スティーブン・ジェラードがアストン・ヴィラの新監督になるが、これについて特に魅力的なことがある。
「プレミアリーグのレジェンド」と「歴史のあるイングランドのクラブ」。この組み合わせは大きなリスクを伴うものだが、両者にとって利益をもたらす可能性もある。
確かに理屈の面ではよい組み合わせなのだ。ジェラードは2020-21シーズン、レンジャースで顕著な成績を残した。無敗でシーズンを突き進み、スコットランドリーグで9年間続いたセルティックの“独裁”に終止符を打った。この好成績は、ジェラードがプレミアリーグで真価を問われる時が来たということだ。これはリヴァプールがクロップの後継者を託す前に、ジェラード自身が超えなければならない試練だ。
アストン・ヴィラは、エリートクラブの仲間入りを目指す、野心の強い成長中のクラブだ。ディーン・スミス前監督の大胆なアタッキングフットボールを継承できる監督を求めている。さらに、これまで以上にディテールに気を配ったチーム作りが求められている。
スミスはそれほど戦術論に秀でた監督ではなかった。試合運びは理路整然としたものではなかったし、特にバックラインからのビルドアップに精細を欠いていた。スミスが監督を務めた3年間で、ジャック・グリーリッシュが欠場した試合は結果が悪い、ということにも戦術面の不備はよく表れている。
ただし、スミスはヴィラによく合った監督であった。チャンピオンシップ(英2部)14位に沈んでいたクラブを、欧州のコンペティションへの挑戦を考えられるような順位にまで引き上げることに成功したのだから。そういう意味では、スミスは自身の成功のために犠牲になってしまった。スミスが解任されたことは厳しすぎると思われたが、ヴィラが戦術的な上乗せを求めている。
■ジェラードの戦術思想
(C)Getty Imagesジェラードと戦友のマイケル・ビールは、ヴィラが求めているものを持ち合わせているかもしれない。
ビールはジェラードを支えるアイデアマンと広く評価されている。ジェラードは、レンジャースのトップチームでコーチを務めたビールをヴィラへと連れて行った。2018年にジェラードによってスコットランドに招聘されるまで、チェルシーとリヴァプールのアカデミーで働いていたという経歴の持ち主だ。
ジェラードの監督としての戦術基盤となったのは、これまでチームをともにした指揮官のものである。ジェラードを率いた監督といえばジェラール・ウリエやラファエル・ベニテスなどがいるが、ジェラード自身が明確にこれだというスタイルを持っているわけではない。
ここ数年でレンジャースには大きな変化があったが、ジェラードとビールによって中心となる戦術の原則は植え付けられていた。この事実はヴィラの未来を明るく照らしている。
原則的には、ジェラードはポゼッションを駆使し、高い位置からプレッシャーをかけようとするが、時代の流行も取り入れる。この点で言えば、リヴァプール時代に師事したユルゲン・クロップに最も近いスタイルということになる。
ヴィラは高い位置からプレスをかけ、ディフェンスラインを高く設定し、一体になって複雑に動くよう訓練されたポジショニングでラインの間をコンパクトに絞るだろう。
だがレンジャースでは、必要とあれば深く構えることも厭わなかった。ジェラードが言うように、昨シーズンの失点が13と著しく少なかったのは、ベニテスの影響によるものが幾分あるのだろう。
だが、これがプレミアリーグ中位のクラブに対してどう影響するのかはわからない。スコットランドリーグではレンジャースがポゼッションしながらピッチを占拠していたが、ヴィラではそれほどスムーズに事は進まないだろう。
それでも、ヴィラは相手チームをポゼッションで苦しめようとするだろうし、スミスのときのようなカウンター戦術ではなく、ポゼッション戦術に真剣に取り組むだろう。
■2人の10番、サイドバックのフル活用、中盤の多様性
Getty Imagesフォーメーションに関しては、レンジャーズはここ数シーズン、リヴァプールに似た4-3-3、4-2-3-1、そして4-3-2-1を使い分けてきた。その中でも最後のシステムで最も成功を収めている。ウインガーが中央に寄ってプレーし、10番が2人いるようにプレーするスタイルだ。
この陣形はレンジャーズのプレッシングの肝であり、中盤のパスコースを寸断できるようになっている。また、前線の3人が近くにいることで素早くワンタッチでボールを回してプレーすることもでき、駆け上がってくるサイドバックにスペースを供給することもできる。
中央に狭い陣形を作ることで必然的に相手を中央に引き込むことができ、外側にサイドバックが動くスペースを作ることができる。レンジャーズでは突然ダイアゴナルに配球することでこのスペースを作り出していた。
この戦術がはっきり分かるデータがある。昨シーズン、レンジャースの右サイドバック、ジェームズ・タヴェルニエは12得点を挙げており(そのうち半分以上はPKによるものだが)、9アシストを記録している。左サイドバックのボルナ・バリシッチは7得点に関与している。サイドバックはジェラードの戦術では王様なのだ。このデータがはっきり示しているのは、ジェラードが心底クロップ派だということだ。
中盤は予測が難しい。戦術のバリエーションが豊富なのだ。だが、ジェラードはポゼッションを優先するシステムを補完するために、ハードワークができる選手や中盤で賢くプレッシングができる選手を置きたがるだろう。
■ヴィラのメンバーはスタイルに合っている?
(C)Getty Imagesヴィラでは今、様々なことが総合的に検討されている。ここ数年の獲得選手はスミスのスタイルに合った選手ばかりだった。ジェラードの戦術がだいたい似ているということは、今のメンバーは新監督の戦術にも十分対応できるだろう。
守備面では、アクセル・トゥアンゼベやエズリ・コンサのように自信を持ってボールを保持できる選手が重宝されるはずだ。一方、マット・ターゲットやマティ・キャッシュらはディフェンスより前でプレーしたほうが良いだろう。ジェラードは左サイドバックを補強したがっているようだが、最重要というわけではない。
ジェラードのチームで中盤を率いるだけの体力とポジショナルプレーのセンスがあるのは、ジョン・マッギンだ。中盤の底で静かに存在感を発揮するドウグラス・ルイスもよいだろう。1月にサウサンプトンからジェームズ・ウォード=プラウズが加入すれば、この3人で完璧だ。
攻撃陣では、レオン・ベイリーがレヴァークーゼン時代に前線からのプレッシング戦術を経験しており、最前線ならどこでもプレーできる。エミリアーノ・ブエンディアもウィンガーや10番の役割で卓越したプレーを見せるはずだ。
ダニー・イングスとオリー・ワトキンスの二人はプレッシング能力を買われて契約した選手だ。ジェラードの戦術によくハマるはずだ。
■未解決の課題
(C)Getty Images理屈上は、短期的に見ればヴィラの再構築はそれほど難しくはないだろう。このクラブは現在5連敗中だが、トップ10に入る資質を持ったクラブだ。新監督を迎えれば中位に近いところには戻ってこれるだろう。
今シーズン、ヴィラの最大の欠点はセットプレーの守備だ。リーグでセットプレーから喫した失点は6で、全失点の30%を占めている。ジェラードが率いたレンジャースは2020-21シーズンを通して、セットプレーからたった1失点しか喫していない。これはファンにとって朗報だ。
さらに、ヴィラが今一番必要としているのは、もっとしっかりした戦術基盤だ。ボールを持っている際に選手がどこに立ち、どうやって動けばいいのかなど、ビールとジェラードは指針を示さなければならない。
他にもまだ明確になっていないことがたくさんある。うまくいかないと信ずるに足る理由もたくさんある。だが戦術面から言えば、ヴィラとジェラードの相性はよいはずだ。


