苦しかったが、楽しかった。矛盾するように聞こえるかもしれない見解だが、U-20南アフリカ代表との死闘を終えたDF冨安健洋(アビスパ福岡)にとっては、至って自然な感想だったようだ。「楽しかった」と笑顔で言い切った。
前半が苦しかったのは立ち上がりに失点してしまったからだ。ディフェンスラインの上げ下げにおける意思統一を欠いてしまったミスから、ゴール前で迎えたピンチ。相手のシュートがブロックに入った冨安の体に当たり、無情のゴールとなってしまった。「相手のシュートも(枠を)外れていたということだったので、後からそれを聞いてちょっとショックでした」と本人も苦笑い。もっとも、入ってしまったこと自体は必死のプレーの結果なので仕方ないものだった。冨安は「すぐに切り替えられた」とも言う。
この失点の流れから生まれた劣勢を挽回したのは20分過ぎから。流れを引き寄せた日本は後半の立ち上がりに同点、そして72分に逆転ゴールを決めて試合をひっくり返してみせる。ただ、ここから試合は一気に苦しくなった。南アフリカが前線に人数をかけながらシンプルに攻勢を強めた一方、逆転を狙って足を使ってきた日本の選手たちに消耗が目立つようになり、全体に運動量が低下。前線からの守備強度は徐々に下がっていった。
こうした苦しい流れのときに何ができるのか。また我慢の時間帯になってしまったときに失点せずにやり過ごせるかどうか。特に後者は内山篤監督が昨年から何度も強調してきた部分である。拮抗している、あるいは相手の力が上回っているような試合で勝ち星を拾っていくために不可欠な要素で、冨安は輝きを増していく。
「最後に体を張るところは、内山監督にも井原正巳監督(福岡)にも言われてきたことなので」と相手に振り回されるようなシーンでも最後は188cmの巨体を投げ出してゴールを守り続けた。その様子は、内山監督の言葉を借りれば、「苦しい時間帯のMVP」ということになる。
最後の時間帯は「足にも来ていて、つりかけていました。最後に削られたときにはつったんだと思います」と振り返ったとおり、肉体的にも限界は近かった。普段の試合では体感できないようなスピードの持ち主とマッチアップし、世界大会初戦という緊張感もあったのだから無理もない。「いつもより疲れていますし、Jリーグとは全然比にならない疲れは来ています」と言うが、そう振り返りながら浮かべていたのは充実の笑顔だった。
「こういう相手とやって後半は特に楽しみながらやれましたし、やっぱり勝つというのは気持ちいいなと思います」(冨安)
アジア予選突破後、世界大会を見据えてオフには東京のジムに通って、自分の肉体改造に努めてきた。ストイックに自分の体と相談しながら、弱みだと感じていた反転の遅さなどに修正を施し、この世界舞台に備えた成果を見せる内容だったと言えるだろう。「スピードではそんなぶっちぎられるような感触もなかった」と胸を張った期待の大型DFは、この世界大会でさらなる成長の切っ掛けをつかむ。その予感が十分に漂う右肩上がりのパフォーマンスだった。
文=川端暁彦
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