ヴァイッド・ハリルホジッチ氏の解任からロシア・ワールドカップ(W杯)での奮闘、そして森保ジャパンでの新たなスタート――。2018年も多くのサッカーファンが日本代表の戦いに一喜一憂した。
『Goal』では、日本代表を長年取材する北條聡氏、飯尾篤史氏、川端暁彦氏という3名のサッカーライターに、2018年のサムライブルーを総括してもらった。「ロシアW杯」「森保ジャパン」「アジアカップ2019」という大テーマをもとにした鼎談(ていだん)の模様を前編・中編・後編としてお届けする。
前編では、ハリルホジッチ氏から西野朗氏への監督交代、そしてコロンビア戦を皮切りとしたW杯での躍進、決勝トーナメント1回戦でベルギーに屈した一戦を改めて振り返る。
■ハリルホジッチ解任の衝撃

飯尾:まずはW杯前、ハリルホジッチ監督が解任されたところから振り返りましょう。3月にマリと引き分け(1-1)、ウクライナに敗れて(1-2)、JFA(日本サッカー協会)の田嶋幸三会長は指揮官解任という決断を下しましたね。当時の率直な感想は?
北條:最初はさすがに驚きましたね。ただ、田嶋会長はよく決断したなと。あのタイミングで解任となれば、本人への謝罪はもとより、違約金、後任人事の調整など、多くの仕事をこなさなければならない。さらにW杯で結果が出なければ任命責任も厳しく問われる。保身に走るなら、むしろ避けたい決断でしょう。これだけのリスクを負ってもなお、決断しなければならない理由があったということですね。
川端:確かに大きなリスクを伴う決断でした。アギーレさんのときみたいに、何か公になっていないような事件が起きたのかと思いましたが……そうではなかった。
飯尾:ハリルホジッチ監督がラスト一カ月で“チームを一気に仕上げる”ことを考えていたのは確かだと思います。ただご存知のとおり、これは悪い意味だけではなくて、ハリルホジッチはかなり選手を“追い込む”監督でしたから、選手たちが付いて行けたのかどうか。
川端:田嶋会長が説明した主な解任理由は「選手とのコミュニケーションや信頼関係が薄れてきた」でしたね。いろいろと陰謀論もありましたけれど、実際のところそういう力が働く状況でもなかった。何せ本番の3カ月前ですからね。
北條:僕も個人的に、ハリルホジッチの解任に反対していたわけではありません。もちろん、アルジェリア代表でも実際に史上初の16強に導く快挙を達成した実績があった。所変われば品変わる、というのはこの世界では往々にしてあります。ポイントは指導の仕方や戦い方が、日本代表に合っていたのかどうか。あくまで個人的な意見ですが、当時の日本の選手たちには合わなかったかなと。監督としての力量云々はまた、別の話だと思います。
川端:すぐ単純化されてしまうのはよくないですよね。ハリルホジッチさんが有能か無能かどちらの説が正しいのかみたいな、そんな極端な議論はそもそもおかしいんです。どれほど名監督と言われる人でもうまくいかないときはうまくいかないですし、その逆もあるのがサッカーですから。ましてやハリルホジッチさんが善人か悪人かみたいな議論は、もっとどうでもいい。そんなのは切り取り方次第に過ぎません。
しかし、解任後も大変でしたよね。西野朗監督が就任してからガーナ(0-2)、スイス(0-2)に連敗。勝ったのはW杯前最終戦のパラグアイ戦(4-2)のみ。飯尾さんは選手たちと接する中で、どう思いました?
飯尾:正直、間に合わないんじゃないかと思いました。ガーナ戦で3バックをやったかと思えば、スイス戦では4バックに戻したり。直前のオーストリア合宿でもメンバーをコロコロ変えながら探り探りだったし、戦い方も西野監督が指示を出すのではなく、選手たちに徹底的に議論させて、決めていた。スイス戦後には長友佑都なんかもかなり危機感があると発言していましたから。でも、直前のパラグアイ戦で岡崎慎司と武藤嘉紀、香川真司、乾貴士が出場して、前からプレスを掛けて、それがハマって勝利した。その後、W杯の戦いはご存知のとおりですよね。コロンビア戦での勝利で勢いに乗り、チームのムードもものすごく良くなってベスト16に進出した。
■日本が“最大瞬間風速”を出せた要因
(C)Getty Images飯尾:W杯全体を振り返って感じたことはありますか?
川端:やはりW杯は、あくまで短期決戦なんだということを改めて実感しました。なんでも起こり得る。4年間積み重ねてきたものが問われる大会ではあるんだけど、4年間の平均値が問われる大会ではないんです。あの1カ月で強いチームが強い。過去の歴史が証明する通りです。特にアウトサイダーの国が結果を残すには、ちょっとした爆発していく要素が必要です。4年間の平均風速なら大国が強いのは当たり前ですからね。最大瞬間風速をどうやって出すかという意味で、たとえばクロアチアは最高でしたし、日本もあの流れの中で出せる最大瞬間風速は出せたのかなという印象です。
飯尾:なぜ最大瞬間風速が出たかと言えば、日本サッカーの歴史もあると思いますね。長谷部誠や本田圭佑、川島永嗣らが南アフリカW杯でベスト16に進出して、ブラジルW杯では優勝を目標に掲げていたけど、惨敗した。彼らにとってロシアW杯は集大成というか、香川も含めて相当な覚悟を持って4年間過ごしてきて、リベンジの想いが強かった。若い選手たちも、そうした彼らの行動や覚悟を見てまとまり、最大瞬間風速が出たという印象を取材している中で感じましたね。2-3で敗れたベルギー戦でも、試合後の選手たちは出し尽くした様子でした。
北條:もちろん悔しかったけど、個人的には負けて悔しいと思えること自体が嬉しくもありましたね。ベルギーは、プレミアリーグオールスターみたいなチームだよ。僕は古い人間だから、そもそもW杯でベスト16に行くことすら驚異なんだけど…(笑)。しかも今回のようなサッカーをやってくれて、不満はなかったね。
川端:個人的には、あのベルギー戦についても不満はありましたけどね(笑)。ただ同時に、やはり6大会連続で出場しているという「積み重ね」のアドバンテージ、重要性も感じました。2回目、3回目の経験の選手がたくさんいて、「W杯経験」という意味ではコロンビアやセネガルよりあるんですよ、日本は。特にコロンビア戦はそこがポイントだったとも思います。それはスタッフもそうで、コンディショニングの部分で成功できたのも過去の経験が生きたから。W杯で調整に失敗した苦い経験も含め、蓄積してきたノウハウを活かした結果、あそこまで行けた。それはポジティブに捉えたいですね。
■ロシアW杯のMVPは?

飯尾:今回のW杯では色々なヒーローが出ましたけど、今改めて振り返ってロシアでの日本代表のMVPを決めるとすれば誰を選びますか?
川端:僕は昌子源を推したいですね。Jリーグ組で唯一、レギュラーとして出ての活躍ですが、まさに抜擢でしたよね。西野監督のそういうところはさすがでした。
北條:パラグアイ戦で母体が見えたのかもしれないけど、香川、乾、原口と並べて、その後ろに柴崎を置くという西野監督の選択はすごいと思いますよ。もちろんチームだから、23選手がいてチームなんだけど、やはり11人の誰を並べるか、というのはそれはそれで無視できない話。選手に聞くと、やはり長く一緒のチームでやってたからって必ずしも阿吽の呼吸でできるわけではない。いきなり集まっても合うヤツは合う、っていう世界。要するに、指揮官にこれが見えるか見えないかというのは、大事な問題だと思いますね。
飯尾:では、北條さんのMVPは誰ですか?
北條:乾貴士だとありきたりなので、彼は名誉MVPとして(笑)。個人的には柴崎ですね。なぜか、と言ったら、予想以上だったから。もちろん長谷部の存在は大きかったですけど、チームが攻守にわたって機能するうえで重要だったのは、中盤中央の長谷部と柴崎だったと思います。柴崎があそこまでディフェンス面でタフに闘えるとは正直、思っていませんでした。飯尾さんは?
飯尾:昌子を挙げようと思っていたんですけど、川端さんと同じになってしまうので、本田にします。初戦と二戦目で見せた勝負強さ。セネガル戦のあのゴールは、痺れました。それに献身性。サブに回っても、それを受け入れてチームの為に尽くす姿勢は素晴らしかったです。ベルギー戦でも最後、FKからあわや、というシーンを作った。流れは間違いなく日本にあったし、押せ押せだったので、CKからゴールを狙うのも仕方ないなと。もちろん、あのベルギー戦の“14秒”については、いろいろ議論がなされるべきだと思いますけど。
■W杯から学ぶこと
(C)Getty Images川端:僕は逆にあの“14秒”にフォーカスされ過ぎているとも感じますけどね…。あそこで延長を選んで勝てていたのかというのもそうですし。まあ、タラレバを言っても仕方ないですけど。
飯尾:現場にいた人間は誰も本田がCKを蹴ったことを批判したりしてなかった。やはり、流れが日本に傾いているというのを感じていたし、ここでもう一回、コロンビア戦のように大迫勇也に合うんじゃないか、みたいな空気があったので。
川端:高校生の試合とか見てると、コーナーキックからのカウンターとそれを阻止することを意識する守り。どちらもちょっと変わったと感じることがあります。実際に成功したシーンで選手に聞いたら、「ベルギーのイメージでした」なんて話が出てきましたからね。
飯尾:あのシーンは、ドーハの悲劇に匹敵する日本サッカー界の財産ですよね。
北條:でも日本代表は本当にすごいと思いますよ。あの『ドーハの悲劇』以来、ただでは転ばない。これだけドラマつくって…。本当、ドラマづくりが上手い(笑)。
日本はいい歩みしていると思いますよ。日本より強いと思われているメキシコなんて、7大会連続でずっとベスト16の壁を破れていない。でもメキシコはそういう中で、試行錯誤している。一貫しているのはポゼッションスタイル。ただ、同じタイプの格上には位負けしてきた。今回、彼らは(グループリーグ初戦の)王者ドイツを徹底的に研究してカウンターで仕留めるなど、ポゼッション一辺倒ではなく、戦い方の幅を広げている。それでもベスト16の壁を破れない。ロンドン五輪でブラジルを下して金メダル獲ったり、一つずつやっていて、確実に強くなっている。それでもなかなか上に行けない世界なんですよね。
川端:その中で、メキシコは例えば「大型の選手がいない」という課題を抽出し、育成年代の代表から大型化を進めていっています。あの舞台にいくからこそ反省点が出て、それを次の世代へフィードバックできる。日本もそういう部分が大切だと思います。今回、ハリルホジッチが解任される中で結果として「素の日本代表」のようなものが出たと思うんですが、それによって足りないものも見えた大会だと思います。次の大会には間に合わなくても、次の次の大会にはこのフィードバックは生きてくる。そういうのを繰り返していくことが肝心でしょう。
北條:それで言えば、森保ジャパンはロシアW杯の“続き”のような気がします。同じドラマのシーズン2という感じ。そんな気配が森保ジャパンにはありますよ。
飯尾:そうですね。では次のテーマ「森保ジャパン」の2018年について振り返っていきましょう。
【中編】2018年のサムライブルー、漢字一文字で表すなら? 日本代表の現場記者が森保ジャパンを本音で語る
【後編】アジアカップ戴冠へ…日本代表記者が討論。2019年の森保ジャパンに期待することは?
【記者プロフィール】
北條聡
1968年生まれ。栃木県出身。1993年、ベースボールマガジン社に入社し『週刊サッカーマガジン』編集部に配属。日本代表や五輪代表などの担当を歴任。2009年~2013年まで編集長。1996年アトランタ五輪、2002年日韓ワールドカップなど取材実績多数。2013年以降はフリーランスとして活動。古巣の『サッカーマガジン』や『Number』(文芸春秋)などに寄稿。著書に『サッカーは5で考える』(プレジデント社)など。
飯尾篤史
1975年生まれ。東京都出身。『週刊サッカーダイジェスト』編集部から2012年に独立して、フリーランスのスポーツライターに。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)『残心 中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)など。
川端暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画し、後に編集長を務めた。2013年8月にフリーランスとしての活動を再開。各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。
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