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【高校サッカー選手権コラム】65歳。前橋育英の“山田耕介先生”が向き合ったサッカーと情熱の間で

 高校サッカー選手権は1月13日に決勝を迎え、前橋育英高校(群馬)が流通経済大学付属柏高校を1-1からのPK戦の末に下し、7年ぶり2度目の栄光に輝いた。就任43年目、65歳の名伯楽・山田耕介監督は「この選手たちを勝たせてあげたかった」と感慨深げに語った。【取材・文=川端暁彦】

チャーミング系の名将

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「そんなこと言ったって、サッカーなくなったら死んじゃうんじゃないの?」

 前橋育英高校を率いる山田耕介監督が「引退」を口にしたとき、「女房から言われた」言葉だそうである。

 2017年度の第96回全国高校サッカー選手権大会で初優勝を経験。当時は“校長先生”でもあった。「勝つべくして勝った」と評された戴冠を経て、「やり切った気持ちもあった」そうである。

“校長先生”を退くに際して、そのまま指導者としてもリタイアする選択肢は当然あった。「でも、自分の中に『サッカーの指導者としてやってみたい』気持ちもあった」と言う。

 校長職を退いたあとに山田監督を訪ねると、「サッカーに専念できるようになったんだ」と満面の笑顔で、すっかりサッカー漬けになった新しい生活サイクルについて語ってくれた。

 PCを使って映像を切り取るような、現代のコーチには欠かせない作業にも取り組んだ。

 それは大変だろうと思ったら、「どういう映像を選手に見せたら良くなるのか、どう伝えればいいのか考えるのも楽しいんだよな」と、むしろ喜んでいた。

 「自分がわかってないと(スタッフに)指示もできないから」といった趣旨のことも話していたが、引退後にそこまでエネルギーを持って「学び」ができていること自体に、この監督が人を育て続けられている理由があるようにも感じた。

 そのとき、元Jリーガーであり、片腕と頼む湯浅英明コーチについて、「こいつの練習メニューは凄いんだよ」と自慢げに語っていたのも印象的だった。世の中にはコーチに嫉妬してしまうような監督も少なくないが、そういうムードはまったく出さない。

 教え子である松下裕樹コーチを含め、「自分のあとを託せる人は育ってきている」という手応えはあると語りつつ、「もう少しやりたくなっちゃうんだよな」と茶目っ気たっぷりに笑う。

“校長監督”という特殊な立場で栄冠を勝ち取った前回と、「日々サッカーに向き合える幸せを感じている」と語る指導の積み重ねで得た今回の栄冠には、少し違いもあるようだった。

うまくいくことばかりじゃない

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 「日本一勝負弱い監督と言われて来たからね」と言う山田監督は「人生、うまくいくことばかりじゃないから」というモットーに基づき、選手たちを導いてもきた。

 「本気でぶつからないと、こっちが本気であることが伝わらないと、選手たちは動かない。冷めた感じで接したていたら、伝わらない」(山田監督)

 サッカー的な視点で「映像を使って伝えるのは、今の子にめちゃくちゃいいんだよ」と言いつつ、教師的な目線で「でもそれだけだと、伝わらないものも出て来ちゃうんだ」と補完する。そのバランスの中で、今年もチームと向き合ってきた。

 今季の前橋育英というより、今大会の前橋育英は「うまくいかないことばかり」だった。

 試合内容も試合展開も満足できる流れになったことは「ほとんどない」(山田監督)。過去の前橋育英と比べても、戦力的に特段恵まれていたチームというわけでもないだろう。

 ただ、最後に、特に決勝に至っての成長力は随一だったかもしれない。「強く激しく美しく」という前橋育英が掲げてきたスローガンにふさわしいパフォーマンスを見せたチームは、“山田先生”に2度目の栄冠をもたらした。

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