■無念の東京オリンピック
約3カ月前。夏の東京で三笘薫は悔しさに打ちひしがれていた。
「夢だった」東京五輪にたどり着くまでは良かった。だが、「存在感を出して日本の勝利に貢献したい」と息巻いていた中で、大会直前のAFCチャンピオンズリーグでの負傷もあって万全のコンディションを取り戻すことができず。グループリーグのメキシコ戦も、決勝トーナメントのニュージーランド戦も、不完全燃焼の出来に終わった。
そして、準決勝・スペイン戦ではベンチ外を経験。大会前の自信に満ちた表情とは打って変わり、大会が進むにつれて表情に陰りが増し、日々の受け答えにもネガティブな発言が口をつくようになった。
3位決定戦のメキシコ戦、途中出場でピッチに立った三笘は躍動した。果敢なドリブル突破で相手を翻弄し、磨き上げた得点力を発揮。チームは敗戦を喫したが、特別な力が備わっていることを証明して見せた。
だが、本人の思いとしては、やはり悔しさが上回っていた。
「自分自身の経験の無さとスキルの無さが、こういう舞台ではやってはいけないプレーにつながった。最後にゴールは決められたけど、それ以外で何もできていない。得点に関しても、3失点して行くしかなかっただけ。どんなシチュエーションでも必要になるプレーヤーにならないといけない。海外で活躍している選手を見て、足りないところは全てしっかりと感じられました」
■新天地、新ポジション、新スタイル
あれから約3カ月。三笘はベルギーの地へと渡り鮮烈なプレーを見せている。
ユニオン・サンジロワーズ加入当初は、2トップシステムによる影響で適性なポジションが見つからなかったが、第11節のスラン戦で途中出場からハットトリックの離れ業を達成すると状況は一変。三笘のドリブルに可能性を感じたのか、第12節のオイペン戦からは3-5-2の左ウイングバックとしてスタメンに抜擢するようになった。
この起用が特別な力を持つドリブラーを新たなステージへと誘おうとしている。WBと言えば、守備の強度やハードワークが求められるポジションだが、三笘はチームのために献身的なプレーを披露。もちろんまだまだ守備は荒削りなところがあるが、それでも体を張った守備などでリーグ最小失点のディフェンスに貢献している。
加えて、存在感を高めているのが後方からの長いドリブルだ。全体的に守備への意識が高いユニオンSGにおいて、ボール奪取は割と低い位置になることも多い。そこでボールを奪った三笘が、長い距離を運ぶことでロングカウンターを成立させる場面が増加した。
これは大きな進化につながるかもしれない。川崎フロンターレ在籍時は高い位置でボールを受けて勝負することが主流だったが、ドリブルの距離、運び方に変化が出ていることで、さらに厄介な選手へと変貌を遂げようとしている。
実際、週末に行われたシャルルロワ戦でシュートをポストに当てた場面では、相手DFがスピードと細かいステップを恐れてずるずる後退り。この状況を踏まえても、すでにベルギー内で三笘のドリブルは警戒の対象となっていると言っていい。
■秘密兵器となれるか
(C)Getty Imagesそして今回、このタイミングで日本代表に初選出された。
まだまだスタメンから出るほどの実績はないかもしれない。ただ、ピタリと足元にボールを止められる技術と華麗なボディコントロール、緩急自在の破壊力抜群のドリブルは、日本代表の誰とも違う力を持っていることは明らか。オーストラリア戦で採用したシステムであれば川崎Fでもプレー経験があり、周りにかつて一緒に戦った選手がいれば意思の疎通も早い。
強度を求める森保一監督にとっても、ベルギーでWBとしてハードワークしている姿は目に入っているはず。それでいて特別なドリブルは相手の脅威となるし、スタメンではなくても状況を打開できるという意味で、ジョーカー役として使えることは先の東京五輪でもわかっている。これらを踏まえても、三笘には様々な可能性があることがわかるだろう。
アジア最終予選で厳しい戦いが続くチームを救う存在として、三笘は日本の秘密兵器となれるか。あの夏の悔しさを乗り越えた男は、舞台をアンダーカテゴリーからA代表へと変え、自身の力を証明する場所に降り立つ。
取材・文=林遼平
