■205秒のハットトリック
ギフト・オルバン。この名前を耳にしたことがあるサッカーファンはそれほど多くないだろう。だがこのエラス・ヴェローナの23歳は、ヨーロッパ大会史上最速ハットトリック記録を持つ選手だ。わずか205秒で3度ボールをネットに突き刺し、堂々と歴史に名を刻んだ逸材である。
「人生は贈り物」。彼の名前はどこか詩的である。しかし、この決まり文句に彼は同意しないだろう。ナイジェリア出身のオルバンは、『Sporza』で苦しい幼少期についてこう明かしている。
「僕はストリートの子どもなんだ。両親はそれぞれ家を持っていた。父はナイジェリアに、母はトーゴに。僕はラゴス(ナイジェリア)郊外で、小さい頃からサッカーを始めた。みんなが酒や薬物の影響で傷つけ合っていたね。最近、友人と数日間ブリュッセルに行ったんだ。車に戻ると、完全に荒らされていた。現金、キャッシュカード、パスポート……友人は怯えていた。僕?ああいうことは毎日のように経験していたからね」
オルバンは今も、厳しい幼少期と向き合うのに苦しんでいる。フランス『レキップ』のインタビューでは、「とても辛かったし、あまり話したくない。僕の問題はあなたに説明できないと思う。あなたには理解できないよ。だって、ヨーロッパで生まれたんだから。フランスで貧しければ、国が助けてくれる。財団や慈善団体もある。アフリカでは、誰も何もくれない。そして餓死する。だからみんなサッカーをやりたがるんだ」と語る。
「ベヌエ(オルバンが育ったナイジェリアの地域)では、家族にお金がなければ生きていけない。それが僕を突き動かしている。二度とあんな経験はしたくない。僕たちは毎日、自分たちで食べ物を見つけなければならなかった。今は貧しい人たち、孤児、僕と同じあるいはもっと過酷な人生を送る人なら誰でも助けたいと思っている」
「貧困が何かわかる? ヨーロッパとアフリカの貧困は、比べものにならない。ある場所で眠ると、耐えられないほどだ。そして目覚めても食べるものが何もない。これ以上このことについては……質問しないでほしい」
■“悪童”
彼がどういう人間かは、上述のインタビューではっきりわかるだろう。「僕は思ったことをはっきり言うよ。僕は正直だ。僕を知らない人は『変わっている』と思うかもしれなお。でも近くにいれば、僕がとても礼儀正しい人間だと分かるはずだ。僕は本当に色々な出来事を経験してきた。それが今の僕を作った。もう何も怖くないよ」
そして彼がプレーするイタリアの人々も、間違いなくそれに気づいている。オルバンはエラス・ヴェローナの黄色と青のユニフォームを身にまとい、自らの主張をはっきりと示す。数週間前、ナポリ相手に2-0とするゴールを決めた後、彼はナポリのファンでいっぱいのコーナーへ走り、指で銃の形を作って空に向けて数発の弾丸を放った。そして両手でナイフの形を作り、自分の喉を切る仕草を見せた。 わずか2週間前にも、オルバンは開始11分で主審に暴言を吐いて一発退場。2試合の出場停止処分を科されている。
確かに、こうした行動を見れば彼を“悪童”と批判する人がいるのも納得だ。だが、エラス・ヴェローナはそれを受け入れる覚悟がある。このナイジェリア人FWは、最下位に低迷するチームの疑いようもない得点王だ。チームで2ゴール以上奪っているのは彼だけ。積み上げた7ゴールは、なんとか残留を目指すチームにとってかけがえのないものである。
■ヨーロッパ挑戦
オルバンは、キャリアを通じてずっとそれをやってきた。ナイジェリアの砂地のグラウンドを走り回り始めた頃からずっとだ。「子どもの頃、いつも浜辺で遊んでいた。砂の上では、ただサッカーをするだけじゃなく筋肉を全部鍛えられるんだ」と彼は説明する。13歳のとき、父親は彼をトレーニング機関に入れた。だが、本人はあまり乗り気ではなかったようだ。
「本格的なアカデミーに行ったのは、だいたい13歳くらいになってから。自由が必要だったんだ。ストリートなら自分の好きにできたけど、アカデミーだと怒鳴られるからね」
それでも、父親は正しかった。バイソンFCのユースチームがトーナメントに参加したとき、会場は海外のスカウトでぎっしりだった。そして、スターベク(ノルウェー)のスカウトが俊敏で屈強なストライカーに好印象を抱き、トライアルに招くことに。最初のトライアルは決定的な説得力を欠いたものの、数カ月後に再び声をかけている。彼の代理人は『The Athletic』のインタビューで「もしスタベクが考え直していなかったら、オルバンがヨーロッパに渡れなかった可能性は非常に高い」と語っている。
2度目のチャンスを得たオルバンは、それを逃すつもりはなかった。ノルウェー時代を冗談交じりにこう振り返る。
「監督が僕を出してくれて、いきなり2ゴールを決められた。次の試合でも同じことをやったね。それで波に乗ったんだ。でも、認めないといけない。あそこでの生活は大変だったよ」
「初めて気温が0度前後、あるいは氷点下になるのを経験した。それにノルウェー語が……。耳が痛くなるよ! あの国は本当に好きになれなかった。頭の中では、次のステップに進むために全力を尽くすって、もう決めていたね。あそこにはどうしても居続けられなかった」
そして、その移籍はかなり早く実現することになる。ジョナサン・デイビッドを発掘したKAAヘントのスカウティング部門が、新たな逸材ストライカーを見いだしたのだ。だが、スカウティング責任者サミュエル・カルデナスはクラブの説得に苦戦。何カ月にもわたって懇願した末、クラブはついに折れ、スターベクに450万ユーロを支払うことになる。当時、これはクラブ史上2番目に高額な移籍金だった。
■「ブラック・ハーランド」
オルバンはすぐに、その金額以上の価値があることを証明する。ヘントでの最初のシーズンで22試合20ゴールを奪ってみせた。8カ月の間に5度のハットトリックを達成。SNSではすぐに「ブラック・ハーランド」と呼ばれ始める。
ヨーロッパ大会でも特筆すべき記録を打ち立て、カンファレンスリーグのバシャクシェヒル(トルコ)戦ではたった「205秒」でハットトリックを達成。これはヨーロッパ大会最速記録だ。ベルギーではそのスピード、ゴールへの嗅覚、そして異常とも言えるパワーは得ベルであり、スタンダール・リエージュ戦ではキックオフからそのままゴールへ向けてボールを蹴り込んでいる(シュートは残念ながらバーに直撃)。
当然、彼の活躍は世界中のスカウトの目に留まり始める。中でも熱心だったのは、トッテナム・ホットスパーだ。最終的にはブレナン・ジョンソンを選んだが、オルバンがプレミアリーグに挑戦する可能性は十分にあった。
しかしベルギーでの2年目、オルバンのエンジンは失速する。前シーズンの得点記録を再現できず、苛立ちを隠すのも難しくなった。ハイン・ヴァンハーゼブルック監督はベンチに座らせることが増え、オルバンは大いに不満を募らせた。 指揮官は「彼にとって簡単なことではない。昨年は彼がヒーローで、触れるものすべてが金になるようだった。今はコインの裏側を経験しているが、それは将来に向けて彼をより強くするだけだ」と自身の決断を説明している。
■夢の舞台
最終的に移籍は避けられないものとなったが、最終的にヘントが受け取るのは「わずか」1400万ユーロ。これは前年夏に要求していた約3000万ユーロの半額以下だ。そしてこの金額を支払ったフランスの名門リヨンが期待のストライカーを引き抜くことに成功する。
しかし、リヨンでもオルバンの出場時間はごくわずかだった。当時はクラブのレジェンドであるアレクサンドル・ラカゼットが最前線に君臨しており、オルバンの出場時間はわずか数分間。結局、リヨンの不安定な財政状況も一因となってすぐに退団が決定。新天地はドイツ、ホッフェンハイムだ。新たなクラブでは最初の7試合で4ゴールと素晴らしいスタートを切った。だが、あっという間に再びベンチが定位置となると、買い取りオプション付きの1シーズンレンタルで2025年夏にエラス・ヴェローナへと移籍することになる。
そして前述の通り、イタリアの地では最下位に沈むチームで孤軍奮闘。22試合出場時点で7ゴール2アシストを記録し、エースとしてチームを牽引している。しかし、降格が現実的となっているクラブが800万ユーロの買い取りオプションを行使するとは考えにくい。荒削りながら抜群のポテンシャルを持つ23歳は、今夏に再びクラブを変えることになるだろう。
そんなオルバンは、キャリアを通じて夢見てきた舞台がある。プレミアリーグだ。「僕の究極の夢はプレミアリーグでプレーすることだ」と宣言する。そして彼らしく、はっきりとこう語る。
「マンチェスター・ユナイテッド、リヴァプール、マンチェスター・シティとかね。だけど、アーセナルにはあまり惹かれないんだ。彼らはまるでタイトルを獲りたがっていないみたいだから。僕は優勝を目指すクラブへ行きたい」
プレミアリーグの名門クラブに加入できるのは、真に選ばれた選手のみ。今夏にいきなり彼が挙げたようなクラブに行くのは現実的ではないだろう。それでも、ポテンシャル抜群で強烈なキャラクターを持つこの逸材が最終的にそうしたメガクラブにたどり着く可能性はある。彼の歩んでいく道筋を今から注目してみても、損はしないだろう。
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