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シェフチェンコが回想するチェルノブイリ原発事故「10歳の私にはすべてが普通に見えた」

18:31 JST 2021/04/30
Shevchenko
【欧州・海外サッカーニュース】ウクライナ代表のアンドリー・シェフチェンコ監督が過去を振り返った。

ウクライナ代表指揮官のアンドリー・シェフチェンコが、イタリア紙『コリエレ・デラ・セーラ』のインタビューで語り、1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故などのエピソードを明かした。

現役時代、ミランやチェルシーなどで活躍し、2003年のチャンピオンズリーグなど数々のタイトルを獲得したシェフチェンコ。現在、母国ウクライナで代表指揮官を務める元ミランFWは、イタリア紙の取材に応じると、子供時代の経験を振り返った。シェフチェンコは1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故の発生時、現場から200キロほど離れたキエフで過ごしていた。

「驚かすつもりはないが、私の目にはすべてが普通に映っていた。私は当時10歳。その頃は、どんな場所でもサッカーをしたり、他のスポーツをしたりして夢中になって遊んでいた。ディナモ・キエフのアカデミーに引き抜かれ、夢のような人生を歩み始めたように感じていたんだ。そんな時、4号炉が爆発し、全員が避難を余儀なくされた」

「アカデミーはすぐに閉鎖された。ソビエト連邦全土からバスが到着し、6歳から15歳までの子供たちを乗せて出発した。私はたった一人で自宅から1500キロメートル離れた黒海のアゾフ海沿岸に到着した。それなのに、今振り返ってみても不安は感じない。映画の1シーンのような気分だったし、遠足のようなつもりで過ごしていたんだ。子供だったからね」

またウクライナ代表指揮官は、故郷キエフの友人たちの悲しい末路を明かした。

「みんな亡くなってしまった。放射能の影響ではなく、アルコールやドラッグ、武器によってね。当時、ソビエト連邦の亀裂は大きくなり始めていて、すべてが崩壊し始めていた。私たちが生まれた世界は終わりを迎えようとしていたんだ。私の友人たちは何かを信じることを止めて自身を見失ってしまったんだ。私が救われたのは、献身的な両親の愛情があったことと、私自身のサッカーに対する情熱があったからだ」