milan(C)Getty Images

捲土重来。低迷続けたミランが11年ぶりセリエA王者に返り咲いた5つの理由

5月22日、ミランが2010-11シーズン以来となる、実に11年ぶりにスクデット戴冠を果たした。2013-14シーズンからは7シーズンにわたってリーグ5位以下に低迷し続けていたイタリアの名門は、どのようにチームを再建し、威厳を取り戻したのか。イタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏が、復権を果たしたミランの強さを解説する。

イタリアサッカー応援! デロンギ×GOAL特設ページ

  • maldini(C)Getty Images

    ➀明確な強化プロジェクトと優れたスカウティング

     今シーズンのミランは、セリエAで最も平均年齢が低いチームのひとつだった。40歳のイブラヒモヴィッチ、ジルーというベテランが存在感を発揮した一方で、22歳のレオン、トナーリ、カルル、24歳のテオ・ヘルナンデス、トモリ、ベナセルなど、スクデット獲得に決定的な貢献を果たした主力の多くは「アンダー25」。これは、若さよりも経験を重視し、即戦力として信頼できる中堅、ベテランでチームを構成しようとする傾向が強いセリエAでは異例のことだ。

     今シーズンを見ても、スターター11人の平均年齢が25歳未満の試合が複数あったのは、ミランを除くとスペツィア、エンポリ、トリノといずれも選手発掘・育成に軸足を置いた下位チーム。これだけ若いメンバーでスクデットを勝ち取ったというのは、少なくとも過去30年間には例がない。

     これが可能だったのは、2018年にオーナーとなったアメリカの投資ファンド「エリオット」が、移籍金の高い中堅・ベテランの即戦力ではなく、伸びしろを残した20代前半の若手に投資を集中し、年俸などのコストを抑えつつ、数年かけて成長できるチームを構築するという方針を明確に打ち出し、それに沿った的確な補強を積み上げてきたから。

     エリオットはスカウティング部門のトップに、モナコでキリアン・エンバペを発掘したジョフリー・モンカーダを引き抜き、同時にデータ部門を強化することで、潜在能力が高い無名選手の発掘を進める方向性を打ち出した。例えば今シーズン後半、怪我で長期欠場したキアルの穴を埋めて余りある大活躍を見せたカルルは、2年前まで所属していたリヨンでは、トップチームにデビューできないままBチームでプレーしていた選手。それをスカウティング部門の強い推薦に基づいて、わずか120万ユーロ(約1億6000万円)で獲得した。

     そのエリオット体制下でテクニカルディレクター(TD)としてチーム強化の全権を委ねられたクラブレジェンドのパオロ・マルディーニは、スカウティング部門と密接に連携しつつ、最終的な意思決定は自身の選手評価眼に基づいて下すという、バランスの取れた手法で着実にチームの強化を進めてきた。前出のカルルに加えて、爆発的なスピードと対人能力で最終ラインを支えたトモリ、超攻撃的サイドバックとしてMVP級の活躍を見せたテオ・ヘルナンデスは、マルディーニが惚れ込んで自ら説得に乗り出し、格上クラブとの競合を制して獲得されたタレントだ。

     これまでのセリエA強豪チームは、目先の勝利を最優先し、豊富な資金力にモノを言わせて即戦力のビッグネームを獲得することでタイトルをつかみ取るというアプローチが常だった。その意味で、伸びしろのある若手に焦点を合わせ、彼らの成長と軌を一にしたチームの成長によって勝ち取ったこのミランのスクデットは、文字通り革新的な成果だと言うことができる。

  • 広告
  • ibrahimovic(C)Getty Images

    ②ピオリ監督のマネジメントとイブラヒモヴィッチのリーダーシップ

     若いチームがここまでの成長を遂げた背景には、2019年10月にチームを託されたステファノ・ピオリ監督のすぐれたチームマネジメント、そして彼らのモティベーターとして強力なリーダーシップを発揮したズラタン・イブラヒモヴィッチの存在があった。

     ピオリは、強権的なやり方でチームをまとめ上げ引っ張るのではなく、対話を通して自身の哲学やアイディアをチームと共有し、選手にも当事者としての責任感を持たせることで結束を作り上げていくタイプ。チームとの間に築かれた信頼関係の強さは、選手交代時のハグから、選手たちがSNSで発信するロッカールームやチームバスでの和気あいあいとした動画や写真からもはっきりと伝わってくる。

     昨シーズン途中にチームバス内で選手たちが歌って盛り上がる動画がSNSでバズり、今シーズンは試合開始前のウォームアップ中に原曲(1996年に欧州でヒットした”Freed from desire”というダンスチューン)が流されてスタジアム中が合唱するまでに定番化した「Pioli's on fire」というチャントには、指揮官とチームを結ぶ絆の強さが象徴的に表れている。選手たちが監督にチャントを捧げ、それがサポーターにも広まって行くというのは、きわめて稀なことだ。

     一方、そのピオリ監督が「不可欠なリーダー」と明言するイブラヒモヴィッチは、時には助言し時には叱咤激励しながら若い選手たちを引っ張り、その成長を助ける「ボス」として強力なリーダーシップを発揮した。

     ピオリ体制1年目の2019-20シーズン、クリスマス前最後の試合でアタランタに0-5の惨敗を喫し、2桁順位に低迷していたチームが、ウィンターブレイクのイブラヒモヴィッチ(とキアル)の加入後、見違えるような変貌を見せ、コロナ禍による中断再開後に大躍進を見せたことは今も記憶に新しい。

     最近も、インテルと勝ち点1を争うデッドヒートを繰り広げていた2週間前の第36節ヴェローナ戦の勝利後、ピオリ監督自身がこんなエピソードを披露している。

    「今日の試合前、ズラタンはチームの前で素晴らしい話をしてくれた。『ミランでは選手は何を勝ち取ったかによって記憶される。俺たちのことを記憶に残せるかどうかは残り3試合次第だ』とね。これで残りは2試合になった」

  • milan(C)Getty Images

    ③レオン、トナーリら若手の飛躍的な成長

     そのイブラヒモヴィッチが精神的支柱となったチームの中で、今シーズン大きな違いを作り出したのは、驚異的なスピードを活かした左サイドからの単独突破を武器に11得点10アシストを記録したラファエル・レオン、豊富な運動量と優れた戦術眼によって攻守両局面で中盤を支えたサンドロ・トナーリというまだ22歳の若手2人だった。

     レオンは誰もが認める傑出した才能を持ちながら、パフォーマンスの波がきわめて大きく、信頼性に欠ける点が大きな限界だと評されてきた。しかし今シーズンは試合から消える頻度が明らかに減ると同時に、単にドリブル突破だけで満足することなく、決定機につながる形でプレーしようという意識が高まり、チームへの貢献度は大幅に高まった。

     2カ月ほど前、レオン自身がイブラヒモヴィッチの助言についてこんなことを語っている。

    「イブラにはいつも『ラファ、ピッチに立ったらお前はモンスターなんだ、ボールを要求しろ、そして突破するんだ』と言われる。チームメイトからのこんな信頼を感じていれば、チームのために何をすべきかは自ずとわかってくるものだよ」

     後半戦に入って一時的にパフォーマンスを落としたものの、勝負どころの終盤戦で見事に復活、6連勝で走り抜けたラスト6試合で3得点6アシストという決定的な働きを見せたのは、決して偶然ではなかったということだ。

     イブラヒモヴィッチがチームを叱咤した第36節のヴェローナ戦は、序盤に決まったゴールがVARに取り消された上、逆に相手に先制を許すという苦しい展開だった。この試合で試合をひっくり返す2得点(22歳のバースデーゴールだった)を叩き込み、スクデットに大きく近づく勝利をもたらしたのがトナーリ。

     セリエAデビューより前にA代表に招集されるほど大きな期待を集める逸材だったが、ブレシアからミランにステップアップした昨シーズンは、その期待を裏切るような消極的なプレーが目立った。ミランは当初設定していた3500万ユーロ(約47億6000万円)での買い取りオプション行使を見送り、その半額まで値切ってようやく買い取りを決めたほどだった。

     しかし今シーズンは開幕から見違えるように積極的なプレーで中盤を支え、ケシエ、ベナセルのどちらと組んでも効果的な補完関係を作り出す戦術的インテリジェンスの高さも発揮した。当初は同じ出身地と髪形からアンドレア・ピルロに例えられることが多かったが、タイプ的にはむしろダニエレ・デ・ロッシに匹敵する万能型MFだ。

  • milan(C)Getty Images

    ④リーグ最少失点、最多クリーンシートの堅守

     得点ではインテル(84)、ラツィオ(77)、ナポリ(74)に及ばない69に留まったミランが、最後まで勝ち点1を争う接戦を制してスクデットを勝ち取った理由のひとつは、ナポリと並んでリーグ最少失点(31)というのみならず、38試合中18試合でクリーンシート(無失点)を記録した堅固なディフェンスだった。

     とはいえミランは決して「守備的」なチームではない。ボール支配率は54%(リーグ7位)とそれほど高くないが、素早い縦への展開に合わせてチーム全体を高い位置まで押し上げて一気に攻め切ろうとするだけでなく、ボールを奪われた時にも前線からの激しいプレスによって敵陣でのボール奪取を目指すアグレッシブなスタイルが特徴だ。それは、アタッキングサードでのプレス回数がリーグ1位という数字にも表れている。

     チーム全体を高く押し上げれば、最終ラインの背後には大きなスペースが残る。ここをカウンターアタックから衝かれてピンチに陥りやすいというのは、このタイプのチームに共通する弱点だ。にもかかわらずミランの失点が少ないのは、トモリ、カルルというCBペアを中心とする最終ライン、そしてGKのメニャンが構成する守備ユニットがきわめて効果的に機能しているから。

     トモリ、カルルはともに身長185mに届かないCBとしては小柄な体格の持ち主だが、ほとんどのアタッカーに走り負けしない爆発的なスピード、マーキングやアンティシペーションなど優れた1対1の守備能力を武器とする現代的なディフェンダーであり、大柄で足の遅いDFとは異なりハイラインをまったく苦にしない。

     味方の攻撃時には注意深いポジショニングで攻め残った敵FWをマークし、攻守が切り替わった時にもカウンターにつながるようなパスを受けさせず、受けさせても決して前は向かせない。裏に縦パスが入ったとしてもスピードでFWを圧倒して常に先手先手を取っていく。

     さらにその背後には、タイミングのいい飛び出しからのクリアでリベロ的に機能する守備範囲の広さを誇るだけでなく、本職のゴールキーピングでも圧倒的なパフォーマンスでビッグセーブを連発するGKメニャンが控えている。

     メニャンのパフォーマンスは、データから割り出された失点期待値よりも実際の失点数が8も少ない(ダントツでリーグ1位)だけでなく、セーブ率(81.2%)ではセリエAのみならず5大リーグでもトップという圧倒的なもの。

     昨夏ミランが生え抜きのイタリア代表GKドンナルンマを移籍金ゼロで「放流」した時に批判的な声が多かったが、後釜に獲得されたメニャンはその穴を埋めて余りあるほどの活躍を見せた。これもまた、カルル同様に優れたスカウティングの賜物である。

  • milan(C)Getty Images

    ⑤直接対決の強さ(トップ6に対し6勝3分1敗)

     スクデットの行方を左右するのは、ライバルとの直接対決よりもむしろ格下相手の取りこぼしをどれだけ抑えられるかだ、というのはよく言われること。しかし今シーズンに限れば、勝ち点差を生み出したのは下位相手の取りこぼし以上に、直接対決の勝敗だった。

     終盤までスクデットを争った上位3チームが、15位以下の6チームから取りこぼした勝ち点の合計は、ミラン2、インテル4、ナポリ5という僅差だった。一方、上位6チームの直接対決で挙げた勝ち点は、ミラン21(6勝3分1敗)、インテル18(5勝3分2敗)、ナポリ15(4勝3分3敗)。直接対決の勝ち数がそのまま最終順位に反映したということができる。

     ミランのスクデットにとってとりわけ決定的だったのは、他でもないインテルとのミラノ・ダービーの結果だ。11月7日(第12節)に行われた「秋のダービー」は1-1の引き分けだったが、2月5日(第23節)の「春(というには早過ぎたが)のダービー」は、インテルが先制して押し気味に試合を進めながら、終盤に押し返したミランがジルーの2得点で逆転勝ちを収め、直接対決の結果で優位に立った。

     インテルがこのダービー敗戦後、続く5試合で1勝しかできず首位から滑り落ちるという不振に陥ったのに対し、ミランはこの勝利で弾みをつけて、そこからシーズン終了までの15試合を無敗(11勝4敗)で駆け抜けた。後付けの結果論であることを承知で言えば、スクデットの行方を決したのは、まさにこのミラノ・ダービーの結末だったということも可能だ。

     ちなみに、このダービーで2得点を挙げたジルーは、その後もナポリ戦、ラツィオ戦、そして優勝を決めた最終戦と重要な試合でゴールネットを揺らし、チームの勝利に直接的な貢献を果たした。若手の成長が小さくないプラスアルファをもたらした一方で、フランス代表やチェルシーでビッグタイトルを経験し、勝負どころで決定的な仕事ができる彼のようなベテランの存在もまた、スクデットの大きな鍵だったことは間違いない。

    イタリアサッカー応援! デロンギ×GOAL特設ページ

  • De'Longhi1920*1080

    グラインダー付きメーカーの導入決定!

    デロンギコーヒーサイトはこちら

    ▶6月に日本初上陸の新しいカテゴリーである「グラインダー(豆挽き)機能」を搭載したエスプレッソ・カプチーノメーカー、「デロンギ ラ・スペシャリスタ・プレスティージオ グラインダー付きエスプレッソ・カプチーノメーカー」の導入決定!

    エスプレッソの日である4月16日(土)より公開中の特設サイトをチェックしてみて下さい!