バイエルン・ミュンヘンのヴァンサン・コンパニ監督は19日、翌日に控えるフランクフルト戦に向けた記者会見に臨んだ。その中で、レアル・マドリーのヴィニシウス・ジュニオールが人種差別を受けたとされる件について言及した。
レアル・マドリーは17日、ヴィニシウスのゴラッソでベンフィカに1-0と勝利し、チャンピオンズリーグ(CL)ノックアウトフェーズ・プレーオフ第1戦を先勝。ベスト16入りへ一歩前進した。一方でヴィニシウスは、得点直後にCKフラッグ付近で喜びのダンスを披露。その後の小競り合いの中で、相手のアルゼンチン代表FWジャンルカ・プレスティアーニから「モノ(猿)」という差別的発言を受けたと主審に訴え、試合は10分近く中断した。その後、UEFA(欧州サッカー連盟)が調査を開始するなど、騒動は収まる気配を見せていない。
コンパニ監督は、20日の会見が終わりかけたところでこの件についてコメント。それまでドイツ語で話していたが、「自分の考えを明確に伝えたいので、可能であれば英語で答えさせてもらいたい。難しいテーマだ。こういう話題について議論するのは、今や昔よりもずっと難しくなっているように感じるからね」と切り出し、TVで観戦したその試合について続けた。
「そこにはいくつか異なる要素がある。一つ目はピッチ上で何が起きたか。二つ目はスタジアム、ファンの間で何が起きたか。三つ目は試合後に何が起きたか。私にとって、この三つは明確に切り離して考える必要がある」
「まずピッチ上で起きたことについてだ。ヴィニシウスの行動そのものを見れば、彼の反応が作り物でないことは分かるはずだ。見れば分かる。あれは感情的な反応だ。彼が審判のもとへ行き、悲惨な思いをすべて自分の肩に背負い込むことに、何のメリットもない。ヴィニシウスがあんなことをする理由は本来ない。それでも彼はそうした。そして彼がそう動いたとき、心の中では、あの瞬間にそうすることが正しいと感じたからこそ行動したのだと私は思う」
「彼がそう動いたとき、次に現れたのは、普段は落ち着いた振る舞いをするキリアン・エンバペだった。エンバペは、自分が何を聞き、何を見たのかをはっきりと口にし、試合後のインタビューではさらに明確に語っている。こうしたことが起きている一方で、何を言っているのかを隠すかのようにユニフォームで口元を覆った選手もいる。結局、一方には抗議する選手がいて、もう一方には『やっていない』と主張する選手がいる。本人が名乗り出ない限り、これは難しいケースだ。それは理解している」
「しかしその背景で、スタジアム内に猿のジェスチャーをしている人たちが見える。スタジアムでそうした行為が起きていた。動画でも確認できる。それは事実だ。一方では選手間の小競り合いがあり、もう一方ではスタジアムで起きている問題がある。そして私にとってさらに最悪だったこと、あえてはっきり言うが、それは試合後に起きたことだ」
「試合後、組織のリーダーであるジョゼ・モウリーニョが、ヴィニシウスがあの瞬間にしていた行為を貶める形でセレブレーションを持ち出し、実質的に彼の人格を批判した。私にとって、リーダーシップという観点から見れば、これは大きな間違いだ。私たちはそれを受け入れるべきではない。その点についての私の考えは明確だ。そのうえ彼は、ベンフィカ史上最高の選手はエウゼビオなのだから、ベンフィカが人種差別的なはずはないとも述べた」
「1960年代に黒人の選手たちが何を経験しなければならなかったのか、知っているのだろうか。彼はエウゼビオとともにヨーロッパ各地のアウェーゲームを回ったのだろうか。おそらく当時、私の父も1960年代に自力で道を切り拓いた黒人の一人だが、当時の唯一の選択肢は、静かにしてすべてを耐え忍ぶことだっただろう。わずかな評価を得るために10倍努力し、ようやく周囲に『彼はいい選手だ』と言わせる。それがおそらくエウゼビオの人生だった」
「それなのに今日、実際に発言できる立場にいるヴィニシウスに対して、自分の理屈を通すためにエウゼビオの名前を使うのはどうだろうか。実際、ヨーロッパのさまざまなリーグでプレーしながら、声を上げられない選手たちが大勢いる。ハンガリーやブルガリア、セルビアなどだ。もし彼らに何かが起き、しかもそれが黒人選手だった場合、十分なサポートを得られる見込みはほとんどない。ヴィニシウスは少なくとも、多くの人々の支えがあって、この瞬間に抗議の声を上げられる状況にいる」
「これについて話すのは私にとっても難しい。正直に言えば、今の世界で起きている多くのことに、私自身うまく馴染めない部分があるからだ。私個人としては、今日の世界の中に自分の居場所を見つけられないと感じることがある。本当にそうだ。だからといって、私はどちらかのグループに属したいわけではない。でも、選手が置かれた状況を見るなら、私はこうあってほしいと願っている……」
「私の夢は、この状況の最後に、もしベンフィカの選手が本当にそれほど悪いことを言ったのだとすれば、謝罪し、『悪かった、間違いを犯した』と言える余地が残されることだ。そして、それが判決にも反映されるべきだと考える。判決はAかBであるべきだが、間違いを認めるのであれば、誰も完璧ではないと言える機会があってもいいはずだ」
「それも前進の一歩だろう。しかし私たちは、そうした選択肢をすべて奪ってしまっている。なぜなら、左か右か、白か黒かという構図を作り、どちらかの側に立たなければならない状況にしているからだ。実際、絶対にしてはならないことの一つは、誰かを不当に罰することだ。そしてもう一つは、自分が本当に苦しんだ出来事について訴えている人の人格を否定し、攻撃することだ。そんなことが起きてはならない」
「ジョゼ・モウリーニョがオールド・トラッフォードで膝をついてスライディングしたとき。インテルの監督としてバルセロナとの準決勝に臨み、ファンの前でパフォーマンスをしたとき。ローマがセビージャと対戦し、主審と衝突して、その主審が試合後に保護されながら国外へ出なければならなかったとき。もしあの瞬間に誰かがモウリーニョに人種差別的な発言をしていたなら、私たち全員がこう言うことを願う。『やめろ。彼のパフォーマンスなど関係ない。彼の言葉に耳を傾け、守るべき本質を守ろう』と」
「サミュエル・エトーにも起きたし、マリオ・バロテッリにも起きた。何度もね。では、それも彼らのパフォーマンスのせいだと言うのか? 確かに彼らには個性的な面があったかもしれない。でも、もしパトリック・ヴィエラに起きたらどうだ? もし私に起きたら? 実際に私にも起きた。20年前のことだ。人々は昔の話だと言うだろう。私はベティスのスタジアムにいた。ニューカッスルでプレーし、中国で亡くなったシェイク・ティオテも一緒だった。彼は黄金の心を持った、本当に素晴らしい男だった。二人とも18歳か19歳だった。試合に行くと、ベティスのファンがフェンスに登り、『ク・クラックス・クラン』を歌い、猿の真似をしてフェンスを揺らしていた。私たちはその中で試合をした」
「私はその試合でゴールを挙げたことをとても誇りに思っている。では、(人種差別は)私のパフォーマンスのせいだったのだろうか? 私は何をしたというのか? しかし同時に、それは私のキャリアの中でも最も美しい瞬間の一つでもあった。スタジアムの一般席にいた良識あるファンたちが、ベティスのウルトラスにブーイングを始めたからだ。スタジアム内で、ウルトラスの行為に納得できないファンたちの抗議が起きた。私はそれを美しいと思った。世界は完璧ではないし、さまざまな状況がある。しかし少なくとも、同じクラブのファンが『こんなのは認めない』と立ち上がる姿を見たからだ」
「それも一つの出来事だったが、時は流れ、私は指導者になった。そこまで昔のことではないが、クラブ・ブルッヘへ行ったときのことだ。私は代表チームでプレーし、キャプテンも務めた。それでも私とスタッフは『茶色の猿』と呼ばれた。私が抗議すると、この件を握りつぶそうとする政治的な駆け引きが再び行われた。結局、何の影響も進展もなかった。私のように声を持つ人間でさえこうだ。声を持たない人たちはどうなるのか」
「こうした問題とともに育つと、見えてくるもの、感じるものがある。それは、いつかどこかでこれが機会の欠如につながるのではないかという不安だ。なぜなら、人はどんどん遠ざけられ、ますます型にはめられていく一方で、本来なされるべきこと、つまり互いに努力して歩み寄ることが、まったく逆の方向へ進んでしまうからだ。一つのグループ、もう一つのグループへと分断され、ただ離れていく。

