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daichi-kamada(C)Getty Images

フランクフルトの栄光の中、鎌田大地が見せたもの。稀代のクラックはさらにその先へ

 苦しい戦いだった。アイントラハト・フランクフルトは前身のUEFAカップで1979-1980シーズン以来、44年ぶりに国際カップ戦で優勝を成し遂げたが、その中で最も苦戦したのはやはり決勝の舞台だった。

 スペイン・セビリアの『エスタディオ・ラモン・サンチェス・ピスフアン』には多数のフランクフルトサポーターが詰めかけたが、相対するグラスゴー・レンジャーズのサポーターはそれ以上の数で圧迫した。決勝のフランクフルトはこれまでのように相手にボールを持たせて鋭利なカウンターを浴びせる必殺パターンを繰り出すタイミングを与えられなかった。

 レアル・ベティス、バルセロナ、ウェスト・ハムと、ヨーロッパリーグのノックアウトステージで対峙したチームは好戦的な姿勢で向かってきたことでハイインテンシティ・カウンターを繰り出せたが、レンジャーズは仔細なスカウティングからそれを封殺すべく、一定時間でフランクフルトにボールを“持たせる”戦略を採った。主導権を握って相手ゴールへ迫る戦いに慣れていないフランクフルトの面々は相手の挙動に戸惑い、自慢の局面強度とハイスピード・トランジションを発現できずに試行錯誤を続けることになった。

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 そんな中で、事態に動じずに飄々とプレーしていたのが鎌田大地だった。いや、彼だけではない。後半途中に態勢を崩して失点の起因を生んだDFトゥタに代わって急遽58分から出撃した長谷部誠もまた、その冷静沈着な姿勢で味方に勇気を与えた。

 鎌田の最大の魅力は何事にも動じない鋼のメンタルにあると思う。フランクフルト市内ではELの決勝進出が決まった約2週間前からEL決勝の話題が沸騰していたが、その間の鎌田の言動や態度は常に変わらなかった。オリヴァー・グラスナー監督は国内リーグで中位フィニッシュがほぼ決まっている現状を見据えて第33節のボルシア・メンヘングラートバッハ戦、第34節のマインツ戦でターンオーバーを用いてグラスゴー戦への準備を施したが、その中で鎌田は出来得る限りの範囲でチームに貢献し、彼もまた、最も重要な舞台で自身の能力を発揮する力を蓄えていた。

 タイトルが懸かったゲームはどのチームも慎重になる。フランクフルトの選手たちも気負っていたが、グラスゴーの面々もそれなりの緊張感を醸して対峙していた。その中で、鎌田は日常のトレーニングと同じような仕草でピッチに立っていたように見えた。当然彼もプレッシャーを背負っていたはずだし、責任の重さを認識していたに違いない。しかし、自身の内面を一切表に出さない精神力こそ彼の強みだ。変幻自在のポジショニング、全方向に角度変更できる足首を駆使したトラップ&パス、強度こそないが相手の意図せぬタイミングで発射されるシュートなど、鎌田には相手を驚愕させる唯一無二の技術がある。レンジャーズの選手たちも同じピッチに立ってそれを実感したはずである。ベーシックな対応では、あの“背番号15”に出し抜かれると……。

■試合後にはSNSで本音

 今季の鎌田に与えられたポジションは3-4-2-1の左インサイドハーフだった。自軍の左エリアにはメガトン級の左足キックを有するMFフィリップ・コスティッチがいる。鎌田は2019年夏にレンタル移籍先のシント=トロイデン(ベルギー)からフランクフルトへ帰還してから一貫して、コスティッチとの親和性を重要視している。彼を活かすことで自身も活きる。その信条はタイトルマッチの舞台でも揺るぎなく、左サイドへのボール供給を第一選択肢に置きつつ、そのうえで自らもゴールへの道筋を見出そうとしていた。

 フランクフルトは57分にジョー・アリボのシュートを浴びて1点ビハインドを負ったが、69分にコスティッチの必殺の左クロスからエースFWラファエル・サントス・ボレが起死回生のボレーシュートを決めて試合をイーブンに戻した。その後も緊張感漂う神経戦が続く中で、フランクフルトのグラスナー監督は長谷部、イェンス・ペッター・ハウゲ、クリスティアン・ヤキッチ、クリストファー・レンツ、アイディン・フルスティッチと、次々に交代選手をピッチへ送り出す中で、鎌田をピッチに立たせ続けた。今季序盤は途中交代が多かった鎌田が、シーズン最終盤に真の大黒柱として認識されている。その間にあった雌伏と、選手と監督の信頼関係の深さにボーダーラインはない。延長戦の死闘を経て1-1のイーブンでPK戦に持ち込まれたとき、5人のキッカーの3番手で現れた鎌田の凛々しい勇姿を見られた幸せを、我々日本のサッカーファンは誇るべきだと思う。

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PK戦の末にフランクフルトが戴冠を果たした数時間後、鎌田が自身のSNSで心境を語っている。英語で、『力強いサポートに感謝します。チームの歴史に名を刻めて本当に嬉しいです。この素晴らしい時を絶対に忘れません』と綴った後、彼は日本語で偽らざる心情を吐露した。

『試合後初めて嬉しくて号泣しました。振り返ると自分のサッカー人生いつも上手くいかず難しかったけど、自分を信じてやり続けて、やっと報われた気がします』

 飄々とした姿は彼の内面を正確に表してはいない。

故郷の愛媛から叔母の家がある大阪へ越境してガンバ大阪ジュニアユースに入団するも、身体能力の壁に阻まれてユースへの昇格が叶わなかった。京都の東山高校へ進学してからも満足なチーム成績を挙げられず、それでも個人の力を認められてサガン鳥栖からプロキャリアをスタートさせた。その特異でファンタジックなプレーはすぐさま日本最高峰の舞台で威力を発揮し、加入3年目の2017シーズン夏にヨーロッパ行きのチケットを勝ち取った。このシーズンの第16節・浦和レッズ戦、ホームの『ベストアメニティスタジアム』(現・駅前不動産スタジアム)で勝利した後、常に自らを支えてくれたサポーターに向けて長々と、それでも惜しみなく感謝を込めた挨拶を述べていた姿を今でも覚えている。朴訥で無骨で無愛想に見える外面は仮面で、彼の内面には熱い情熱と周囲への感謝の念が溢れている。

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 ヨーロッパへ渡った直後、フランクフルトで実力を認められずにベルギーのシント=トロイデンへ武者修行に出された試練も糧になった。僅か1シーズンで34試合15ゴールをマークした彼が勇躍フランクフルトへの帰還を果たしたとき、“マジシャン”の成功はすでに約束されていたのかもしれない。

 ヨーロッパのカップ戦を制した今、25歳の鎌田には無限の可能性が広がっている。フランクフルトはその経営規模からも常時国内リーグや各種カップ戦でタイトルを狙えるクラブではない。これまでもシーズンで活躍した選手を他クラブに売却することで資金を調達して総合的な戦力を保ってきたクラブは、来年の6月30日に契約が満了する鎌田の2000万ユーロ(約27億円)と目される移籍金獲得を目論むだろう。そしてフランクフルトに愛着を抱く本人もまた、鳥栖時代と同じく挑戦のステージを欲してさらなる歩みを進めるだろう。

 栄光の先に、次なる未来が見える。スペイン・セビリアでの祝宴は鎌田大地というプロフットボーラーの歴史を刻む1ページに過ぎない。稀代の“クラック”は、これからも前人未到の道を往く。

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