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「王として現れ、伝説として去る」の名言がすべての型破りFW【Rebel United:反逆者たち】

  • ズラタンにトライアルなし

    ズラタン・イブラヒモヴィッチは決して単なるストライカーではなかった。個性を抑圧するシステムが主流となる昨今のフットボール界で、彼は孤高の存在だった。

    ズラタンという男を真に理解するためにはスウェーデンのマルメにあるローゼンゴード地区での日々にまで遡らなければならない。イブラヒモヴィッチはボスニア人の父とクロアチア人の母を持ち、この場所で育った。彼の人格もそこで形成されていき、自己主張の術を学んでいった。

    ローゼンゴード地区は決して型にはまらない選手としての基盤を築いた場所であり、後の彼が“ズラタン・スタイル”と称するものの礎も誕生した。

    2000年夏に19歳だったイブラヒモヴィッチはアーセナルからオファーを受けたとき、当時のアーセン・ヴェンゲル元監督からトライアル参加するよう求められたが、「ズラタンはトライアルなんてやらない」ときっぱり。彼は無作為な応募者リストの一員になるのを好まず、むしろ他者を測る基準となる存在でありたかったからだ。「俺対世界のすべて」という姿勢は彼の原動力であり続けた。

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  • Zlatan Ibrahimovic tattoosGetty

    支配者

    「少年をゲットー(ユダヤ人が暮らす地区)から連れ出せても、ゲットーから少年を追い出しはできない」――イブラヒモヴィッチはかつて自身の生い立ちをそう語っている。そんな彼はピッチ上でもその個性を磨き続けた。他の選手が安全策を選ぶなかで、イブラヒモヴィッチは常に非凡さを追求。数々のアクロバティックかつ華麗なゴールは彼が口にした言葉と同じ精神を反映したものだった。妥協を許さず、驚きを与え、唯一無二の存在だったといえる。

    イブラヒモヴィッチのプロキャリアは支配者としての軌跡で紡がれ、アヤックス、ユヴェントス、インテル、バルセロナ、ミラン、パリ・サンジェルマン、マンチェスター・ユナイテッド、ロサンゼルス・ギャラクシー、そして再びミラン。彼はどこに行こうが、「俺は溶け込むためにここにいるのではなく、支配するためにここにいる」と言うなど、同じメッセージを発信し続けた。

    このメッセージはジョゼップ・グアルディオラ現マンチェスター・シティ監督のもとでバルセロナに在籍中により顕著に。とりわけ、2人は衝突した際に、だ。グアルディオラ監督にとって、チームワークと戦術的な規律こそが原動力だったが、イブラヒモヴィッチは窮屈な思いをさせられるのを嫌った。彼はグアルディオラ監督のもとでの経験について「俺はフェラーリなのに、お前はまるでフィアットみたいに操ろうとした」と評している。

  • New York Red Bulls v Los Angeles GalaxyGetty Images Sport

    「どういたしまして!」

    こうしたイブラヒモヴィッチの型破りな姿勢はアクロバティックな技と身体能力を生かしたスポーツ面だけでなく、言葉でも表現。自信に溢れた態度、挑発的な言動、そしてたったひと言で人を楽しませる能力でもクラブをも上回るオーラを作り上げた。さらに、発言は単なるPR戦略ではなく、言葉による境界線を画すものだった。

    イブラヒモヴィッチは2018年にマンチェスター・ユナイテッドを離れ、アメリカに飛び立った際、ロサンゼルス・タイムズ紙の新聞広告で自らの移籍を発表。1ページを独占し、「親愛なるロサンゼルス市民のみんな、どういたしまして!」というメッセージを掲載した。

    常に自らを“神”と言い張り、アスリートが謙虚でなければならないという暗黙のルールを破ったイブラヒモヴィッチはどれだけ大きなエゴの持ち主であっても、パフォーマンスがすべての哀愁を正当化する限り、チームとしての成功もほぼ保証できると証明。そして、キャリアを通じて32個ものタイトルを獲得したように、常に説得力を持たせた。

  • FBL-FRA-LIGUE1-LILLE-PSGAFP

    ズラタナー

    イブラヒモヴィッチは反逆者として、そのときの体制を乱すだけでなく、それを支配下にできるのも証明した。

    PSG入りした際に「リーグ・アンの選手についてはあまり詳しくないが、俺のことなら知っているはず」と豪語したイブラヒモヴィッチはその後、まもなく「ズラタナー(圧倒する)」を意味する動詞「zlataner」をフランス語に定着させている。

    それこそがイブラヒモヴィッチの真髄。彼は常に自らを定義づけする側であって、定義される側ではなかった。同世代の選手たちが報復を恐れてメディアの手によって滑らかに仕上げられるのを黙認するなか、彼はプロ世界の荒削りな側面そのものであり続けた。

  • Udinese Calcio v AC MIlan - Serie AGetty Images Sport

    魂売らず

    肉体的に衰えの兆候が現れ始めても、イブラヒモヴィッチの精神は揺るぎなかった。2020年1月に38歳でミラン復帰を果たしたとき、チームはセリエA11位で苦境。だが、イブラヒモヴィッチが加入してからは順位を上げ、6位でヨーロッパリーグ(EL)出場権を獲得した。

    「年老いているのは周知の事実だが、それは単なる数字に過ぎない」と語った彼は「前ほどの身体能力もないが、知性でカバーできる。途中加入を悔いる。最初からチームにいたら、優勝できただろう」とも述べている。

    この揺るぎない自己優位性への信念と、それを現実のものに変える力こそがイブラヒモヴィッチを唯一無二の存在にした。彼はキャプテンマークを巻かずともリーダーであり、外部からの承認を得ずとも自ら存在価値を高めた。「私は王として来た。そして伝説として去る」——PSGに別れを告げた際のこの名言もそのすべてを物語っている。

    2023年6月に42歳目前でピッチを去ったイブラヒモヴィッチが遺したものは明らかで、彼の足跡はゴール数やスタッツ以上のものといえる。ズラタンは人々の記憶に刻まれる数々の瞬間を残し、大衆の期待に魂を売り渡すことなく、プロの世界で生きていけるのを示した。

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