文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
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GettyクラブW杯の思惑
世界から計32チームが参加し、1カ月に渡ってアメリカで行なわれた拡大版FIFAクラブワールドカップは、現地時間7月13日にニュージャージーで決勝が行われ、PSGを3-0で下したチェルシーの優勝で幕を閉じた。
その前夜、FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長はニューヨークのトランプタワーで行なわれた記者会見で、「この大会は壮大な成功を収めた。間違いなくそう断言できる」と自画自賛した。
「誰もこの大会には興味を示さないだろうという声もあったが、この大会は21億ドル(約3100億円)の総収入を記録した。これは1試合あたり3300万ドル(約49億円)で、過去にいかなるクラブ大会も挙げたことのない数字だ。クラブW杯は世界で最も大きな成功を収めた大会になった。『誰も見に来ないだろう』という声もあったが、総観客数は250万人を超え、1試合平均でも4万人を上回った。プレミアリーグを除けば、1試合平均4万人を超えるリーグは世界に存在しない。この大会は『誰も放送しないだろう』という声もあったが、DAZNとの革命的な契約によって、全試合が世界中に無料で配信されたんだ」
そう語るインファンティーノ会長の後ろには、ロベルト・バッジョ、アレッサンドロ・デル・ピエーロ、カカ、ロナウド・デ・リマ、フリスト・ストイチコフ、エステバン・カンビアッソという錚々たる「FIFAレジェンド」たちが顔を揃えていた。彼らの存在が、イメージ的な側面からインファンティーノのスピーチの説得力を高める役割を果たしていたことは確かだろう。
FIFAがこのクラブW杯を、誰が見ても強引なやり方で成立させたことは周知の通り。その背景には次のような事情があった。
まず第一に、これまで4年に一度のワールドカップ以外に大きな収入源を持っていなかったFIFAにとって、それに並ぶ第2の収入源を確立するという悲願を実現する最大のチャンスであること。第二に、この大会を「世界最高峰のクラブコンペティション」と位置づけることを通じて、傘下のいち大陸連盟でありながらチャンピオンズリーグを通してサッカー界全体にFIFA以上の発言力や影響力を持っているUEFAとの力関係を逆転し、現在の欧州中心主義を弱めてサッカー界の主導権を自らの手に引き寄せたいと考えていること。“カネ”と“権力”が直結しているのは、サッカー界も含めてどこの世界でも同じである。
少なくない疑問や反対の声を押し切って実現にこぎ着けた以上、FIFAとしてはこの大会を失敗に終わらせるわけにはいかなかったし、また成功を少しでも強くアピールする必要もあった。実際、純粋に国際的スポーツイベントとしての側面だけに注目するならば、インファンティーノ会長の言う通り、今回のクラブW杯は一定の成功を収めたことは確かであり、それを頭から否定することは難しい。
Getty Imagesクロップの危惧
しかし問題は、「その成功が誰にどのような代償を強いることによって実現されたか」という側面が、あまりにも軽視され過ぎているところにある。大会前、そして大会期間中も、そうした観点からこのクラブW杯に対して強い批判の声を上げる向きも、決して少なくはなかった。
その中でも最もインパクトが強かったのは、前リヴァプール指揮官で現在はレッドブルグループのグローバルサッカー部門責任者を務めるユルゲン・クロップのコメントだろう。大会期間中の6月28日、ドイツの新聞『ヴェルト・アム・ソンタグ』に「クラブW杯はまったくクレイジーだ。サッカー史上最悪のアイディアだ」と語っている。
「一部のクラブにとっては大金に値する。それはわかる。しかし、選手たちは肉体的にも精神的にも十分に回復する時間が得られなくなっている。昨年はEUROとコパ・アメリカ、今年はクラブW杯、来年はワールドカップ……いつになったら彼らは休めるのか?大金を稼いでいる選手にも休む権利はある。NBAのプレーヤーは大金を稼いでいるが年に4カ月休んでいる。フィルジル・ファン・ダイクはそれだけの休みも収入も得たことがない」
「来シーズンには、今まで見たことがないほどたくさんの故障が起こるだろう。これが決勝戦であるかのような試合を、年に70~75試合もプレーすることが要求されている。このまま進んで行くことは不可能だ。試合の質、スペクタクルの質も低下が避けられない。私のキャリアを通して、チーム全員が顔を揃えた状態で2週間以上のプレシーズンキャンプができたのはたった一度だけだ。シーズンが始まれば3日ごとの試合が続く。非人間的なカレンダーだ」
エスカレートする一方の過密日程が、選手に過大な負担を強いると同時に故障のリスクを高め、また試合の質やエンターテインメント性を損う方向に働くという議論は、もう何年も前から繰り返されてきた。世界的なプロサッカー選手組合の連合体である『FIFPro』、各国リーグ団体の連合体である『ワールドリーグズフォーラム』は、FIFAに対して過密日程に対する強い反発や懸念を表明すると同時に、クラブW杯の開催を強引に進めたことに対する法的措置を講じている。
にもかかわらず、そこに歯止めがかかる気配はほとんど見えない。2020年代に入って以降だけに話を限っても、チャンピオンズリーグのフォーマット変更(4マッチデー増加)、クラブW杯の強引な開催、ワールドカップの参加国拡大(32→48カ国で決勝までの試合数が7から8に増え、大会日程も10日間延長)など、止まることを知らない。
AFP選手の「声」は…
その背景には、大会を主催するFIFAやUEFAの思惑だけでなく、大会に参加する当事者であるクラブ、とりわけ欧州や世界の頂点を争う一握りのメガクラブが、激化する一方の競争に勝つため(というよりもそこから脱落しないため)に少しでも多くの収入を求めているという状況がある。チャンピオンズリーグの試合数が増えたのも、メガクラブが「スーパーリーグ」を盾に取ってUEFAに収入増を迫った結果であり、クラブW杯が実現したのも巨額の分配金に惹かれたヨーロッパのクラブが参加を受け入れたからだ。UEFAはクラブW杯そのものに否定的だったが、FIFA内部では他の大陸連盟に対して数の上で不利な立場にあるだけでなく、上のような事情で内部でもクラブの足並みが揃わなかった。
結果的には、クロップが指摘するようにまさに「選手だけが割を喰う」形で過密日程のエスカレートに歯止めがかからない状況が続くという事態になっている。FIFAはこのインファンティーノの会見後に発表したプレスリリースの中で、同日世界中の選手組合の代表者と会合を行い、選手の健康問題に対して次のような規制を設けることで合意に達したと発表した。
・試合間隔を最低72時間空ける
・シーズン終了後に最低3週間の完全休息期間を設ける
しかし、この会合には選手組合団体として最も規模が大きく影響力も強い『FIFPro』、そして最も日程が過密なプレミアリーグの選手協会代表者は招待されておらず、その場にいたのは規程違反などで『FIFPro』を除名された国の選手組合や『FIFPro』の主流を外れた元幹部などだけだったとも伝えられている。『FIFPro』は以前すでに、最低4週間の完全休息期間の実現をFIFAに要求していたが、クラブW杯閉幕の1カ月後にはもうプレミアリーグが開幕するという現実のカレンダーを考えれば、その実現が不可能であることは明らか。FIFAが、「選手側の意見も聞いた上で合意に達した」という体裁を整えるためだけに、選手組合の非主流派だけを傀儡として利用したことは明らかだ。
AFP限界
今回のクラブW杯が、来たる2025-26シーズンにどのような影響を及ぼすのかはまだわからない。しかし人間の身体的、精神的なキャパシティには限界がある以上、それを超えた時には何らかのネガティブな反応が起こることは自然の摂理に属する事柄だ。クロップが警告するように、前代未聞の頻度で故障が頻発することになるのか、そうでなくともクラブW杯に出場したクラブが新シーズンのパフォーマンスに何らかの影響(フィジカル、メンタルの側面はもちろん、準備期間が短いことによる戦術的な完成度の不足など)を受けるのかなどについては、今後注意深い検証が必要になるだろう。
現在のフットボールカレンダーの過密ぶりは、もはやこれ以上新たな大会を創設したり、既存の大会の試合数を増やしたりする余地のないところまで来ている。現時点では、各国リーグも、UEFAなどの大陸連盟も、そしてもちろんFIFAも、参加チーム数や試合数の削減は全く望んでいない。それが実現するきっかけがあるとしたら、それこそクロップの「予言」が現実になる、あるいは来年のワールドカップで疲弊したスター選手たちが期待を裏切り、思わぬ番狂わせが続出するといった、不幸な事態が本当に起こってしまった時だけかもしれない。
そうした「削減」が実現したのは、リーグ・アン(フランス)が2023-24シーズンから20→18に参加チームを減らすという英断を下したのを除くと、2003-04シーズンにUEFAがチャンピオンズリーグの2次リーグを廃止し、マッチデー数を17から現在の13に減らしたのが唯一の事例だ。この決断は、2002年の日韓W杯でフランス、ポルトガル、イタリアなど優勝候補と目されたヨーロッパ勢が、主力選手のコンディション不良で次々と早期敗退したことが大きな理由だった。
今後もそういった形でしか大会や試合数のダウンサイジングによる適正化が進まないとすれば悲しい話だが、それが我々が生きている世界の現実なのかもしれない。