元エクアドル代表のアントニオ・バレンシアがレアル・マドリ―と契約できるチャンスがあったと明かした。17日、『マルカ』が伝えた。
クリスティアーノ・ロナウドがレアル・マドリ―へ移籍した翌年にマンチェスター・ユナイテッドへ加入したバレンシア。同選手と入れ替わるような形での入団は、バレンシアにとっては苦痛だったという。
「クリスティアーノはそのシーズンに40ゴールほど決めていたので信じられない思いだった。アイドルが去ることに人々は悲しんでいた。ウィガン(ウィガン・アスレティックFC)から来た私を人々が受け入れてくれなかったから大変だったよ。彼らは私がクリスティアーノの代わりをするつもりだと思っていたが、そうではなかった。私は自分の仕事をするつもりだった。最初の試合は非常に厳しく、ボールを持つたびにプレッシャーを感じた。マスコミは毎日報道していたし、なかなか楽しい時間を過ごせなかったよ」
背番号7の後継者としてのプレッシャーに苦しんだバレンシアだったが、新天地で奮闘。ユナイテッドでは公式戦339試合25得点58アシストを記録したほか、一時は背番号7を着用するなど、ユナイテッドの中心選手として輝きを放った。
「ユナイテッドの日々は素晴らしかった」と回想したバレンシアは背番号7を背負うことになった経緯について、「私は休暇中だったのですが、ファーガソン監督が電話をかけてきて、背番号7のシャツを着てほしいと言ってたんだ。私はファーガソンに『ノー』と言うつもりはなく、喜んでいると伝えた。マンチェスターにとって歴史的な数字だったからね。背番号7のユニフォームを着て、アシストやゴールなど素晴らしい試合を10試合したけれど、その後に非常に深刻なケガを負ってしまい、シーズンの終わりに背番号7のユニフォームを手放したんだ」と、その後は背番号25に変更していた。
ユナイテッドでは右サイドバックやサイドハーフを主戦場に活躍し、2度のプレミアリーグ制覇などに貢献。ユナイテッドで輝きを放ったバレンシアの元にはレアル・マドリ―からのオファーもあったという。
「レアル・マドリーと契約する機会があったんだ。実は、クラブの幹部と会議もしていた。私はそのアイデアがとても気に入ったが、常に家族のことを考えていたので、家族が決断を下した。家族はマンチェスターで幸せだと私に言っていたか、私もそこに留まることを決めた。私たちは引っ越さなかったからこそ、素晴らしい10年間を過ごせたんだと神に感謝したよ。レアル・マドリーの人々が私に会う機会を与えてくれたこと、そして彼らが私に興味を持ってくれたことに対して、私は常に感謝している」
その後バレンシアは2021年に現役を引退した。




