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「サッカー人生はここで終わります」。米子北18番、憧れの選手権前に大怪我も強行出場…「不可能なんてない」と新たな道へ

12月31日に開催された第104回全国高校サッカー選手権の2回戦。試合終了のホイッスルと同時に大粒の涙が溢れた。

米子北高校の3年生MF妹川将基にとって、この日は自身初となる選手権の舞台だったと同時に、5歳から始めたサッカー人生最後の日だった。

「僕の13年間のサッカー人生はここで終わります。だけど、周りの選手はプロを目指したり、サポートする側になる人もいる。みんなにも『諦めるな』って伝えたいです」

妹川にとって、選手権の出場は絶望的だった。

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    大会前に大怪我…「選手権は出られますか」

    今季のプリンスリーグ中国で優勝した米子北。12月14日に行われたU-18プレミアリーグのプレーオフ2回戦では、アルビレックス新潟U-18を延長戦の末に破って、1年でのU-18プレミアリーグ復帰を決めた。

    しかし、歓喜のピッチに妹川の姿はなく、背番号18のユニフォームが掲げられていた。今月6日に行われたプリンスリーグ第15節延期分の瀬戸内高校戦で全治約4カ月の大ケガを負っていたからだ。

    「左ひざの後十字じん帯を断裂してしまいました。頭が真っ白になって、トレーナーの方に『選手権は出られますか』と真っ先に聞きました。だけど医者からは『選手権には間に合わない。不可能』と…」

    どん底だった。

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    すべては選手権に出るため

    千葉県の柏レイソルA.A.TOR'82でサッカーのイロハを学んだ妹川は「選手権を一番の目標にしていて、その想いで米子北に入った」と単身で鳥取県へ。親元を離れる経験や、寮生活に不安もあったが、「人間として成長したい」と厳しい道を選んだ。

    米子北では攻撃の要としてチームをけん引。身長176cmと上背こそないものの、跳躍力を生かしたヘディングで相手の脅威となり続けた。

    すべては選手権の舞台に立つためだった。

    「全国に出て、育った千葉に帰ってきて流経を倒すことを大きな目標にしていた。だから、どんな形でもいいから仲間の力になりたくて、本当に(出場が)無理だったら、応援リーダーをやるとも決めていました」

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    「お前に託すから。頼むぞ」

    城市徳之監督のもと、流通経済大柏と激突した米子北。「真っ向勝負で縦に、縦に」と力強いハイプレスを仕掛けたが、昨年の準優勝校に力の差を見せつけられた。

    前半に2得点を先取される厳しい展開のままハーフタイムへ。相手の強度が落ちてくると予想して後半に望みを繋いだが、立ち上がりの5分にPK弾で3失点目を喫した。

    劣勢のまま迎えた後半34分。指揮官は「お前に託すから。頼むぞ』と背番号18をピッチに送り込んだ。

    「先生からは『(試合に)出さないかもしれないけど理解してくれ』と言われていました。だけど応援してくれる人や家族のためにも、『諦めちゃいけない』と思いながらリハビリをしていました」(妹川)

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  • 5-masaki-imogawa(C)Rintaro Asano

    全力疾走できず、痛みも残る…それでも

    走れるようになったのは試合前日。当日も全力疾走ができるコンディションではなかったし、痛みは残っていた。

    それでも憧れの舞台でチームの力になりたい一心だった。

    「倒れる場面もあったんですけど、『将基!』という声が聞こえてきた。2年生のときは試合に出れなかったので、そのキツさや出る人の責任は知っている。『自分なら3点取れる』とピッチに入りましたし、仲間たちも自分にボールを預けてくれた」と不退転の覚悟だった。

    1万3千人以上の大観衆が見守る中、最後まで足を止めなかった。

    「気持ちが熱くなりました。妹川はケガで出られない選手でしたが、最後は使ってやりたいという想いがあった。この1年間を通してチームに貢献した一人だったので、ピッチに立たせてやりたかった」と城市監督。

    U-18プレミアリーグのプレーオフがあったばかりだ。疲労もあっただろう。決して万全の状態ではなかったものの、イレブンは死力を尽くした。指揮官も「本当によくここまで闘ってくれた」と拍手を送った。

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    この日の経験は必ず生きる

    米子北の選手権が幕を閉じた。選手たちはそれぞれの道に進む。

    ミックスゾーンでも涙が止まらず、「悔しい。本当に申し訳ない気持ちが強いです」と口にした妹川。卒業後は日本大学に進み、パイロットを目指す。

    「自分がプロサッカー選手になるのはキツいんだなと限界を感じた時期があった。そこで他の道を考えたときに、小さいころから憧れていたパイロットの道で勝負すると決めました」

    決して簡単になれる職業ではないと理解している。大学では勉学に励むと意気込んでいるが、困難に直面することもあるだろう。

    それでも、この日の経験が必ず生きると信じている。

    「本当に諦めないで良かったと思いました。諦めないでやれば報われると、高校サッカーを夢にしている人や、プロを目指すサッカー少年に伝えたいです。

    『無理だ』と言われても、自分が折れない気持ちを持っていれば不可能なんてない。もっとキツいことがあっても、『あの状況でピッチに立ったんだぞ』と将来の自分に言い聞かせます。本当に自分を褒めたいです。頑張ったと思います」

    3年生たちの新しい挑戦が始まった。米子北イレブンは次のステージに羽ばたいていく。

    (取材・文・写真=浅野凜太郎)

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