Roberto BaggioGetty Images

元伊代表バッジョ氏が回想「日韓W杯は私の夢だった。直前のケガで引退も考えていた」

元イタリア代表のロベルト・バッジョ氏が自身の半生を描いたドラマの発表会に出席し、2002年日韓ワールドカップなどについて言及した。イタリア紙『コリエレ・デロ・スポルト』が24日、伝えている。

バッジョ氏は現役時代、フィオレンティーナやユヴェントス、ボローニャなどで活躍。ユヴェントスやミランでスクデットを獲得したほか、1988年から2004年にかけてはイタリア代表としてプレーし、3度のW杯出場を果たした。また1993年にはバロンドールを受賞するなど輝かしいキャリアを築いた。

そんなバッジョ氏だが、日韓W杯を目指していた矢先の2002年1月、左ひざ十字じん帯断裂および半月板損傷という重傷を負い、自身4度目のW杯出場を逃した経験がある。当時35歳のバッジョ氏は奇跡的な回復を見せ、シーズン中に実戦へ復帰。しかし当時のイタリア代表指揮官ジョヴァンニ・トラパットーニの選考で落選し、あまりの絶望から引退を考えていたことを明かした。

「2回目のひざじん帯の断裂を負ったとき、引退を考えたことがあった。私の夢は2002年日韓W杯に出場することだったんだ。あのケガをしたときは、大会まで数カ月しか残されておらず、本当に絶望した。『ここで引退した方が良い』とさえ思ったんだ。それから周囲の人たちからアドバイスを受け、怒りは静まった。物事の見方も変化したことで、再び夢を抱けるようになったんだ」

またバッジョ氏は、子供時代にフリーキックの練習をし、たびたび父親のオフィスの窓ガラスを壊していた過去を明かした。「父のオフィスの窓ガラスを何枚壊したか考えもつかない。FKの練習をしていて、時々窓ガラスを割ってしまうことがあった。父にボールを取り上げられる前に取り戻すのが問題だったよ」と振り返った。

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