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なぜ鎌田大地は新生ラツィオで「トップ下の1stチョイス」に?残り8戦の「お試し期間」で差した光明と未来

ラツィオでもがき苦しむ時間が続いた鎌田大地だが、イゴール・トゥドール監督の就任により事態は好転していることは間違いない。では、なぜ鎌田は新監督に評価されたのか、そして現状の課題は何なのか、そして来季の去就は――。今季残された8試合に向け、イタリア在住ジャーナリストが分析する。

取材・文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

  • Daichi-Kamada(C)Getty Images

    鎌田に差した光明

    昨夏セリエAのラツィオに移籍して以来、マウリツィオ・サッリ前監督に冷遇されて不本意なシーズンを送っていた鎌田大地に、ようやくチャンスが巡ってきた。

    きっかけは、3月14日にそのサッリが成績不振の責任を取って辞任したこと。暫定監督の下で戦った1試合を挟んで3月18日に就任したイーゴル・トゥードル新監督の下、3試合続けて出場機会を手に入れた鎌田は、トップ下とボランチという異なる2つのポジションでそれぞれ安定したパフォーマンスを披露。指揮官の信頼を勝ち取りつつあるのだ。シーズンは残り8試合と押し迫っているものの、ここから本来の力を示すことができれば、来シーズン以降のキャリアにより明るい展望が開けるはずだ。

    トゥードル監督は最終ラインを3バック、中盤をフラットな4MF、前線を1トップ2シャドーとする3-4-2-1を基本システムとしている。その中で鎌田は、3月30日のユヴェントス戦(1-0で勝利)、4月6日のローマダービー(0-1で敗戦)とセリエA2試合でスタメン出場。その間に行われたユヴェントスとのコッパ・イタリア準決勝1stレグ(0-2で敗戦)にも、後半72分から途中出場でピッチに立っている。

    とりわけ注目すべきは、ラツィオにとってシーズンで最も重要な試合であるローマダービーに、背番号10を背負うチームの中核ルイス・アルベルトをベンチに追いやる形で、トップ下(2シャドーの一角)という攻撃のキーポジションに起用されたことだろう。

    トゥードル監督は、自身にとって初陣となったセリエAユヴェントス戦の前日会見で、鎌田についてこうコメントしていた。

    「鎌田は、フランクフルトでは前でも後ろでも起用されていた。彼は万能型のプレーヤーだ。走れる上にクオリティもある。率直に言って、これまでのラツィオのサッカーよりも私のサッカーにより適性がある。技術的には際立って切れ味鋭いわけではないが、他の資質に優れていることを示しているし、私はそこが気に入っている。正しいメンタリティを持っており、ゴールも決められる。MFにとってこれは常に評価されるポイントだ。練習でも明るく振る舞っており意欲的だ。ピッチ上でどれだけやれるか見てみよう」

    この翌日のユヴェントス戦で、鎌田は上で触れたローマダービーとは異なるポジション、2ボランチの一角(トゥードルの言う「後ろ」)で起用されている。ただし、この試合は国際Aマッチウィークによる中断の直後に行われており、2ボランチのレギュラー格であるマテオ・ゲンドゥージ、マティアス・ベシーノはいずれも代表戦から戻ってきた直後だった(トゥードル就任後の練習にはほとんど参加していない)という特殊事情があったことは考慮されるべきだろう。代表に招集されておらず新監督とトレーニングしてきた鎌田とダニーロ・カタルディがボランチに起用されたのは、代表組2人の「代役」としてだったと考える方が自然だと思われる。

    それも含めて考えれば、ダービーで鎌田がルイス・アルベルトを差し置いて「前」でスタメン起用されたことの重要性もより際立ってくる。ボランチ起用は「代役」だったかもしれないが、トップ下起用は「ファーストチョイス」だったことを意味するからだ。それだけトゥードル監督が鎌田にかける期待が大きかったということである。

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  • kamada lazio roma(C)Getty Images

    新監督が評価する貢献

    そのローマダービーは、ラツィオにとって首都ローマの覇権を懸けた戦いであるというだけでなく、順位表で6ポイント上にいる5位ローマとの勝ち点差を縮め、2シーズン連続のチャンピオンズリーグ出場権確保に望みをつなぐ上でも、必勝を期すべき試合だった。

    その中で、1トップのチーロ・インモービレの背後に並ぶ2シャドーの一角、左トップ下として起用された鎌田には、とりわけ攻撃の最終局面、ラスト30mでの仕掛けとフィニッシュにおいて決定的な仕事をすることが期待されていた。それは、ピッチ上での振る舞いから読み取れる、彼に与えられていたであろう戦術的なタスクからも明らかだった。

    まず攻撃の局面においては、ビルドアップにあまり関与せず、敵陣の高い位置、ローマの中盤とDFの2ライン間で自陣からのパスを引き出す動きを繰り返す。2ライン間で前を向いたら、周囲との連携によってチャンスメーク、アシスト、シュートなど決定的な仕事をする。一方、守備の局面では、相手のビルドアップに対しては最終ラインへのプレッシングを継続的に行うが、相手がラツィオ陣内まで攻め込んだ時には、あまり深いところまで戻らずボールのラインより前に攻め残って守→攻の切り替えに備える。

    両チームともに、自分たちのサッカーをする以上に相手に狙い通りのサッカーをさせないことを優先する慎重な振る舞いを続ける緊迫した試合の中で、鎌田はとりわけ守備の局面において、質の高い貢献を果たした。ラツィオの守備戦術は、敵最終ラインにはボールを持たせて中盤へのパスコースを制限するミドルプレスを基本としながら、バックパスなどトリガーが生まれた時には一気に前に飛び出してハイプレスに転じるというもの。

    鎌田は対面するローマの右CBディエゴ・ジョレンテからのパスコースを背中で消すカバーシャドウのポジショニングを的確に取りつつ、ハイプレス発動時には鋭い出足で飛び出しジョレンテ、時にはGKにまでプレッシャーをかけるという仕事を、後半半ばの選手交代で中盤にポジションを下げるまでの70分間、きわめて高い強度を保って繰り返した。

    この一見地味だがきわめて重要な仕事をどれだけ献身的にこなしたかを示すのは、この試合に出場した両チーム全選手の中で最も多い「12.53km」という走行距離。トゥードル監督のコメントにもあった「走れる上にクオリティがある」という長所を存分に発揮した格好である。指揮官が、攻撃センスは抜群だが守備の強度が低いルイス・アルベルトをベンチに置いて鎌田をスタメン起用した理由のひとつも、おそらくこの点にあったはずだ。

    ちなみに、鎌田の運動量の多さ、走力の高さを評価していたのは、前任のサッリ監督も同じだった。シーズン開幕から間もないある時、試合のGPSデータを見て「鎌田の運動量はクレイジーだ。私がこれまで見てきた選手でこれを超える数字を出したのは、チェルシー時代のエンゴロ・カンテだけだ」と語ったというエピソードも残されている。

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    低評価が相次いだ理由

    さて、守備の局面においては高強度かつ継続的なプレッシングを通して文句なしの貢献を果たした鎌田だが、より肝心な攻撃の局面、とりわけ得点に直結するラスト30m攻略への関与度、貢献度ということになると、残念ながら(すべてのチームメイトと同様に)期待を上回るパフォーマンスは見せられなかったと言わざるを得ない。

    味方のビルドアップ時に、パスを引き出すための動きを繰り返すその運動量は際立っているのだが、周囲(特に左ウイングバックとして攻撃的に振る舞うフェリペ・アンデルソン)との連携が取れておらず、また十分な信頼関係を築くまでに至っていないのか、フリーで受けられる好位置に動いてもパスをもらえない場面が一度ならず見られた(その際に天を仰ぐなど落胆を示すボディランゲージが出てしまうのはいただけないところ)。

    さらに痛かったのは、ファイルサード攻略のチャンスに絡んだ数少ない場面で一度も違いを作り出せなかったこと。目立った場面を列挙すると以下のようになる。

    ●38分:ペナルティエリア内、左ポケットへのフリーランでヒラからのスルーパスを引き出したが、折り返しのカットバッククロスはDFにブロックされ、CKを稼ぐにとどまった。

    ●50分:縦に速いビルドアップから左のオープンスペースにスルーパスをもらい、ゴールに向かって1対1仕掛ける形になったが、ローマの右SBセリクに止められ突破できず。

    ●57分:PA内の左ポケットでこぼれ球を拾ってカットバッククロスを折り返すが、やはりブロックされて通らず。

    ●59分:4対4のカウンターアタックという好機、左に流れてペナルティエリア角近くでパスを受けながら、オーバーラップしたF・アンデルソンへのパスをセリクにカットされてチャンスを潰す。

    ●63分:ゴールエリア内まで詰めたところでゲンドゥージからラストパスを引き出してゴールネットを揺らしたが、オフサイドラインを確認してからの動き直しが不十分でオフサイドトラップにかかっており、ゴールは取り消し。

    特に後半開始間もない50分から60分過ぎは、1点リードされたラツィオが押し返して流れを掴んでいた時間帯。そこで何度かチャンスに絡みながら決定的な仕事をできなかったのは、マイナス評価を受けても致し方ないところだ。もちろん、鎌田は単独で1対1を制して違いを作り出すタイプというよりは、周囲との連携で局面を打開しフィニッシュに絡んで行くタイプではある。しかしその連携という観点から見ても、すでに触れたように、最もつながりを持つべき左WBフェリペ・アンデルソンとしばしばプレーエリアが重なるなど、プレービジョンを十分に共有できていないという印象が強かった。

    とはいえ後半半ば、70分の選手交代でトップ下にルイス・アルベルトを投入した時にも、トゥードル監督は鎌田ではなくベシーノをベンチに下げ、鎌田をそのベシーノが務めていたボランチに移すという采配を選んでいる。これは鎌田の運動量・持久力と「前でも後ろでもプレーできる万能性」に信頼を置いているからこそだろう。

    というわけで、このローマダービーでの鎌田のパフォーマンスは、守備は及第点以上だが攻撃に関しては及第点未満という評価になるだろう。イタリアメディア(特にローカル系)の多くが「4.5」から「5.5」という辛い評価をつけたのは、攻撃で違いを作り出せなかった点で期待を裏切ったからだろうが、守備における貢献度の高さが過小評価されているという側面もあるように思われる。

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  • Daichi Kamada Lazio 03042024(C)Getty Images

    来季以降の去就は?

    さて、このローマダービーを終えてシーズンは残り8試合。鎌田としては、監督交代という予期せぬ形でやってきた出場機会を活かし、少しでも長い時間ピッチに立って、ポジティブな形でシーズンを締めくくりたいところだろう。

    伝えられるところによれば、ラツィオとの契約は1年だが、6月末までに双方が合意した場合には2026年まで2年延長されるオプションが付与されているという。今シーズンは双方にとっていわば「お試し期間」という位置づけだったわけだが、3月までは出場機会すら得られない状況だったこともあり、マスコミではすでに「鎌田サイドは契約延長オプションを行使せず、今シーズン末に再びフリーになることを決めている」という憶測報道が一度ならず飛び交っていた。しかし、来シーズンも引き続き指揮を執ることがほぼ確実(契約は2025年まで)なトゥードル監督が鎌田を戦力として高く評価して残留を望むようなことになれば、鎌田サイドがそれを受け入れて契約延長を選ぶ可能性も出てくるかもしれない。

    鎌田の現在の年俸は手取り300万ユーロ(約5億円)。これはインモービレ、ルイス・アルベルト、アレッシオ・ロマニョーリに次いで4番目に高い数字だ。クラブにとってはチームに絶対不可欠な主力クラスに支払う金額であり、逆に言えば、それに見合ったパフォーマンスが期待できない限り、クラブ側には契約延長のメリットがないとも言える。

    つまりラツィオの側からすれば、鎌田に対する1年分の投資(税込み年俸約400万ユーロ)に見合った見返りを、ピッチ上のパフォーマンスからも移籍市場での売却益からも得られないまま1年で手放すか、それともトゥードル監督の下で主力として活躍して市場価値を高め、投資を上回る金額で売却する可能性に期待して契約延長に踏み切るか、という2つの選択肢を天秤にかけることになる。

    一方の鎌田サイドにとっては、1年前と比べて移籍市場での評価が明らかに低下している状況で、他に新天地を求めるか、それともラツィオに留まりトゥードル監督の下で捲土重来を目指すか、ということになる。これに関しては、ラツィオでプレーを続けるよりもいい選択肢(年俸、そしてそれ以上にチームのステータスと活躍・成長の機会)に恵まれるかどうかが鍵になってくるだろう。当然ながら代理人のロベルト佃氏は「次」を探して精力的に動いているはず。しかしそこでどんなオファーを得られるかは、今シーズン残り8試合で鎌田が自らの力をどれだけアピールできるかに少なからず左右されるだろう。

    昨夏、ミランとの合意が伝えられながら、当時の強化責任者パオロ・マルディーニ氏の電撃解任によって白紙に戻るという想定外のショックに見舞われた後、ラツィオと契約を交わすまでにどんな曲折があったのかを知る術はないが、かなり時間がかかったこと、1年という異例の短期契約だったことを考えれば、色々な意味で「妥協」も含めた選択だっただろうことは容易に想像がつく。

    その意味でラツィオでの「お試し期間」は、鎌田のキャリアにとってひとつの「踊り場」だと位置づけることもできる。いずれにしても、もう一度フリーで移籍先を選べる立場になるというのは大きなメリット。プロ野球のFAもそうだが、契約満了によるフリー移籍は、選手サイドが主体的に活躍の場を選び決めることができる数少ない機会だ。これが2年連続で来るというのは、通常はキャリア末期でもない限りそうは起こらない。27歳という年齢を考えれば、今回こそがキャリアを決定的に左右する選択になる可能性は高い。それを今考え得るベストな形で下すためにも、まずは残り少ないシーズンでの活躍を祈りたいところだ。

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