Mourinho Roma gfxGoal

ローマのモウリーニョ政権誕生は“地震”。残るのは常に破壊の痕跡

フットボールに関わるすべての人と同じく、ジョゼ・モウリーニョがローマに就任すると聞いた時、ワルテル・サバティーニは驚いたという。

ジャッロロッシ(ローマの愛称)の元スポーツダイレクターであるサバティーニは、このポルトガル人監督との契約を「地震」と表現した。確かに、ロッカールームにも激震が走っている。

「まだ信じられないよ」

2020年からローマでプレーするDFマラシュ・クンブラは先月『Goal』でこう語っている。「モウリーニョが監督だなんて夢のようだ」と。

Jose Mourinho Roma Vespa GFXGetty/Goal

チャンピオンズリーグで2度の優勝に輝いた監督がトリゴリア(ローマの練習場がある地区)にやってくるという報道に過熱したのは、クラブの選手だけではない。ファンもこの吉報に有頂天だ。

元ラツィオFWで、現在は『スカイスポーツ・イタリア』で評論家を務めるパオロ・ディ・カーニオ氏は、ローマを応援する友人から溢れんばかりのメッセージを受け取ったという。

その返答の一つとして彼が作成したボイスメッセージがYouTubeにアップロードされ、またたく間に拡散されてしまった。その音声の中でディ・カーニオ氏は「最悪の中でも最悪の選択肢だ」と主張している。

「ビッグネームが必要だということは理解しているが、それは引退した選手と契約するときのことだ。モウリーニョはフットボールをプレーしていない。彼がやっているのはアンチ・フットボールだ」

「記者会見がいくつかあったが、それは楽しめたかもしれない。異論反論が良い舞台を作り上げるからね。だが言わせて欲しい。チームを再建しようというときにおいて、彼は考えうる最悪の選択肢だ。確かに7年前まではお気に入りの監督だったよ。それこそペップ・グアルディオラ以上にね」

ディ・カーニオによる酷評は、ラツィオとローマのライバル関係によるものだと考えるのは容易いことだ。フットボール界のビッグネームの一人が街のライバルチームに就任するということに対し、ある種の嫉妬心を表現しているとも取れるかもしれない。

だが、この10年間でモウリーニョは輝きを失ってきたのも間違いない。

■厳しい現評価

Jose Mourinho Spurs CoachGetty Images

世界最高の指揮官として評価されるグアルディオラにとって近年最大の難敵であった2人はともにドイツ人。ユルゲン・クロップとトーマス・トゥヘルだ。彼らはいずれも戦術のトレンドを牽引している。

一方のモウリーニョは、ヨハン・クライフにもラルフ・ラングニックにも師事も受けていない。モウリーニョはもっとシニカルな考え方をするタイプだ。それがうまくいっていれば立派な戦術だが、トレンドとしては時代遅れであることも否めない。

モウリーニョは4月に2年弱監督を務めたトッテナムを解任された。UDレイリアで監督キャリアをスタートさせてから20年間で初めて、一つもトロフィーを掲げることなくクラブを後にしたことになる。イングランドでは、「スペシャル・ワン(特別な存在)」は「失敗のスペシャリスト」になってしまったのでは、と指摘されている。

マンチェスター・ユナイテッドの在任期間を思い出して欲しい。リーグカップとヨーロッパリーグで優勝しても、オールド・トラッフォードでの終焉は寂しいものだった。

クラブに関わる人に聞けば、誰でもこう答えるだろう。「モウリーニョ時代にあった雰囲気がオーレ・グンナー・スールシャールになってガラリと変わった。暗闇から抜け出し、光が差し込んだ」と。

58歳のモウリーニョは、様々なクラブを渡り歩く自身の性質や、業績に対する評価について明らかに腹を立てている。

そうでなければ、ユナイテッドのルーク・ショーへ攻撃を続けていることをどう説明すればよいだろうか。ショーはモウリーニョから公の場で何度も批判されてきたが、今や世界有数の左サイドバックであることを証明した。

印象的だったのは、モウリーニョがローマの監督として初めての会見で、最近の成績についていつものように自己弁護をしていたことだ。

「これまで自分がなしてきたことすべてから被害に遭っている。私を皆がどのように見ているか、それに苦しめられている。残念なことにね」

「マンチェスター・ユナイテッドでは3つのトロフィーを獲得した。それでも散々な結果だったと受け止められている」

「トッテナムではカップ戦(カラバオ杯)決勝まで進んだが、参加を許されなかった(※マンチェスター・シティ戦の数日前に解任された)。これも最悪の結果だと受け止められている」

モウリーニョの主張は確かに正しい一面もある。モウリーニョは、公正を期して言うならばグアルディオラと同様に、最高級に高い基準とともに評価をくだされているのだ。

ポルト、チェルシー、インテルなどで否定しようもない素晴らしい成果を挙げたことで、どのクラブ、どの国でも成功が期待されている。トロフィーが獲得できなければ途端にナイフが差し向けられる。それがモウリーニョにとっての日常となってしまった。

だが、それも無理からぬ話だ。グアルディオラと違いモウリーニョの場合は、不調の言い訳にエキサイティングなサッカーの内容を挙げることができないからだ。

そのため、スパーズの監督に就任したのは非常に奇妙なことだった。「サッカーで大切なのは栄光である」というクラブの有名な理念は、モウリーニョの「どんな手段を使ってでも勝つ」という考え方とは相容れないからだ。

その点でモウリーニョのローマ就任は理解できるだろう。

■ローマにはフィットか

Jose Mourinho Roma XI GFXGoal

ローマはセリエAでの立ち位置はスパーズと近いが、より成功に飢えたクラブだ。

だからこそ、モウリーニョが救いの神のように迎え入れられた。たくさんのファンがモウリーニョのローマ入りを好意的に受け入れており、すでにモウリーニョに捧げる壁画がテスタッチョ地区に存在するほどだ。

この反応はすべて、イタリア人にとってモウリーニョはいまだに神聖な存在であるという現れだ。モウリーニョは2010年、インテルで歴史的な3冠を達成した。それ以降様々な変化があってモウリーニョの時代ではなくなっているが、神聖化は解かれていない。

ローマはもはやタイトル争いをするチームではない。昨シーズンはセリエAを7位で終え、チャンピオンズリーグ出場権のある順位からは16ポイントも離されている。この事実こそ、ローマの現在の立ち位置なのだ。

だがチームにタレントは存在している。彼らはモウリーニョの着任でやる気を見せている。

元ユナイテッドのクリス・スモーリング、ヘンリク・ムヒタリアンはいずれもローマでは主力。ジョルダン・ヴェレトゥは間違いなく昨シーズンのセリエAで最高クラスのミッドフィルダーだったし、ブライアン・クリスタンテはイタリア代表の一員としてEURO2020で成功を収めた。

攻撃面ではニコロ・ザニオーロ、エディン・ジェコに頼ることとなりそうだ。ザニオーロは18か月ぶりに長期離脱から戻ってきたばかりだが、元のプレーができれば攻撃陣の柱になるだろう。

そして、ジェコはローマで最も多くのゴールを生み出しているストライカーだ。35歳となって昨季は衰えを見せていたが、モウリーニョの着任で復活が期待される。トッテナム時代の教え子であるFWハリー・ケインはモウリーニョについて今もポジティブな思い出を語っており、点取り屋との関係構築に不安は見られない。

モウリーニョはシーズン開始前からチーム強化に激しく動くことを望んでいる。ポルトガル代表GKルイ・パトリシオは最初の獲得選手となった。

これでひとつ弱点が補強されたが、モウリーニョは中盤にもう一人補強を試みている。アーセナルのグラニト・ジャカ獲得を狙い、本人もローマ行きを望んでいながら手間取っているようだ。

課題はもちろん、ローマが単に大金を用意できないことにある。これが意味するところは、モウリーニョは手持ちの選手を最大限活用しなければいけない状況になっているということだ。

■苦戦は必至?

「フットボールは大きく変わってきた」モウリーニョは今月頭に記者に対してこう語っていた。

モウリーニョは練習場のあるトリゴリアに巨大なスクリーンを設置。選手が練習中に犯した戦術的なミスをオーバーヘッドカメラですぐに見れるようにするためだ。

「最近は、一つのシステムに決め打ちすることがどんどん難しくなっている。システムを変えることができないといけないし、多くのオプションを持っていなければならない。選手にはこれまで以上に戦術的な素養が必要になる」

モウリーニョは自身が進化し、成熟してきたと主張する。これまでセリエAでやってきたようなつまらない小競り合いには二度と溺れないと言い張った。

Inzaghi AllegriGetty Images

だが、2つの理由から、そうはならないと思われる。まず、今シーズンはラツィオのマウリツィオ・サッリからユヴェントスのマッシミリアーノ・アッレグリに至るまで、多くの大物と戦うことになるからだ。

次に、これまでの2週間だけで、ディディエ・デシャン、アントニオ・コンテ、ショー(再び!)など、様々なターゲットを狙い撃ちにし、すでに“つまらない小競り合い”を起こしていることになる。

彼は、ただただ誰かを口撃していないと気がすまないのだ。口ばかりが先行しているモウリーニョだが、有言実行はできるのだろうか?

■モウリーニョが残すものは…

Mourinho Roma arrivalGetty

ユナイテッドやトッテナムでの記録を好きなように自己弁護することはできよう。だが、どちらの場合もファンは彼が去る姿を見て喜んでいたというのが悲しい現実だ。

モウリーニョは批判の声を黙らせようと躍起になっている。自分は休暇のためにローマにいるわけではないと主張を続け、名誉のため、契約を実現するために大幅な減給を受け入れた。それは、彼のことを「終わった」と考えているディ・カーニオのような人間を見返すためだ。

また、クラブのアメリカ人オーナーたち、フリードキングループは、ジャッロロッシがイタリアのエリートに返り咲くためにモウリーニョに時間を与えることを望んでいるのも重要な事実だ。

「彼らは今日成功することは望んでいない」モウリーニョは言う。

「将来に向けた持続可能なプロジェクトに、情熱を持って取り組むことを望んでいる。だから私がここにいるのだ」

だが、彼はローマを再建するためにいるのではない。実際は、自身の名誉を取り戻すためなのだ。

就任会見の最後に、モウリーニョは「3年後のローマをどう見ているか」と質問された。

彼はこう応じた。「祝福を挙げているだろう」と。

すると、「何を祝福するのですか?」と続けて質問された。

それに対してモウリーニョはかなり弱々しく返答した。「何かを、だ」

モウリーニョは、その「何か」が自分の退任であることは絶対に許さない。

モウリーニョの就任はローマを根底から大きく揺さぶったが、地震の大きな問題は常に破壊の痕跡が残ることなのだ。

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