一昨年に続いて過去3シーズンで二度目のファイナリストとなったインテルは、欧州サッカーのパノラマの中では戦術的に“異質”な、独自の個性を持ったチームだ。そしてその個性こそが、バイエルン、そしてバルセロナという、欧州サッカーにおける戦術的な主流派を困難に陥れ、打ち破る大きな武器となった。
文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
GOAL一昨年に続いて過去3シーズンで二度目のファイナリストとなったインテルは、欧州サッカーのパノラマの中では戦術的に“異質”な、独自の個性を持ったチームだ。そしてその個性こそが、バイエルン、そしてバルセロナという、欧州サッカーにおける戦術的な主流派を困難に陥れ、打ち破る大きな武器となった。
文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
AFPバイエルン、バルセロナだけでなく、アーセナル、リヴァプール、マンチェスター・シティ、そして今回の決勝で対戦するパリ・サンジェルマン(PSG)といったメガクラブは、ポジショナルプレーの考え方に基づく「ボールと地域の支配」によって優位性を作り出し、常に主導権を握って相手を自陣に押し込め、より多くのゴールを奪って勝利を手に入れようという攻撃的なスタイルを打ち出している。単純にいえば「ポゼッション&ハイプレス」だ。
システムは、ほぼ判で押したように4-2-3-1または4-3-3。4バックの最終ライン、3人の中盤(配置は正三角形または逆三角形)、1トップと2ウイングの前線という構成になっている。これは、後方から数的優位を作ってのビルドアップ、敵の2ライン間で5レーン全てをバランスよく埋めるアタッカーの配置、コンパクトな4+5ブロックによるゾーンディフェンスといった、ポジショナルプレーの基本原則を満たす上で最も適した構造だから。PSGのルイス・エンリケ監督は、「原理主義者」と呼んでいいほどにこれらの原則を重視しており、PSGはその意味で欧州サッカー戦術最新トレンドが凝縮されたようなチームだと言うことができる。
AFPしかしインテルは、こうした戦術トレンドとは無縁、とは言わないまでも、かなり隔たった独自の道を突き進んでいるチームだ。システムは4バックではなく3バックの3-5-2。セリエAにおけるボール支配率の高さ(60%=リーグ1位)が示すように、ボールを保持して戦う術も高いレベルで備えているが、それに強いこだわりを持っているわけではなく、必要ならばボールを保持せずに戦うこともできる。CL準々決勝バイエルン戦は2試合平均の支配率39.5%、準決勝のバルセロナ戦に至っては2試合平均で30%を切っていたほどだ。
にもかかわらず、スコアはバイエルン戦が2試合合計4-3(2-1/2-2)、バルセロナ戦は7-6(3-3/4-3)と、しっかり相手よりも多くゴールを奪って勝ち切っている。この4試合を通じて相手に(2試合合計での)リードを許したのは、準決勝セカンドレグの87分にラフィーニャのゴールを許して2-3となってから、93分にアチェルビが同点ゴールを決めるまでのわずか6分間だけだ。
ボールを持たないからといって、ゴール前にバスを停めて守り倒し、偶然に近いカウンターのチャンスに得点を奪って1-0で勝つという、いわゆる「イタリア的な」サッカーをしているわけではない。相手にボールを委ね、自陣半ばまでの侵入は許しながら、堅固な5-3-2のローブロックで2ライン間中央の危険なゾーンはしっかりと閉じて、簡単に決定機は作らせない。自陣でボールを奪うと、ポストプレーによる縦のパス交換を効果的に使って一気に前進し、高く押し上げていた敵最終ラインの背後に広がるスペースを攻略、質の高い決定機を作り出す。
相手に押し込まれていても、最後の一線を決して譲らず、常に逆襲の刃を突きつけることで、精神的な主導権を手放すことなく「ボールを持たずに試合をコントロールする」術を持っているのだ。もちろん、相手がボールを持ちたがらない場合には、ポゼッションで主導権を握って戦うこともできる。相手との力関係(や戦術的なマッチング)に応じて柔軟に戦い方を変えることができる点は、インテルの大きな強みだ。
(C)Getty Imagesインテルがボール保持に強いこだわりを持たないのは、敵陣でポゼッションを確立して相手を押し込み、そこから守備ブロックを攻略するという攻撃の考え方を取っていないからだ。むしろ、相手にボールを持たせて自陣におびき寄せ、あるいは自陣でボールを動かすことでプレスを誘引しておいて、そこから攻撃を縦に加速して、敵最終ライン背後のスペースを衝くというプロセスを基本に据えている。相手を「押し込む」のではなく「引き出す」ことで、ファイナルサードを一気に攻略する状況を作り出すというのが基本的なコンセプトである。
その手段として多用されるのが、上で触れた縦のパス交換だ。自陣でボールを奪った後に相手のプレスをかわして、あるいは自陣からのビルドアップでDFとMFのパス交換から、縦にパスを通すギャップが生まれると、前線から2ライン間に下りてきたFWやインサイドハーフに縦パスを入れ、その落としを受けたMFやウイングバックがそのまま持ち上がる、あるいはさらに前方、最終ライン裏に抜け出した味方にスルーパスを送り込んで一気に敵ゴールに迫る、というのが最も良く見られるメカニズム。縦のパス交換を繰り返す流れの中で、WBのドゥンフリースやディマルコがサイドから、あるいはFWのラウタロ・マルティネスやテュラム、MFのムヒタリアンやバレッラが中央から敵最終ライン裏に抜け出し、そこに送り込まれたスルーパスを受けてフィニッシュに雪崩れ込むという展開は、インテルの「シグネチャー」と言ってもいい。
この攻撃コンセプトは、ポゼッション&ハイプレスを基本とするポジショナルプレー志向のチームに対して、非常に相性がいい。バルセロナとの2試合で奪った7ゴールがすべて「高く押し上げた敵最終ライン裏のスペースを一気に攻略する」という展開から生まれたという事実は象徴的だ(2得点はCKからだが、そのCKはいずれも裏を衝くアクションで得たもの)。インテルは「ボールと地域を支配して戦うチーム」を困難に陥れるという点では、おそらく世界で最も優れたチームかもしれない。そしてこの「相性の良さ」は、決勝の相手であるPSGにもそのまま当てはまる。
2年前にはメッシ、ネイマール、エンバペを前線に擁するスター軍団だったPSGは、ルイス・エンリケ就任からの2年で、トップレベルのクオリティを備えた11人全員が攻守両局面で献身的にプレーし、高度に組織されたポジショナルな攻撃サッカーを展開するモダンなチームに変貌を遂げた。今シーズンは、守備の局面で計算が立たないエンバペがいなくなったことで、プレッシングとカウンタープレスの強度が上がり、戦術的な完成度はさらに高まった。ルイス・エンリケの監督キャリアを通して、最も彼の理想像に近いチームと言っていいかもしれない。
ヴィティーニャ、ファビアン・ルイス、ジョアン・ネベスという3人のテクニシャンによって構成された中盤に、「偽9番」的なプレースタイルで前線中央から下がってくるデンベレが絡むパスワークで相手をゴール前に押し込め、そこから両ウイングの強力なドリブル突破をアクセントに、中央からの多彩なコンビネーションで敵最終ラインを攻略する攻撃のメカニズムは、どんな相手にとっても大きな脅威を作り出す。
ただしその戦術コンセプトは、まさに「ポゼッション&ハイプレスを基本とするポジショナルプレー志向のチーム」そのもの。バルセロナほどではないにしても、最終ラインは常に高い位置に保たれており、ボールロスト時には後退するよりも前に出てのカウンタープレスで即時奪回を狙う。そのカウンタープレスは、バイエルンやバルセロナと比べてもさらに強力で、即時奪回に成功することも珍しくない。ただそれは、ハイラインの裏に広がる大きなスペースがもたらすリスクと引き換えである。そのリスクは、このインテルとの決勝戦においては、これまでPSGが経験したことがないほど大きくなるだろう。
AFPここまで見てきた両チームの特徴を考えると、土曜日にミュンヘンで行なわれる決勝の展開は、PSGがボールを保持して主導権を握り、インテルがそれを受け止めつつ逆襲の機を窺うという構図になることが予想される。インテル側から見ると、試合の流れを左右するポイントをいくつか挙げることができる。
まず、PSGのビルドアップに対して、消耗を避けてミドルプレスで受けに回るか、マンツーマンのハイプレスで圧力をかけて精神的優位に立とうとするか。もちろん好ましいのは後者だが、インテルは長いシーズンの消耗でラウタロ、テュラム、ディマルコ、バレッラ、バストーニといった主力が疲弊しており、高強度のプレッシングを長時間維持するのは難しそうだ。使うとしても前後半立ち上がりの10~15分に限定される可能性が高い。
そうなると必然的にインテルは、自陣のかなり低い位置に押し込まれることになる。そこでボールを奪った時には、PSGの効果的なカウンタープレスにさらされるわけだが、まずそこで奪回された時にバランスを崩さずスペースを閉じられるか、またそれ以上に、プレスを回避してボールを持ち出す機会をどれだけ作れるかが、試合の流れを左右する鍵になるだろう。
インテルの守備陣にとって最も厄介なのは、後方から攻め上がってきて前線にプラス1を作り出し、フィニッシュにも絡んでくる右SBハキミの存在だろう。しかし攻撃にとっては、そのハキミの攻撃参加によって生まれる背後のスペース、そして守備者としてのハキミのミスの多さが、大きな狙い目になる。ハキミと対峙する左サイドで、バストーニ、ディマルコ、ムヒタリアンという3人が見せる息の合った連携とポジションチェンジによる局面打開は、ボール奪取からの逆襲においても、またビルドアップからの通常の攻撃においても、PSGにダメージを与える決定的な武器になり得る。
ちなみに、バルセロナとの準決勝では2試合ともに右サイドのドゥンフリースが、ジェラール・マルティンに対するフィジカル的な優位を武器に猛威を振るったが、PSGの左SBヌーノ・メンデスはフィジカル的にも技術的にもドゥンフリースに対抗する術を持っており、互いに相殺し合う可能性が高い。少なくともこちらのサイドで優位を作り出すことは難しいだろう。
インテルが優位に立てる可能性があるもうひとつの局面は、セットプレーだ。バイエルン、バルセロナとの4試合で挙げた11得点のうち4点がCKからの得点であるという事実が示すように、セットプレーはメインウェポンのひとつと言っていいほど重要な武器。しかもPSGは体格的に小柄な選手が多いこともあり(これはルイス・エンリケの選択でもある)、セットプレーの守備に問題を抱えている。ゴール前に190cmクラスを5人(アチェルビ、バストーニ、ビセック、ドゥンフリース、テュラム)送り込むことができるインテルにとっては、CKやサイドからのFKが試合を決定づける機会になってもおかしくはない。
Getty ImagesCL決勝は歴史的に、両チームが「勝つことよりも負けないことを優先して戦う」結果、拮抗したロースコアゲームになることが多い。
だが今回のインテル対PSGは、必ずしもそうならないような予感がある。PSGは慎重に戦うよりも、デンベレ、ドゥエ、クヴァラツヘリア、ジョアン・ネベス、ハキミといったタレントたちが奔放に持ち味を解き放つことで違いを作り出すタイプのチーム。インテルはそうした相手の弱点をうまく衝く老獪さを備えているし、もし仮に先制を許してもそのまま押し切られるようなチームではない。どちらが優位に立つにしても、0-0で均衡が続くよりは、早い時間帯で試合が動いてオープンな展開になる可能性が、通常のCL決勝よりは高そうに思われる。
均衡が続くとしたら、それはゾマー、ドンナルンマという今大会屈指のGK2人がスーパーセーブを連発した時かもしれない。ミュンヘンの夜が楽しみだ。