を集めている。ラミン・ヤマル&ニコ・ウィリアムズの両ウイングが見せる躍動感あるドリブル、ロドリやファビアン・ルイスらのゲームメイク、そして逆境で発揮したメンタリティは、決勝進出という結果を残しただけでなく、ファンの心をつかむ素晴らしい戦いだった。ルイス・デ・ラ・フエンテ監督のチームが各メディアで「今大会最高のチーム」と絶賛されるのも納得だろう(ここまで6戦全勝、13得点3失点)。
そんなラ・ロハについて、スペイン大手紙『as』副編集長を務めるハビ・シジェス氏は「黄金期に引けを取らない」とEURO連覇とワールドカップ制覇を成し遂げた伝説的なチームに匹敵すると評価する。では、なぜ今大会のスペインがこれだけの結果を残せているのだろうか? 彼らが見せる「未来のフットボールの可能性」、そして「見ていて楽しい」ことの重要性を紐解いていく。
文=ハビ・シジェス/スペイン紙『as』副編集長
翻訳=江間慎一郎
■スペインが示した価値
(C)Getty ImagesEURO2024決勝戦、スペイン対イングランドがまもなくキックオフを迎える。この一戦を前に、スペインが今大会で示してきたフットボールの大切な価値について、どうか振り返らせてほしい。
イングランドとの決勝がどんな結末を迎えようとも、スペインがここまでに見せてきたパフォーマンスには唯一無二の価値があった。ルイス・デ・ラ・フエンテが率いる現代表チームは、黄金の輝きを纏った過去の代表チームにさえ引けを取らないレガシーを残そうとしている。そう、EURO2008、南アフリカ・ワールドカップ、EURO2012の連覇を成し遂げた、美しくも効果的だったあの代表チームと現代表チームの距離は、たいして開いていないのだ。
スペインが今大会で手にした成果は、決して偶然の産物ではない。ボールポゼッションという旧来のプレースタイルに今日のフットボールに求められる垂直性、縦の速さという別ベクトルのエネルギーを加えることで、彼らは新たな成功をつかんだ。言うなればスペインは、錆びついていた自分たちのスタイルを現代フットボールに即した形でアップデートさせたのである。
■“塩試合”を壊す両ウイング
(C)Getty Imagesスペインの新たなフットボール哲学は「学術的」で「ストリート的」だ。彼らはポジショナルプレーや細かいボールタッチで試合の主導権を握ることを一切捨てていない。これまで通りボールを求めて、アンカー(ロドリ)を重用し、しっかりビルドアップを行う。だがその一方で、相手に打撃を与えられる可能性を見出せば、「教科書通りのポゼッション」を捨てて躊躇することなく一気にプレーを加速させ、勝負を仕掛ける。そこで彼らは「学術的」でなく、「ストリート的」な顔をのぞかせるのだ。
現代フットボールでは、カンテラ(スペイン語で石切場や採石場の意で、スポーツクラブの下部組織に対しても用いられる)での徹底的な教育によって、選手の特徴もチームとしてのプレーも画一性が叫ばれるようになって久しい。程度の差こそあれど、カンテラの子供たちはドリブルを仕掛けられたり創造性あるスルーパスを出せる場面で、ミスを恐れる指導者から無難な横パスを選択して次の機会を探るように指示される(もちろん、数的・位置的優位性を無視して無謀なプレーを行わせるのは論外だが)。そのような指導は選手たちの機械化を招き、予測不可能なプレーをピッチ上から消し去ってしまう。だからこそ戦術的かつフィジカル的で、試合の均衡ばかりを求める昨今のフットボールは、退屈で見え透いたものになってしまっている。
だがしかし、EURO2024のスペインは違う。彼らは現代フットボールに蔓延する、そうした画一性、退屈さ、“塩試合”から脱することに成功した。その大きな要因として挙げられるのは、ラミン・ヤマル&ニコ・ウィリアムズの存在である。
スペインの両翼はそのほかの大半の選手たちと同様、10歳になる前にカンテラ入りした選手たちではあるが、ストリートや広場で時間を忘れてプレーに没頭し、ドリブルなど個人技の素養も身につけていた。彼らのプレーレパートリーはカンテラで一般的に教えられることからは逸脱した、いわゆる理屈を超えたもの。それは他のエリートの選手たちを“凡百”とするほどに圧倒的だ。
ヤマルは準決勝フランス戦で、スペインの窮地を救っている。アドリアン・ラビオ相手に巧みな切り返しからわずかなスペースを得ると、ここしかないコースにミドルシュートを突き刺した。恐ろしいのは、彼の天才的なプレーが非常に圧迫感の強い現代フットボールでも、確かな継続性を伴っていることだ。そしてヤマルと同様にニコも、相手選手たちを技術とスピードを備えたドリブルでかわして、ゲームの均衡を崩すことができる。
肝要であるのは、スペインが個だけでなくチームとしてのパフォーマンスでも優れており、彼ら両翼が然るべきタイミング、ポジショニングでその個人技を発揮していることだ。スペインは素早いパス回し&プレーサイドの変更を意識し、それゆえにヤマル&ニコは1対1の勝負を仕掛けられ、そこからサイドに抜け出しても内に切れ込んでも適切にプレーを判断をする余裕がある。
■「見ていて楽しい」チーム
(C)Getty Imagesスペインの進化の理由はヤマル&ニコだけにとどまらない。指揮官デ・ラ・フエンテの存在も絶対に欠かせなかった。
クラブレベルではBチームの指揮官どまりで、2013年からスペイン代表を下部年代から指導し始めると、2022年にルイス・エンリケの後任としてフル代表監督に就任……。これまでほぼ無名だった63歳のデ・ラ・フエンテは、代表チームを進化させ得る原石や材料を、誰よりも把握している人物だった。代表チームの手綱を握った彼は、勝敗だけを重視する監督が増え続ける昨今のフットボール界で独自の信念を貫き、エンターテインメント性と効果性を両立する魅力的なチームをつくり上げている。
ファビアン・ルイスの飛び出し、両サイドバックの果敢なオーバーラップ、1トップのアルバロ・モラタのゲーム&スペースメイク……デ・ラ・フエンテは非常に勇敢な戦術的メカニズムを代表チームに植え付けた。そしてヤマルとニコに対しては、ミスを恐れる育成年代の指導者たちには、決して口にできない言葉を伝えている。すなわち「勝負を仕掛けろ。ミスを恐れるな。自分らしくプレーするんだ」、と。だからこそ彼らのフットボールは、見ていて楽しいのだ。
■フットボールの未来
(C)Getty Images今回のEUROで、スペインのポゼッション率はこれまでよりも下がることになったが、代わりにドリブルを仕掛ける数が増えた。この変化は世論も全面的に肯定しているものだが、加えて、彼らの苦しみに耐え抜く姿勢も同様に支持を集めている。そう、生き方でもプレーでも、スタイルというものは努力があってこそ、初めて価値を持つことができるのだ。
スペインはモラタが1人目のディフェンダーとなるハイプレスによって、相手チームを猛烈に追い込んでいく。クロアチア、フランスとの試合でこそ、その守備にわずかな綻びが生じたものの、残りの戦いではヤマル&ニコ含めて全員が守るために走ることを怠らず、素晴らしい堅牢さを見せている。こうした守備の姿勢がなくては世界王者のイタリア、ドイツ、フランスを破ることなど絶対に不可能だった。そうして残っている相手は、あとイングランドだけだ。
かつて“ティキ=タカ”と呼ばれたポゼッションスタイルで一世を風靡したスペインは、そのスタイルを進化させることで、再び強烈なインパクトを与えながら決勝まで勝ち上がってきた。彼らは決勝の地ベルリンで「カンテラで学んだプレーの基礎」に「ストリートのオリジナリティ」を加えたパフォーマンスが、いかに有用で魅力的なのかを改めて示さなくてはならない。
実際的にスペインの人々は、退屈な試合があまりに多いと言われた今回のEUROで、我がチームが見せてきたプレーに敬意と誇りを感じている。果たしてフリア・ロハ(赤き激情、スペイン代表の愛称)は、その退屈の権化たるイングランドを相手に、フットボールの未来を明るく照らすことができるのだろうか。

