■火中の栗
(C)Getty Images2018年5月、イタリア代表は過去半世紀で最悪と言うしかないどん底にあった。前年11月に行われたプレーオフでスウェーデンに敗れ、60年ぶりにW杯出場を逃したおかげで、FIFAランキングは過去最低の20位。直前に迫ったロシア・ワールドカップの本番に向けて準備を進める強豪国を尻目に、親善試合でそのスパーリングパートナーを務めるという屈辱的な立場に身を置いていた。
そんな状況の中、イタリア代表監督への就任記者会見に臨んだロベルト・マンチーニにこんな質問が飛んだのは、ある意味で当然のことだった。
「どうしてまた、代表がこんな状況にある時に監督を引き受けようと思ったんですか?」
それに対してマンチーニは、表情ひとつ変えることなく当たり前のようにこう答えた。
「イタリアを本来居るべき場所に連れ戻すためだ。このチームには若くて優秀な選手がたくさんいる。まずEURO、そしてワールドカップで優勝したいと思っている」
『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙のエース記者のひとり、ルイジ・ガルランドはEURO優勝の翌日に掲載された記事の中で当時をこう振り返っている。
「優勝? マジで……? その時そう思った我々が見ていたのは、180分戦ってスウェーデンから1点も奪えず、ロシアW杯に参加する32チームからはじき出された屈辱的なチームだった。しかし彼はその同じ時すでに、EUROで優勝するという明確な未来を頭に描いていたのだ」
この一節からだけでも、マンチーニが就任した2018年当時、イタリア代表がEURO(とW杯)で優勝を狙うなど、誰にとってもまったく現実感のない話だったことがわかるだろう。
それは、当事者である選手たちにとっても同じだったようだ。実際キャプテンのキエッリーニは最近になってあるインタビューで、「監督が最初のミーティングで、EUROとワールドカップに勝ちたいと言った時には、この人は何を言っているのかと思った」と述懐している。
しかしマンチーニの言葉が単なる夢物語などではなかったことは、その後のイタリア代表の歩み、そしてEURO優勝という結果を見れば明らかだ。「マンチーニのアッズーリ」が辿った3年間の道程は、ピッチ上で戦いを重ねること通じてチーム全員が指揮官のこの言葉を自分のものとして受け入れ、納得し、ひとつの確信へと昇華させていくプロセスだったと言えるかもしれない。
■変化への疑念
(C)Getty Imagesマンチーニが就任から一貫して取り組んできたのは、イタリアサッカー伝統の守備的なスタイルとははっきりと一線を画す、「ボール支配によるゲーム支配」に基盤を置いた攻撃的でコレクティブでテクニカルなサッカーをチームに浸透させることだった。
ジョルジーニョ、マルコ・ヴェッラッティ、ニコロ・バレッラという小柄なテクニシャン3人で中盤を固め、後方からパスをつないで攻撃を組み立て、敵陣でポゼッションを確立して主導権を握るという新たなスタイルは、大きな躓きを経験することなく、着実にチームに根付いていった。
導入初期の試行錯誤を経てチームが固まった2018年10月以降、2年以上にわたって30試合近く無敗を保ってきたという結果は、そのほとんどが中堅国以下の格下相手だったとはいえ、チームがこの新しいスタイルに対して自信と確信を深めていく上で大きな力になった。
とはいえそれゆえに、この攻撃的な戦い方がEUROやW杯で優勝を狙うような強豪国にも本当に通用するのだろうか、という疑念がこのチームにつきまとってきたこともまた事実だった。
実際、EURO開幕に臨んだ時点では、イタリアを優勝候補の一角に挙げる声は決して大きくはなかった。誰もが本命に挙げたのは、ロシアW杯で優勝しその後のネーションズリーグでも圧倒的な強さを見せていたフランスであり、対抗とみられていたのも、プレミアリーグのトッププレーヤーを揃えたイングランドやFIFAランキング1位を保つベルギーだった。イタリアはこの3強に続く第2集団の中でもドイツ、スペイン、ポルトガルに見劣りする6番手、7番手という位置づけだった。
■関心
(C)Getty Imagesそして実のところイタリア国内でも、開幕時点ではそれほど大きな期待や盛り上がりがあったわけではない。もちろん、イタリア代表が出場するビッグトーナメントはEURO2016以来5年ぶり、さらに6月に入ってそれまで1年以上にわたって続いていたコロナ禍対策ロックダウンの大幅緩和が進んだこともあり、EURO、そしてそれを戦うイタリア代表が、コロナ禍がイタリア社会にもたらしたさまざまな災厄や制約からの解放を象徴するような存在として受け止められたという側面はあった。
ただ、開幕戦のTV視聴者数を比べると、EURO2016(対ベルギー)では1551万人だったのに対して今回のトルコ戦は1275万人と、前回よりもむしろ少なかったくらい。マンチーニの就任以来3年間、国営放送局RAIが代表招集のたびチームに密着して取材してきた映像を集め、大会直前に4夜連続で放映されたドキュメンタリー『アッズーリの夢 Sogno azzurro』も、期待ほどの視聴者数は稼げず(普段同じ時間帯に放映されている人気クイズ番組の半分強)、逆にそれが話題になったほどだった。
だがそんな中でも、マンチーニは勝利に向けて強い確信を持ち、それをチームに対して全面的な信頼という形で伝え続けていた。大会期間中も密着を続けたRAIが優勝後に放映した『アッズーリの夢』の完結編には、トルコ戦当日のミーティングでチームにスタメンを告げ、短い話をする場面が収録されている。そこでマンチーニは、いつものように平然とした態度で淡々とチームにこう語りかけた。
「ここまで来たら勝つために戦う以外にやることはない。大事なのは最大限落ち着きを保つこと。これはサッカーの試合だ。サッカーの試合は楽しむためにプレーするものだ。それができれば我々は勝てる。常にだ。OK?」
そのトルコ戦は、立ち上がりからイタリアがほぼ常にボールを支配する展開となり、前半こそ0-0のまま折り返したものの、後半はさらに優位を強めて3ゴールを奪っての完勝。シュート数24対3、ボール支配率61対39という数字が示す通り、内容的にも申し分のない戦いを見せてこれ以上ないスタートを切った。
グループステージでは、続くスイス戦にも3-0で勝って早々に勝ち上がりを決め、スタメンを大幅に入れ替えて臨んだウェールズ戦も1-0で勝利。3戦全勝という圧倒的な結果でベスト16に駒を進める。優勝候補に挙げられたライバルの多くが、「個の寄せ集め」の域を出ない戦いぶりで、多かれ少なかれもたつきを見せる中、イタリアはチームとしての組織的な完成度という点で頭一つ抜け出した存在として、国際的にも注目を集め始めた。
それに合わせて、当初はそれほどでもなかった国民の関心もうなぎ上りに高まっていく。開幕戦で1275万人だったTV視聴者数は、ラウンド16でオーストラリアに辛勝して駒を進めた強敵ベルギーとの準々決勝には、1548万人にまで増加していた。
■代表熱
(C)Getty Imagesかつて日本でも、ジーコジャパンがドイツW杯でGS惨敗を喫してからの4年間、日本代表ブームに大きな翳りが出て、2010年の南アフリカ大会直前の段階でも期待値は決して高くなかったが、W杯での健闘と共に一気に代表熱が戻ってきたことがあった。今回のイタリアもそれに近いものがあった。国は違えど、大衆心理にはそれほど大きな差はないということなのかもしれない。
このEUROで、そしてマンチーニ体制になって以来初めての、格上強豪国との真剣勝負となった準々決勝ベルギー戦、イタリアは積極的なボール支配により終始主導権を握って試合を進め、前半に2ゴールを奪って優位に立つ。2点目を挙げた直後、不用意なボールロストから突破を許してPKを献上、1点差に詰め寄られたものの、後半も75分まではほぼ一方的にゲームを支配した。
最後の15分に押し込まれたのは、それまでの5試合で圧倒的な突破力で左サイドを蹂躙し続けたレオナルド・スピナッツォーラが、アキレス腱断裂という大怪我でピッチを去るというショッキングな出来事が起こったこととも無関係ではなかったはずだ。
防戦一方に回ることになったそのラスト15分、イタリアはそれまでの華麗なポゼッションサッカーとは打って変わって、カルチョのDNAに書き込まれたあらゆる「守り倒し」の手練手管を発揮してベルギーの猛攻を受け止め、凌ぎ切るしたたかさを見せた。
相手に一方的に押し込まれてもそれを受け止めて耐え、最後の一線を決して譲らないカルチョのDNA、守備のカルチャーは、続くスペインとの準決勝で遺憾なく発揮されることになる。
このスペイン戦を前に、マンチーニ監督はチームにこう話しかけている。
「さあ、我々はここまで来た。これも間違いなく素晴らしい試合になるだろう。そのために準備し、そこに到達するため頭に血を上らせて戦って手に入れた、そんな試合だ。だから我々はピッチに立つのを幸せに思うべきだ。すごくハードで、でも素晴らしい試合になるぞ。
プレスは全力でかける。もし引いて守ることになったら落ち着いて、コンパクトに守ろう。もし向こうがボールを動かし始めたら、そうさせておけ。手前でやっている分には危険なことは何もない」
「彼らはとてもいいチームだ。若いけどすごくいい選手が揃っている。いいか、次のワールドカップでは我々と彼らが優勝を争うことになるぞ。簡単な試合じゃない。最後まで苦しむことになるだろう。でもそれを全員がひとつになってやるんだ。これまでやって来たように。そして我々が一番だということを忘れるな。OK?」
同じように「ボール支配によるゲーム支配」という哲学を掲げるチーム同士の戦いは、テクニックと戦術の両面で上回るスペインがボールと主導権を握り、イタリアは防戦一方に回るという、マンチーニの予言通りの展開になった。
散発的に作り出した数少ないチャンスのひとつをモノにして先制し、その後も続く劣勢をアルバロ・モラタのゴールによる1失点だけで凌いでPK戦にこぎ着けたこのスペイン戦は、イタリアの現時点における戦力的、戦術的な限界をあらわにするものではあった。しかしそれをGKジャンルイジ・ドンナルンマ、レオナルド・ボヌッチとジョルジョ・キエッリーニという百戦錬磨のベテランCBペアの力、そしてPK戦における運にも恵まれて乗り切ったところで、優勝への道筋が整った。
そして迎えたイングランドとの決勝がどう運び、どんな結末を迎えたかは、読者のみなさんもすでにご存知の通り。開始わずか2分という早過ぎるタイミングで先制したイングランドが、まさにそれゆえに残る88分、そして延長の30分を、リードを守り切ることだけを考えて戦う流れに自らを追いやった格好になったのに対し、イタリアは自分たちのサッカーを貫き、後半に入った67分にCKから同点に追いつくと、その後も攻勢に立ったまま120分を戦い抜いた。
■「君たちは強い」
(C)Getty Images今回のイタリア代表に、5年前のEURO2016を経験したメンバーはキエッリーニ、ボヌッチ、アレッサンドロ・フロレンツィ、ロレンツォ・インシーニェ、チーロ・インモービレの5人しかいない。その2年後に開かれたロシアW杯の出場を逃したこともあって、それ以外のメンバーはすべてこれがビッグトーナメント初体験。イタリア国内では、チームが準々決勝、準決勝と勝ち進むに従って祝祭の空気が広がり、決勝を前にした時点で人々の期待は、マリオ・バロテッリの活躍で決勝進出を果たした9年前のEURO2012と同じかそれ以上の高まりを見せるに至っていた。決勝のTV視聴者数は2058万人と、2006年のドイツW杯決勝(2580万人)以来最多の数字を記録している。
しかし、マンチーニ監督のすぐれたチームマネジメントもあって、決勝に臨もうとしているチームの表情から伝わってくる印象は、重圧よりもむしろこの大舞台を戦う喜びの方が勝っていた感すらあった。PK戦の明暗を分けたのは、技術や運以上にそうした心理的側面だったのかもしれない。
この決勝戦、マンチーニ監督はこう言ってチームを戦いの場に送り出している。
「私に言うことは何もない。君たちは自分が何者かをもう知っている。我々がここにいるのは偶然じゃない。我々の運命を決めるのは我々自身だ。審判でもなければ対戦相手でもない。誰でもない。君たちは何をすればいいかわかっている。君たちは強いチームだ。さあ行こう」
指揮官が3年前に見た「EUROで優勝する未来」は、この時すでに選手たちの中でひとつの確信にまで昇華していたはずだ。最後まで落ち着きを失うことなくボールと試合を支配して120分を戦い切り、PK戦をも制した決勝の戦いぶりは、それを物語るに十分なものだった。
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