モハメド・サラーは相変わらずアンフィールドで最も冷静な男だった。
ファンやチームメイト、もしかすると記者席に座る人も、あの瞬間、冷静さを欠いてしまっていた。だがこのエジプト人はただ微笑んでいた。
両手を合わせて目を閉じると、サラーは左足を持ち上げて右足につけた。
ナマステーー
KOP(アンフィールドのゴール裏スタンド)もこの日はエジプトの王に頭を下げた。サラーはリヴァプールで卓越したゴールをいくつか決めてきたが、2019年4月の午後に行われたチェルシー戦で放ったミサイルのようなシュートほど、驚愕のスペクタクルを演じたゴールはほとんどない。
そして、これほど記憶に残るセレブレーションも多くない。
「僕はヨガが大好きだからね」
有名になった「木のポーズ」を披露した後、サラーはその理由について「ヨガをやっているから、あの時ちょうど頭に思い浮かんだんだ」と説明している。
究極のアスリート、究極のプロフェッショナルとして知られるサラーは、長年ヨガを実践。ヨガの恩恵を受けるトップレベルのサッカー選手の一人だ。
クリスティアーノ・ロナウド、リオネル・メッシ、ダビド・シルバ、ズラタン・イブラヒモヴィッチ、アーリング・ハーランドらはヨガをトレーニングやリカバリーのルーティーンに含めている。40歳を過ぎてもプレミアリーグの第一線で活躍したライアン・ギグスがヨガを重要視していたのは有名な話だ。
10年前は、プロのサッカー選手がヨガを取り入れるとなれば、ニュースに大きく取り上げるほどの出来事だった。だが今日ではヨガのインストラクターを雇う欧州クラブもあるほどで、レクチャーを受けたい選手が選択的に受けるのではなく、義務として受講しなければならないこともしばしばだ。
では、なぜヨガなのだろうか?ヨガをすることで何が得られるというのだろうか。
■「サッカー選手にとって良い」効果とは?
(C)Getty images「役立つことは色々あります」と『Goal』に話すのは、グレーター・マンチェスターのチードルにあるヨガスタジオ「Yoga Bee」を経営するデブス・ベイズリーだ。
「ヨガは柔軟性を上げ、可動域を広げることができます。だからサッカー選手にとって良いことなのは間違いありません。ケガのリスクを減らすことにもなりますし、ストライドを大きくすることもできる。体幹を強くする効果も大きいですね」
ベイズリー氏は多くの現役サッカー選手や元選手を受け持っている。始めはほとんどの選手が懐疑的だが、すぐに考えを変える、と笑いながら説明した。
「現役選手や元選手、若い選手やベテラン選手など、色々な方が混ざっていますよ。長年サッカーをやっている選手がヨガを始めると、もっと早くやっていればよかったと思うようです」
「スポーツでは体にとても大きな負荷がかかります。ケガのせいで若くして引退しなければならなかった選手を今二人受け持っています。一人は30代にさしかかったばかりに引退しています。これがすべてを物語っているように思います」
「ヨガについて誤解をされていることがたくさんあります。ほぼ女性のためのものだろうとか、『チャンティング』(※呪文を唱えること)や『オーミング』(※バラモン教の聖音を唱えること)をしながら輪になって座っているのだろう、とか。それ以上に、長年ヨガに関わる中で受ける一番多い誤解は『ヨガは簡単だ』ということです。実際はそうではありません。私が関わってきた選手たちはかなり早い段階でそのことに気がついていますね」
それでは、サッカー選手に対してベイズリー氏はどんなヨガの手法を薦めているのだろうか。
「いろんなタイプのものがありますし、それぞれ違う効果があるんです。だいたいサッカー選手は『速習ヨガ講座』みたいなものを求めています。それよりもっとよい効果があるのは、ゆっくりした進度のクラスでストレッチにじっくり取り組むことだと思います。『陰ヨガ』や『パワーヨガ』など、ポーズを維持するけれど、あまり長くはないものがよいと思います」
「バランスや、片足スクワット、木のポーズ(サラーのような)、そういったことを多くやっています。フットボールとはバランスを崩すことが多いスポーツです。ボールを蹴る頻度はどちらか片方の足の方が多くなりますし、片足で飛び上がったり着地したり、進行方向を急に変えたりします。だから体幹の強度やバランス感覚を高めることがとても役に立つんです」
さらにベイズリー氏は続ける。「毎回最初に、『太陽礼拝』と呼ばれるポーズをいつもやっています。これが全身のウォーミングアップになります」
「試合や練習の前には、特に激しくヨガをやるのはお勧めしません。ですが『太陽礼拝』はとても役に立つと思いますよ。10分以内に終えることができますからね」
それでは、精神にとっても役立つことはあるだろうか?
例えばアントニオ・コンテは、ヨガや瞑想を実践することで試合中冷静でいられるようになると語っていた(実際に上手く行っているかどうかは皆さんの判断にお任せしよう)。例えばエクトル・ベジェリンのように、ヨガのおかげでナイトゲームの後よく眠れるようになったという選手もいる。
「やったことのない方に説明することは難しいのですが」と前置きしつつ、ベイズリー氏は「選手生命を長くするだけでなく、ヨガによって考え方を変えることができると考えています」と主張する。
「例えば、間違いなく心を落ち着かせることに使えます。心拍数を下げることに役立ちますから、心臓にとっても良い効果があります。集中力、回復力、ストレスを減らすこと、眠りの質を上げることにもつながるでしょう」
「サッカーをプレーするということは、間違いなくとてもストレスのかかることです。どんなプロスポーツについても言えることですが、プレッシャーや精神的な緊張はとても強いですから、呼吸法や集中するための技術を教われば役に立つはずです」
「呼吸は生命にとって大切なことですが、あまり重要視されていません。私は毎日自分にずっと『呼吸しろ、呼吸しろ!』と言い聞かせているんです」
「胸を使って呼吸する人が多いですが、それはストレスがかかっているからなのです。そういう人はお腹で呼吸しません。だから肺が満たされないのです。ヨガでは皆さんにそういうことを教えています」
■「ウォームアップよりも体を慣らせる」
(C)Getty Imagesサラーやロナウドのようなサッカー選手は、プライバシーを重視して、ほぼ毎日家でヨガを実践しているが、ベイズリー氏のスタジオのようなクラスに参加し、講習を受ける選手も多いという。
「みんなそれぞれ違うのです」とベイズリー氏は語る。
「重要なのは、ヨガを自分の人生の一部にすること、ルーティーンにすること、一日の一部として取り入れることです。フットボーラーについて言うなら、彼らにとってはリカバリーの一部として重要でしょう」
「週に2回、適切なクラスに行けば効果が見えるでしょう。進歩するために必要な技術も学べます。そして試合前に15分ヨガのストレッチをやれば、他のウォーミングアップよりもずっとよく体を慣らすことができますよ」
「今はサッカー界、スポーツ界がギリギリの状態になっています。そういう観点から見れば、ヨガがクラブや選手のルーティーンにとって大きな存在になってきているのは驚きではありません。さっきも言ったように、得られることがとても大きいですから」
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