誰がこの結末を予想できただろうか。
トレント・アレクサンダー=アーノルドが機転を利かせたコーナーキックのクイックスタート。それをディボック・オリギが沈めて4-0とし、バルセロナを破ったチャンピオンズリーグ(CL)の準決勝。あの瞬間、欧州全体に衝撃が走った。
ジェームズ・ミルナーはクラブに全てを捧げ、試合終了のホイッスルが鳴ると涙をこぼした。ファンやクラブOBも彼に加わり、目の前の出来事にただ当惑していた。
Pro Shotsユルゲン・クロップは、誇らしげな表情でモハメド・サラーが着るシャツの胸に書かれた“Never Give Up”の文字を叩いた。サポーターたちが歌う”You’ll Never Walk Alone”がスタジアムに響き渡る。
アンフィールドがその権威を取り戻した瞬間だ。
もし1試合だけしかなく、クロップが意味するフットボールを捉えた一瞬があるとすれば、まさにこのことだ。
言葉を選ぶのに苦労しながら、レッズ指揮官は試合後興奮とともにこう口にする。
「ワオ! これこそまさに、私たちが世界中に伝えたかったリヴァプールの姿だ。私は試合前に選手たちに伝えたんだ。これは実現不可能なことだ、だが君たちなら実現できるってね。本当に素晴らしい。彼らのとんでもない精神力は大したもんだ」
クロップはレッズを率いてプレミアリーグとCLの二冠まであと少しのところまで迫った。リヴァプールにとってこのことはトロフィー以上の意味がある。
■今も昔もクロップは変わらない
Getty雨の降るスタジアムに4500人のサポーターが詰めかける。マインツの監督に任命された翌日のこと、それがクロップの指揮官としてのデビュー戦だった。
クラブGMのクリスティアン・ハイデルを中心とするクラブ首脳は、前任のヴォルフガング・フランクが用いた4バックのシステムに回帰し、また3部降格を防いでくれる指揮官を探していた。
選手としてフランクとともに2シーズン仕事をしていたクロップは、その役割を果たせると抜擢された。
デュイスブルグが昇格候補と目され、マインツは咬ませ犬と目されていた。だがクロップ率いるチームは1-0でデュイスブルグを下すと2位の座を確保。クラブ史上初の1部リーグ、ブンデスリーガへの昇格を果たした。
クロップはその試合に対する圧倒的な熱意でばらばらだったチームを束ねた。そしてクラブを再編し、街に活気を取り戻した。
それはドルトムントでも同じだった。資金難のクラブをブンデスリーガ優勝候補に生まれ変わらせ、2013年にはCLのファイナリストにまで上り詰めた。
クロップの生来の激しさは、労働者階級の町が抱く揺るぎないクラブへの愛と想像できないほどのエネルギーと共鳴し、彼を目標達成へと後押しした。
「我々は人々のために懸命に走るチームを求めていた。そして彼はまさにそれを実現してくれたよ」
ハンス=ヨアヒム・ヴァツケCEOはクロップのドルトムントを手放しで称賛する。またドイツ時代のインタビューでクロップはこうも言っていた。「私のチームはピッチ上でチェスをしたことはないよ」。

魅力的で息を飲むフットボールと、ファンとの熱狂的なつながり、それこそクロップが最も大事にするものだ。彼は神聖なマッチデーの経験を愛しており、その記憶こそ重要なのだ。
クロップにとってそれはトロフィー以上の意味がある。それでも彼をただのその辺の男だと呼ぶ者もいる。
■タイトルなしを「失敗」と言い切れるか?
Getty Imagesイングランドで仕事を始めてわずか4か月後、リーグ杯のタイトル獲得の機会がやってきた。2016年のリーグ杯決勝のことだったが、その時はPK戦の末にマンチェスター・シティに敗れた。そしてヨーロッパリーグでは古巣ボルシア・ドルトムント、ライバルクラブのマンチェスター・ユナイテッドに勝利したものの、決勝でセビージャに屈し、スペインクラブの3連覇を阻むことは叶わなかった。
そして、彼のチームは2018年またしても決勝で敗れてしまう。モハメド・サラーが負傷し、GKロリス・カリウスがその後のキャリアを左右する大失態を犯したCL決勝では、ガレス・ベイルの2ゴールがリヴァプールのもとからトロフィーを奪い去った。
3度の決勝で3回とも敗戦……それでも、健闘を続けたことで、次こそはと希望を抱かせた。
「聖杯を手にすることだけが動機なら、何かが悪かったということだ。だが我々はフットボールの試合をしたいと思っている、ファンとともに喜びを感じたいのさ」
確かに現代のフットボールの尺度で考えれば、クロップのリヴァプールは失敗とみなされ、彼個人の成功にも疑問符がつく。決勝進出だけでは何も意味をなさず、むしろ敗者であることを物語るかもしれない。
「1番なら1番だが、2番であればそれは何もないのと同じだ」
レッズのアイコンであるビル・シャンクリーはかつてこう語ったという。だがそれでも、ここまでのところクロップはマージ―サイドで失敗している、と言っていいのだろうか。アンフィールドのクラブに再び命を注ぎ、観客席に躍動感を取り戻した。そして野性的で楽しいフットボールというブランドが確立し、地域と選手の距離は縮まった。
リヴァプールサポーターはここまで一貫して素晴らしいパフォーマンスを見せるチームを見たことがなかった。このレッズなら、過去2シーズン以外であればタイトルを獲れただろう。この2シーズン合計で勝ち点198、201得点を挙げシティの前に屈したのは不運という他ない。
■無冠でも誇るKOPたち

シティはプレミア優勝の筆頭候補だったが、レッズサポーターは最後の日までその可能性を信じ続けた。
予想通りナーバスな空気が漂っていた。ペップ・グアルディオラのチームがブライトンを倒すべく乗り込んだ南部の海岸都市ブライトン、そこから届く最新情報に、スタジアムを包む感情は翻弄された。
だが試合が決し、勝ち点差わずか1でタイトルを逃したことを知ったときに見せたリヴァプールサポーターたちのリアクションが、すべてを物語っていた。その赤いシャツを纏い、クラブの名を掲げることを彼らは誇りに思っていた。
勝ち点97を積み上げ、敗戦はたったの1回。リーグ最高の守備を誇り、得点ランキング上位3人中2人を擁する。141日もの間リーグ首位に立った。それでも、何も勝ち取ることができなかった。そこにはプライド、そしてこの後に控える決戦でも彼らのヒーローたちが戦ってくれるという信念だけがあった。トッテナムとのCL決勝という舞台で。
「今シーズンは素晴らしい瞬間の連続だった。そればっかりだったよ」クロップは語った。
「フットボールにおいてエンターテインメントというのは最も重要な要素なんだ。世界には数え切れないほどの深刻な問題があって、それによってフットボールも退屈なものになってしまう。私は彼ら選手たちと、彼らの目に情熱と戦うことへの欲求を見つけたいんだ。彼らが燃えている様を見たいのさ」

クロップはチームだけでなく、サポーターやリヴァプールの街からも支持を得ている。
'This is Liverpool. This means more'(我々はリヴァプール、単なるフットボールクラブ以上のもの)というフレーズがクラブとファンによって用いられ、チームが行くところであればどこでもこの言葉が掲げられる。この言葉は、クロップがチームを率いているからこそ意味を持つ。
2015年に指揮官に就任したとき、クロップはこう主張した。
「やってきたときにどう思われているかは大したことじゃない。大事なのはそこを去るときに何て言葉をかけられるかだ」
やがて彼がアンフィールドを離れるときが来るだろうが、その時はどんなタイトルをもたらしたか、そのトロフィーの形でジャッジされるだろう。それでもこのクラブで彼が日々何をしてきたか、それが忘れられることはないはずだ。
文=パトリック・グレーソン/Patrick Gleeson
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