久保建英は完全には変わらなかった。今季はその眩く輝くであろうキャリアの“以前”と“以後”をつくるシーズンになると思われたが、結局そうならなかったのだ。
レアル・ソシエダに所属する日本人はシーズンが深まるに連れて存在感を失っていき、ワールドクラスの選手となるまでには至らなかった。クリスマスまでの彼は期待の若手というレッテルを剥がして、真のブレイクを果たすことさえ予感させたものの、それ以降に大きく失速してしまった。俯瞰してみれば悪いシーズンとまでは言えないのかもしれないが、それでもその活躍は彼自身が呼び起こした期待の高さまでは及ばず、中途半端となってしまった印象が強い。
久保が失速した責任を彼だけに押し付けるのはフェアではないのかもしれない。シーズン後半戦に勢いを落としたのはラ・レアルも同じで、それも日本人の成果の乏しさと関連付けることができる。しかし、これは卵が先か鶏が先か、という話でもある。果たしてラ・レアルはチーム全体で失速したのか、それとも久保の失速がチーム全体に大きな影響を与えてしまったのだろうか? おそらく、そのどちらでもあるのだろう。ラ・レアルと久保のフットボール的な後退は、集団としても個人としても起こったのだった。
■なぜパフォーマンス低下を招いたのか?
(C)Taisei Iwamotoシーズン後半戦、もっと言えばアジアカップ参加後の久保は、精神的にもフィジカル的に不調に陥っていたようだ。シーズン前半戦には6得点3アシストを記録したものの、アジアカップ後に残した数字は1得点1アシストのみにとどまっている。後半戦、彼が最高のパフォーマンスを見せたのは、おそらくアウェーでのパリ・サンジェルマン戦だった。その一戦では世界にその実力を見せつけてやろうという確かな気概を感じさせたが、そうした試合は片手で数えられるほどしかなく、総じて彼の影響力は大きく低下していた。
なぜ、そうしたことが起こったのだろうか? シーズン後半戦、久保のプレーエリアはかなり限定されていた。加えて、その高いテクニックを駆使したプレーはひどく冗長なものとなり、然るべき効果性を失っていたのだ。
久保のプレーの落ち込みぶりを分析すれば、すぐに気づくことがある。そのプレーエリアは右サイドだけに限定され、中央にはほとんど顔を出していないのだ。右サイドで孤立する彼は、まるでそこから離れることを禁じられているかのようだった。久保のような特徴を持つ選手は本来、ボールを持っていないときには自分のサイド&マークする相手から離れてパスを受けたり、マークを外してDFラインの突破を狙ったり、ペナルティーエリアに侵入したりするべきなのだが、アジアカップ後の彼はそうした動きを許されていないようにすら見えた。例えばレアル・マドリーのヴィニシウスは今季、ウィングだけでなく中央でのプレーも進化させ、今夏同クラブに加わるエンバペも似たようなプレーを得意としている。久保も本当は、彼らのような特徴を備えているはずだ。
久保は右サイドに引きこもるだけでなく、その類い稀なテクニックを無駄遣いしている。ボールを保持する彼は、チームメートにパスを出すべき場面でも個人主義に走ってドリブルを仕掛けることに執着(当たり前のように1人目をかわせるのは凄まじいが、向こう見ずなために2人目で潰される)。長所の一つだった最適解となるプレーの選択ができなくなっていた。シーズン後半戦の彼はラ・レアルの攻撃の解決法ではなくなり、それゆえに単純に縦に速く、アグレッシブなベッカーに定位置を奪われもしている。
■痛かったシルバの不在
(C)Getty Imagesだが前述の通り、勢いを落としたのは久保だけではない。ラ・レアルも久保とシンクロして、シーズン前半戦(とりわけ序盤)の好調ぶりを後半戦まで維持することができなかった。要因の一つに挙げられるのは、今季ビジャレアルで大ブレイクを果たしたセルロートのような良質なストライカーが不在で、前線での連係が確立できなかったこと(アンドレ・シウバとサディクのパフォーマンスは期待外れ。オヤルサバルはよくやっていたが9番の選手ではない)。そのために久保のほか、逆サイドのバレネチェアも今季は苦しむことになった。
加えて今季の久保とバレネチェアは、前十字靭帯断裂で引退したシルバの創造性も補う必要があったが、エル・マゴ(シルバの愛称、魔法使いの意)の空けた穴を埋めることはやはり難しかった。シルバは極上のテクニックとスペースの管理能力でチーム全体をつなげられる存在であり、チームメートのパフォーマンスを最大限引き出すことができた。久保はあと1シーズンだけでも彼のそばでプレーし、その考え方を吸収できたら良かったのだが……(シルバならば個人主義に走る彼を叱ることだってできただろう)。
■ラ・レアルは久保にとって理想的なチーム
(C)Getty Images今季後半戦の低調な内容から、日本では久保に移籍を勧める意見が出始めているという。しかし私にしてみれば、そんなことは議論の必要すらないように思える。なぜならばラ・レアルは今現在も、久保が成長を続けるための理想的なチームであり続けているのだから。今季つまずいたならば、なおのことである。
イマノル&ラ・レアルのフットボール哲学は、久保という選手の特徴に間違いなく合致している(今夏、適切な補強を行うことは必須だが)。そして久保に求められるのは、シーズン序盤には間違いなく立っていた、成功の道から外れないことにほかならない。彼は継続的に結果を出す必要があり、そのためには出場機会を手にし続け、日々プレーを改善していかなくてはならない。
日本からのアクセスを狙う無責任なイエロージャーナリズムのメディアは、欧州を代表するビッグクラブが久保の獲得に熱心になっていると騒ぎ続けているが、そんな扇情主義の情報に価値などない。この日本人が今すべきことは、そうしたビッグクラブに移籍するため、もっと言えばそうしたクラブで活躍するために、ラ・レアルで議論の余地ないスター選手になることなのだ。
久保にはビッグクラブで活躍するためのポテンシャルが間違いなく備わっている。だが今の段階でビッグクラブに加入し、ベンチ要員として途中出場から一か八かの勝負を仕掛けるよりも、ラ・レアルで問答無用の活躍を披露し、満を持してステップアップを果たすべきだ。現状の久保ではマドリーのブラヒムやギュレル(枠内シュート6本で6得点)のように、限られた出場機会とシュートチャンスで結果を出せるかは疑わしい。ラ・レアルの14番はチームを勝利に導くプレーを、シーズンを通してコンスタントに見せ続けなければならない。
久保は1月から5月までの低調なプレーを良い教訓とすべきだ。彼が期待されている通りの選手となるためには、ラ・レアルで落ち度のないシーズンを過ごす必要がある。生き急がず、自分の現在地をしっかりと把握し、一歩一歩確実に進んでいく……。この日本人のポテンシャルならば、ほんの一握りしかたどり着けない場所まで到達できるはずなのだから。
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