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【現地寄稿】久保建英が“GKのメッシ”オブラクに打ち勝った事実。究極の心理戦、巨人から奪ったゴールが示す証左

ここはアトレティコ・デ・マドリーの本拠地ワンダ・メトロポリターノにある会見場だ。メトロポリターノは2017年に完成しただけあって、その施設は最新鋭。会見場はまるで映画館みたいなつくりになっている。……実際にスクリーンを張ればそう使えるみたいだが。

今、壇上ではマジョルカ監督のルイス・ガルシア・プラサが話している。「チームはこれまでも、こうした勝利にふさわしかった」「今日の試合前には大切な話をしたんだ。選手たちは自信を失いかけていたからね」「これまでがひどかったわけでも、今が素晴らしいわけでもない。変わらぬ謙虚さで努力を重ねていかなくてはね」。終始笑みを振りまきながら流暢に話していたが、それもそのはず。マジョルカは今から15分前、昨季ラ・リーガ王者アトレティコを倒してしまったのだから。それも、チームにとって8試合ぶりの勝利である。

15分前、アトレティコサポーターは自チームを励ますことなく無言でスタジアムを後にして、ごく少数のマジョルカサポーターの凱歌がスタジアムに響き渡っていた。欧州屈指の要塞メトロポリターノは、ラ・リーガ1部昇格組の手に落ちたのだ。そして征服の旗をピッチに突き立てた人物こそが、久保建英である。

■メンタル

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1-1で迎えた後半アディショナルタイム1分、ハーフウェーライン付近の久保はアンヘル・ロドリゲスのスルーパスからアトレティコ陣地を独走。そのままペナルティーエリア内に侵入すると、ヤン・オブラクの股を抜くシュートでゴールネットを揺らした。世界最高との呼び声高いGKは久保のゴールが決まった瞬間、バン! バン! バン!と3回ほど地面を強く叩いた。映画館みたいな会見場も、この日本人のゴールの余韻が支配していたのだった。

ルイス・ガルシアが会見場から立ち去ると、数分後に今度はアトレティコ監督ディエゴ・シメオネが登場した。いつものように黒いスーツと黒いYシャツ姿で(白いYシャツは宿敵レアル・マドリーを連想させるために基本的に着ることがない)。こちらはリーガで8試合ぶりの敗戦。とはいえ、ここ10試合の成績は3勝3分け4敗とチャンピオンズリーグ(CL)を中心に成績が振るわず。このマジョルカ戦では、CL決勝トーナメント進出がかかったポルト戦を控えている状況で、久保から冷や水を浴びせられた格好だ。

ルイス・ガルシアとは違い、当然シメオネは笑顔を見せない。辛辣な質問に対して誠実に返答していき、また一つのメッセージを繰り返してもいた。「こうした状況で存在する選択肢は二つ。気落ちするか抗うかだが、もちろんチームは抗っていくだろう」「ただ落ち込むか、逆らっていくかのどっちかなんだ。私はこのチームを信じているよ」。間接的に自分の選手たちにメッセージを伝えたアルゼンチン人指揮官は、アトレティコ広報の「質問はここまでです。ありがとうございました」の声と同時に席を立ち、颯爽と立ち去った。

会見場の雰囲気は何か刺々しい。皆が大急ぎで記事を書いていることもあるが、そこにいる大多数がアトレティコの番記者で、敗戦の失意や憤りが部屋中に充満していた。さて、あと会見に出てくるであろう人物はアトレティコの選手のみ……、そう思っていた矢先である。いきなりマジョルカの広報と久保が壇上に現れ、席に座った。これには少し驚いた。アトレティコの試合後会見(新型コロナ禍でミックスゾーンはない)は、まずアウェーチームの監督、次にシメオネ、そしてアトレティコの選手が1〜2人出てきて終わることを常としているからだ。

あとでアトレティコ関係者に聞いた話によれば、アウェーチームが希望すれば会見場で選手に話をさせることができるそうだ。ただ、ここはメトロポリターノであり、アトレティコが勝つか、最低でも引き分けかを常とする舞台である。負けてわざわざ選手に話をさせるチームはほとんどいなかったということだろう。しかし、もちろんこの日のマジョルカは違った。久保がゴールを決めて歴史的な勝利を飾ったのだから、彼に喋らせない理由はどこにもなかった。

久保はまずスペイン語、その次に日本語の質問に答えていった。両言語における表現の深度の差異は、ほとんどない。むしろ日本語は日本語として、スペイン語はスペイン語として、その言語にぴったりと合う内容を話していたように思える。例えば「ゴールを決めることは想像していたか? 夢を見るのはタダですから」なんて言葉は、スペイン語だからしっくりきていた。その中でも興味深かった内容は、やはりゴールシーンの振り返りだ。股抜きは、果たして本当に狙っていたのかどうか。久保はスペイン語で、次のように語った。

「最後のボールタッチが浅くなってしまったんですよ。まず僕が走り始めたとき、アトレティコの選手が追いかけてこようとしましたが、こちらがボールを受けたときにオフサイドを狙ったのか止まりました。それで僕は一人抜け出して、ゴール前のオブラクに目を向けました。彼はまるで巨人で、少しナーバスになりましたが、横に打ったらカットされると思って股抜きに賭けたんです。うまくいきましたね」

オブラクを前にして「少しナーバスになりました」。この話を聞いて、僕は過去に翻訳したスペインのフットボールカルチャーマガジン『パネンカ』のオブラクのインタビューを思い起こしていた。シメオネに「GKのメッシ」と形容された男は、こんなことを話していたのだった。

「最後にナーバスになった試合は覚えていない。ピッチに立つチャンスがあるとき、自分が感じているのは、幸せ、なんだよ。僕はいつだって、ナーバスになるよりも幸せを感じてきた。というか、ナーバスになったことなんて、一度だってない」

「僕の落ち着きが相手に恐怖を与えているって? それはストライカーにしたって同じことだろう。僕たちに武器があるとすれば、彼らにだって彼らの武器がある。いずれにしても確実な処理能力や冷静な頭は多くの場合に助けとなるし、相手を怖気付かせることもできるんだったら、なおさら良い。ただ繰り返すけど、トップレベルのストライカーはそれぞれ、特有のメンタリティーと落ち着きがある……。そして、それが僕の大好きな1対1の心理戦に昇華されるわけだ」

久保とオブラクの言葉は、僕の頭の中で時系列やら次元やら超えて、真っ向からぶつかっていた。久保は絶対にナーバスにはならないオブラクという巨人を前にして最初気圧されながらも、しかしすぐさまゴールの可能性が高いシュートコースを彼の股下に見出したのである。頭の回転と、その回転数に追いつくだけの技術と、度胸と、総じて努力と才能がなければなし得ないゴール……。夢を見るのはタダだが、夢を叶えるにはそれ相応の対価が、オブラクの言葉を借りれば「トップレベルのストライカー」としての力量が必要となる。久保はスロベニア人GKが大好物としている「1対1の心理戦」に、確かに勝利したのだった。

久保は6分ほど話してから席を立ち、最後にアトレティコ主将コケが出てきて2分ほど話して(僕たちは一試合ずつに集中し、目前の試合に全力を注いでいる。この世で最も大切な試合は今日の一戦だったんだ……)、今日の会見場はすべての予定を消化。記者やテレビのカメラマンたちはいそいそと帰り支度をして、気温10度を下回るメトロポリターノの外へと飛び出していった。

■事跡

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1日が経って、ここはマドリーのセンター街にあるバルだ。いつものようにカウンター席に座って、スポーツ紙『マルカ』がいつも4〜5ページを割いているアトレティコのページを開くと、そこにはブラジルのロナウドのように人差し指を立てながらゴールを喜ぶ久保と、右手をバン! バン! バン! と地面を叩きつけようとしているオブラクの写真が載っていた。昨日と今日で、世界の理の一つは確かに変化している。シメオネはかつて「言葉は美しいものだが重要なのは何を成し遂げたのかという事実なんだ」と語っていた。マジョルカはメトロポリターノを舞台にして、誰もが予想するように敗れ去るのではない。久保がゴールを決めて、オブラクとアトレティコに打ち勝つものなのだ。

文/江間慎一郎

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