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【PSGはエンバペを放出すべき】レアル・マドリーとの交渉を進め、スターに頼らない新章へ

すべては幼少期の写真から始まっていた。幼いキリアン・エンバペがベットに座って壁にもたれかかる一枚の写真。壁にはクリスティアーノ・ロナウドのポスターが一面に貼られている。隙間なく、レアル・マドリーのレジェンドが部屋中に貼られている。

その写真が初めて明らかになったのは2017年。当時モナコに在籍していた彼が新たなクラブを探していたときだった。18歳ですでに世界最高峰のストライカーとして話題をさらっていた彼は、最終的に子供の頃の夢を叶えるのではなく、PSG移籍を選んだ。だが「いつかレアル・マドリーの選手になる」という夢は諦めていなかった。

それから6年後、エンバペはPSGとの契約を更新しないと宣言。2年間の契約を結んでから12カ月後、来年満了する契約を延長することはないと書面で通達した。これにより、PSGに選択肢はほとんど残されていない。移籍金の望める今夏に売却するか、1年後にタダで失うか。PSGはいかなる場合でもフリーでの放出を認めない。クラブの立場は、長期間の新契約を結ぶか、この夏に放出するかだ。

エンバペ自身は無理に退団に動くことはなく、来季もPSGでプレーすると明言している――だが彼の“善意”(もしくは抜け目ない交渉術かもしれない)は、PSGの立場を変える影響力はないだろう。いずれにせよ、PSGにとって今が最も利益を得られる時期であり、ストライカーが必要なレアル・マドリーもほぼ確実に移籍金を支払う意志があるだろう。

つまり、エンバペは考え得る最も有利な状況で退団するチャンスを得たことになる。PSGは財政上の決断に迫られており、それは今後数年間に渡るクラブの成功を左右する。そう、エンバペは今、売らなければならないのだ。

文=トーマス・ヒンドル

  • Kylian Mbappe contract extensionGetty

    ことの発端

    エンバペの売却はPSGのプラスにはならないだろう。世界最高の選手がプレーすれば、そのチームはシーズンを通して成功が約束される。ましてや、チャンピオンズリーグ初優勝を目指すのであればなおさらだ(毎年義務付けられている崩壊には何の影響力もないようだが)。その才能は誰の目から見ても分かる通り、今後も成長し続ける。悪名高いPSGの一部ウルトラスでも唯一称賛を受けているし、地元出身というのもクラブにとっては大きな価値だ。

    だがそういったことを考慮しても、クラブ視点から見ればエンバペは「邪魔な存在」になりつつある。

    ことの発端は昨年夏、PSGに対して巨額の金銭的要求を行ったこと。それはすぐ認められたが、彼はクラブの誰よりも金、権力、自主性を望んでいた。そしてPSGは、細部に至るまですべてに同意している。

    PSGだけを責めるのは難しいだろう。他の選手であれば要求を拒否し、不満を抱えた選手を放出していたはずだ。しかし、地元出身でサポーターに人気のあるスターをそうすることは難しかった。結局、1年間残留するごとに7000万ユーロという巨額のロイヤリティ・ボーナスを支払うことを約束している。

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  • Kylian Mbappe PSG Lorient Ligue 1 30042023Getty

    邪魔な存在

    そんな中でエンバペは、自分の持つ力・影響力を理解していた。昨夏にクラブにとって厳しい交渉を続けたのは、PSGがすべてを与えてくれるとわかっていたからだ。当時マドリーとの契約が間近に迫る中、最終的にPSGが地元出身の自分の考えを変える最後のトライをすると予想していだのだろう。

    そして予想通り、PSGはすべてを与えてくれた。だが一部で伝えられるところによると、エンバペは残留をすぐに後悔しており、激怒したレアル・マドリー会長フロレンティーノ・ペレスにサインを求めたという。そして10月には、チャンピオンズリーグの戦いを前に退団希望が発覚。そのまた数カ月後には、ネイマールが深夜にファーストフードを食べる習慣があることを公に批判。その直後、シーズンチケットのプロモーションビデオに不満があるとして、SNSを通じてクラブを批判した。また他にも、プレスネル・キンペンベを抑えてクラブ副キャプテンに就任したが、それをキンペンベは知らされていなかったという。バイエルン戦後には、チームメイト批判と取られても不思議ではない発言も残していた。

    これらすべてをPSG側は受け入れているが、その主な理由は彼の活躍がPSGをリーグ・アンのタイトルに導いているから。彼がいなければ、リーグ・アンでの覇権を譲っていたかもしれない。

    だがこれは、「まったく別のもの」として考えるべきだろう。もしかしたらエンバペは、自分の立場を変えて契約延長を望み、PSGからさらに有利な契約を引き出すかもしれない。しかし、今回はやりすぎだ。たとえブラフだとしても――その可能性は低いが――彼の価値以上に邪魔な存在になってしまった。

  • Kilian-Mbappe(C)Getty Images

    現金化すべき時

    しかし、エンバペの売却は単純なものにならない。これまでも契約延長を拒否して退団を希望する選手は大勢いたが、これほどの規模、クオリティ、市場価値ではなかった。エンバペは世界最高額の選手になるはずである。今の移籍市場では、値段が付けられないかもしれない。制約のないこの世界では、PSGからの引き抜きに天文学的な金額が必要になる。

    そして今、PSGは自由に価格を決められる。『New York Times』によると、移籍金は2億ユーロに設定したようだ。彼のような選手が契約最終年にどれほどの移籍金がかかるのか、前例がないためこの評価額にケチをつけることは不可能だ。

    問題は、マドリーがその金額を出す可能性は低く、PSGもそれを理解していること。マドリーはジュード・ベリンガムの獲得に1億300万ユーロを費やしたばかりであり、エンバペは来夏にフリーで獲得することを想定していた。しかし、カリム・ベンゼマの退団が事態を複雑にしている。当然マドリーはストライカーを必要としている。

    なおエンバペは、今回の交渉でPSGにメリットをもたらしている。昨年にはフリーで退団することはなく、PSGには移籍金を獲得してほしいと語っていた。そしてマーケットが正式に開く前のタイミングで退団希望を表明したことで、ある程度PSGに有利な状況を作り出した。

    マドリーはおそらく、値下げ交渉を続けるはずだ。しかし、土壇場で一気に交渉を進めることはできないだろう。どこかでPSGと折り合いをつけなければならない。そして仮に退団を望んでいるとしても、エンバペが安価で済むはずがない。

  • florentino perezGetty Images

    レアル・マドリーの獲得プラン

    上記を理由に、エンバペ獲得オペレーションはマドリーにとって難しいものだ。ペレス会長は先週、ファンの問いかけに「(エンバペ獲得は)イエスだが、来年だ」と答えていた。つまり、今回のエンバペの希望によってスケジュールが早まることになった。ベンゼマ退団によってたださえ予定が狂い、ハリー・ケイン獲得に向けてトッテナムと難しい交渉に入ることが予想されていた矢先だった。

    マドリーは過去数週間、チーム内の給与を調整していた。エデン・アザールにマルコ・アセンシオ、マリアーノらの退団で給与を削減し、クラブ最高給だったベンゼマも去っている。ベリンガムに年俸1000万ユーロを準備しているとはいえ、スペースは空いているはずだ。

    しかし、エンバペは世界最高給を受け取る1人。PSG退団で減俸は余儀なくされるだろうが、それが大幅な減俸になるかは不明だし、分が悪い契約は結ばないだろう。PSGへの移籍金と併せ、多額の資金が必要になる。

    そしてマドリー側も、資金調達のためにスター選手を手放すことがあるかもしれない。エンバペを獲得するには、1~2選手の売却が必要だろう。特にオーレリアン・チュアメニやフェデ・バルベルデは、両選手共に7000万ユーロ以上の移籍金が期待できる。マドリーは売却することを好まないだろう。だがエンバペを連れてくるには、大きな犠牲を支払う必要があるかもしれない。2013年、ギャレス・ベイル獲得のためにメスト・エジルを手放した前例もある。

    マドリーは、目的達成の為なら冷酷になるクラブだ。“ガラクティコス”の時代はもう終わり、超大型移籍実現の為なら適切な選手を放出することも厭わない。

  • Kylian Mbappe PSG 2022-23Getty Images

    QSIと「PSG 2.0」

    エンバペ放出による莫大な資金により、PSGは新たな構築を始めるかもしれない。カタール・スポーツ・インベストメント(QSI)のプロジェクトは、これまで純粋なスター選手の力に基づいていた。2012年のハビエル・パストーレに始まり、昨夏のリオネル・メッシ獲得まで続いている。

    だが、そのモデルは崩れつつある。いつかエンバペの退団を覚悟していたかもしれないが、メッシの退団が決まった中で、彼中心のチーム作りがスタートしていた。マヌエル・ウガルテやマルコ・アセンシオといった賢い補強を完了し、ベルナルド・シウバというチームを完璧に回すピースの獲得に動いている。エンバペの周りで、彼らが様々な役割をこなしてチームとして戦っていく――見方を変えれば、持続可能なチームの可能性が見え始めていた。

    そしてエンバペの他、ネイマールにも退団の可能性がある。この移籍でも多額の資金を手にするはずだ。そうすれば、PSGは新たな魅力を手にできるだろう。以前のように派手さはないが、興味深いプロジェクトになるかもしれない。そして今、35歳で欧州でも大人気の指揮官ユリアン・ナーゲルスマンの就任が近づいている。「PSG 2.0」はドラマチックではないかもしれないが、現実的で本当の意味でビッグイヤーが狙えるかもしれない。そして、それがPSGの決断の肝になる可能性もある。この10年間はスポンサー活動に明け暮れ、スターを獲得してユニフォームを売り続けてきたが、結局ピッチ上では成功しなかった。世界中のサッカーファンにとっては刺激的であったかもしれないが、結果は伴わなかった。だからこそ、方針転換を図るには適切なタイミングかも知れない。

    とはいえ、もちろんこんなことはないほうが良い。エンバペの要求は、ロマンチシズムを汚した。地元出身のスターは移籍を希望し、宿敵である白いユニフォームを着ていつかパルク・デ・プランスに帰ってくるのだろう。

    PSGは今、絶対に避けたかった決断を下す時が来た。大きな傷みを伴うだろう。しかし、彼の売却で新章を始めるべきだ。