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【ライスの移籍金191億円は適正なのか】過大評価?世界最高の守備的MF?プレーの特徴と価格高騰の理由を分析

6月頭に行われたUEFAカンファレンス・リーグ決勝戦、フィオレンティーナとの激戦を見事に制して優勝を成し遂げたウェストハム。その試合でキャプテンマークを巻いたデクラン・ライスは、下部組織時代から過ごした愛するクラブにタイトルをもたらし、新たなチャレンジへと向かうことが濃厚だ。

2018年に結んだ現行契約は残り1年で、クラブの契約延長オファーを断り、今夏の移籍は決定的。バイエルン・ミュンヘン、チェルシー、マンチェスター・ユナイテッドも関心を寄せたが、最終的にはマンチェスター・シティとアーセナルの一騎打ちになった。そして昨季の首位と2位チームによる争奪戦は、どうやらアーセナルに軍配が上がったようだ。

移籍金1億ポンド(約182億円)+ボーナス500万ポンド(約9億円)での取引成立は間近に迫っている。だがここどもう一度考えたいのは、「ライスは本当に1億500万ポンドを費やす価値のある選手なのか?」ということだ。今回はそれを分析していく。

文=マット・オコナー・シンプソンズ

  • David Moyes, Manager of West Ham UnitedGetty Images

    1億ポンドの男

    デイヴィッド・モイーズ監督には同情せざるを得ない。過去数シーズンに渡って何度も何度もライスに関して質問を受けてきたからだ。だが、ウェストハム指揮官は一貫していた。「1億ポンドか、ゼロか」だ。つい最近も「1億ポンドの価値はあるのか?」と問われた際に「そうだね」と即答している。

    「デクランについてもう話すべきことは全て話した。ウェストハムにとって絶対的な存在で、我々全員が非常に高く評価しており、彼がこのチームに意味するところは明らかだ。最高の選手であって、一緒に仕事ができることを楽しんでいる」

    そして「間違いなくトップレベルの選手になる男だ。もしウェストハムを離れることになれば、英国内史上最高額の移籍になるだろう」とも断言している。

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  • Declan Rice West Ham 2022-23 shirt over faceGetty Images

    移籍のタイミング

    モイーズは残留を熱望しているが、5月には「残ってほしいのはもちろんだが、そうならない可能性があることは承知している」と認めており、マーク・ノーブルSD(スポーツディレクター)も「デクは最高の選手として称賛されるだろう。だが、彼がタイトルを願うことを恨むような人はいないはずだ」と語っている。

    そしてライス自身も、「僕は100%チャンピオンズリーグでプレーしたい。ここ2、3年そう言い続けてきたしね。クラブで一貫して良いプレーを見せられたとも思っている。僕の友達たちが、チャンピオンズリーグなどのビッグタイトルに向けて挑戦している姿を見ているよ。キャリアは一度だけだし、その最後には自分が獲得したタイトルや出場したビッグゲームを振り返りたいんだ」と断言。そのチャンピオンズリーグ出場へ向け、機は熟したようだ。

  • Thomas Frank Brentford 2022-23Getty Images

    1億ポンドに疑問の声

    ライスの能力は過去数シーズンで示したように素晴らしい。それは間違いない。だが、評価額が適正かどうかについては意見が分かれる。ウェストハムが当初1億2000万ポンドを要求したというニュースは、ファンや批評家だけでなく、プレミアリーグの指揮官の間にも疑問が広がっていた。

    先月、ブレントフォードのトーマス・フランク監督は「近年のマーケットではアイヴァン・トニーの方がライスよりも高い」と示唆していた。またアーセナルのレジェンドであるジウベルト・シウバも、「通常こういった金額が設定されるのはストライカーであり、セントラルミッドフィルダーではない。選手のクオリティに疑いの余地はないよ。でも、この価格は高すぎるとは思う」と語っている。

    ウェストハム以外のサポーターも、同様の感想を持っているかもしれない。確かにライスの能力は素晴らしく、チームにとっては欠かせない存在だ。だがそのチームが何を求めているかが明確でない場合、ゴールを奪うストライカーとは違い、彼のパフォーマンスはわかりやすく素晴らしいものではない。

  • Casemiro Rodri Fabinho splitGetty/GOAL composite

    ライスが果たす役割

    では、ライスが高く評価される理由はなんだろうか? チームで果たす役割とは? 大雑把に言えば、「DFライン前に君臨するプレーメーカー」だろうか。ウェストハムやイングランド代表では、4-2-3-1のダブルボランチ、もしくは4-3-3のアンカーとしてプレーしてきた。

    ポゼッション時における主な役割は、まず最初にDFラインのパスコースを確保すること。そしてボール受けた際には、優れたパスセンスやキープ力、運ぶドリブルを武器に攻撃を組み立てる出発点となる。

    この役割をハイレベルでこなす選手は、今のサッカー界でも非常に難しい。だからこそ、アーセナルが獲得を熱望しているのだ。マンチェスター・シティでも、フェルナンジーニョ退団直後は穴を埋めるのにはやや苦労していた。またリヴァプールの要であったファビーニョは以前、アシスタントコーチのペップ・リンダースに「組織化されたカオスにおける灯台」と評価されたことがある。

    そして今シーズン、カゼミーロがマンチェスター・ユナイテッド復活の主な要因であったこともこれだ。さらにリーズとレスターの降格が、それぞれカルヴァン・フィリップスの退団とウィルフレッド・エンディディの不調に重なったことも偶然ではない。

    ディフェンシブ・ミッドフィルダーはチームの舵を取る。歯車を回す潤滑油であり、安定感をもたらすことになる。世界的に見ても稀有な存在であることは何ら不思議ではない。

  • Declan Rice England 2023 passGetty Images

    プレミアリーグ屈指のパサー

    ライスがボールを前進させる能力は、ここ数シーズンで飛躍的に向上した。キャリアの初期には「安全なボールキープをしすぎている」と非難されたが、今の活躍は数字が裏付けている。

    最初のブレイクであった2017-18シーズン、ライスはプレミアリーグでの90分平均でプログレッシブパス(※)はわずか「2.26」本だった。だがその後大幅に改善され、ピークであった2021-22シーズンには「7.25」と驚異的な数値を残している。今季もその数字からわずかに減少しただけであり、プレミアリーグ屈指のスタッツを残し続けている。

    ウインガーを狙うロングパスからストライカーへの巧みなスルーパスまで、左右両足で様々な種類のパスを送る。卓越したゲームビジョンと高度な技術により、深い位置に君臨する最高のプレーメーカーと言えるはずだ。

    ※プログレッシブパス:チームを相手ゴールに大きく近づける前方へのパス

    ・パスのスタート地点と受ける位置が自陣内=30メートル

    ・パスのスタート地点が自陣内、受ける位置が相手陣内=15メートル

    ・パスのスタート地点と受ける位置が敵陣内=10メートル

    出典:『Wyscout』

  • Declan Rice West Ham 2022-23 16:9Getty

    高いドリブル力

    パス能力と共に、ドリブル技術も飛躍的に向上した。2017-18シーズンのプログレッシブラン(※)は、90分あたり「1.13回」であったのに対し、今季はそのほぼ2倍の数値に到達した。

    そしてライスが成功したドリブルでの一対一勝利数、ファイナルサードへ運んだドリブル数も同じように改善が確認されている。このドリブル能力は、彼のパスを封じようと相手チームがプレスを仕掛けてきた時、非常に有効な解決策となる。

    さらに、言わずもがなかもしれないが、そういったプレーは見ていて惹きつけられるものだ。ピッチ上において、大柄で強靭なフィジカルを誇るアンカーが、高い技術とセンスを活かし、大きなスライドで相手をかわしていく姿ほど美しいものはない。このプレーだけでチケット代を払う価値はある。

    ※プログレッシブラン:相手ゴールに大幅に近づく1選手による前方へのドリブル

    ・開始点と終了点が自陣内=30メートル

    ・開始点が自陣内、終了点が相手陣内=15メートル

    ・開始点と終了点が自陣内=10メートル

    出典:『Wyscout』

  • Declan Rice 2022-23 West HamGetty Images

    類まれなディフェンス力

    ライスのキャリアはセンターバックとしてスタートしたが、それが今のオフ・ザ・ボールの意識に繋がっているのだろう。2022-23シーズンのプレミアリーグにおいて、彼が記録したインターセプト数は「63」。もちろん、リーグ最高の数値だ。またタックル数も過去2シーズンでトップ10に入っており、空中戦のスタッツも同じポジションでは欧州トップレベルである。

    こういった能力があれば、システムなど必要に応じてバックラインに簡単に入ることができる。実際、彼の獲得に熱心であったチェルシーは、3バックでの起用を考えていたようだ。前述したパスとドリブル面を考慮すればもったいないだろうが、センターバックとしてプレーしてもおそらくリーグ最高レベルに達するだろう。現代の守備時における必要なすべてを兼ね備えているのだ。

  • Declan Rice West Ham 2022-23Getty Images

    得点力の追加

    これだけ確立されたプレーの中に、ライスはさらに得点力も加えつつある。2シーズン連続で公式戦5ゴールを奪っているが、彼のポジションや役割を考えれば印象的な数字である。

    また今シーズンに決めたゴールは、サウサンプトン戦やリーズ戦、イングランド代表としてのイタリア代表戦など重要な場面が多いことも特徴だ。さらに、的確なワンツーやボレー、巧みなドリブルシュートなど、ゴールパターンも豊富である。

    もしこのままゴール数が増えていけば、ミッドフィルダーとしての“完全体”と言える日が来るかもしれない。

  • Declan Rice England Italy 2023Getty Images

    年齢と経験値

    随分前からトップレベルでプレーしているように感じるが、ライスはまだ24歳。選手キャリアとしては初期段階だが、すでにプレミアリーグ200試合以上出場、代表チームでもEUROやワールドカップなど大舞台を何度も経験している。

    そして昨夏のノーブル引退に伴い、ウェストハムの主将に就任。レジェンドの引退による穴は心配されたが、ライスのプロ意識と威厳はチームをまとめ上げた。結果が出ない時期でも積極的にファンの前に立ち、チームとの繋がりを維持し続けた。それがUEFAカンファレンス・リーグ優勝をもたらしている。

    この年齢にして、世界を代表するメンタリティを備えた選手である。それがどれほどチームに影響を与えるか、改めて言及する必要もないだろう。

  • Declan Rice in suitGetty Images

    ホームグロン“税”

    ライスは、今夏獲得できる世界最高のディフェンシブ・ミッドフィルダーであることは間違いない。それは断言しても良い。だが、問題は「なぜ彼の価格はこれほどまでに高額であるか」だ。

    それに対する最も適切な答えは、「彼がイングランド人である」ということ。一般的にイングランド人選手は「過大評価」と言われるが、その理由は複雑だ。記録的な放映権料がもたらす様々な恩恵により、プレミアリーグは欧州リーグの中で最も資金力のあるリーグになった。下位に沈んだチームであっても、世界的にはあまり知られていないチームであっても、驚くほどの移籍金と給与を提示してビッグネームを連れてくることができる。

    しかし、一部のクラブは望んでいないようだが、プレミアリーグ独自のルールとして「ホームグロウン・プレイヤー・ルール」が存在する。トップチームの登録25人の内(21歳以下は無制限)、最低8人のホームグロウン・プレイヤー(※)が必要になる。

    このルールにより、イングランド人選手のプレミアリーグにおける価値は跳ね上がる。そしてこの結果、ライスのようなイングランド最高のプレイヤーは市場価値よりもさらに高額な選手となっていく。

    「ホームグロウン・プレイヤー・ルール」により、ライスの移籍金は1億500万ポンドと英国内史上最高額の取引になるだろう。確かに市場価値よりは高額かもしれない。しかしこれまで見てきた通り、現代サッカー界おいて最高峰のディフェンシブ・ミッドフィルダーであることは間違いない。この移籍金が妥当かどうかは、新シーズンを待つべきだ。

    ※ホームグロウン・プレイヤー

    21歳になるまで最低でも3年間、FA(イングランドサッカー協会)加盟クラブでプレーした選手のこと。国籍は必ずしも重要ではなく、過去にはポール・ポグバ(フランス)、エクトル・ベジェリン(スペイン)も該当。またウィリアム・サリバ(フランス)も、21歳の誕生日までの3年間でアーセナルのリストに載っているため該当する。一方でイギリス出身選手でも、上記のルールに当てはまらなければ該当しない。