合言葉は「Remember 5.27」…初戴冠のセレッソ大阪が紡ぎ続けた17年間の思い

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長居の悲劇と称される“5.27”から17年。悔しさを受け継ぎながら戦い続け、悲願の初タイトルを獲得したセレッソ大阪。レジェンド、選手、スタッフ、サポーターたちが紡ぎ続けた17年間の思いを回想する。

試合終了のホイッスルが鳴った直後、決勝点を決めた杉本健勇は歓喜のあまりピッチに突っ伏して涙した。しばらくその場から立ち上がることができず、体を小刻みに震わせながら、クラブの歴史に新たな1ページを刻んだ喜びを噛み締めた。うずくまるエースの光景に、17年前の忘れられないシーンがフラッシュバックする。

■“5.27”から17年を経て…

2000年5月27日。「Remember 5.27」。すべてはあの日、この合言葉から始まった。

J1 1stステージ優勝に王手をかけたセレッソ大阪は、最下位の川崎フロンターレにまさかの延長Vゴール負けを喫して目前でタイトルを逃してしまう。“長居の悲劇”と称される大逆転負け――。川崎MF浦田尚希の一撃に夢を打ち砕かれた森島寛晃は、その場でひざから崩れ落ちて動けず、ピッチを涙で濡らした。ボランチとしてフル出場した尹晶煥は、言葉を失って呆然と立ち尽くした。Jリーグ参入から6年目で訪れた初タイトル獲得のチャンスは、彼らの目前ですり抜けていった。

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ここからC大阪にとっての“負の歴史”がスタートする。2002年と2004年の元日には天皇杯決勝で敗戦。2005シーズンには勝利すればリーグ初制覇が決まるFC東京との最終節で終了間際に追いつかれ、またも満員の長居スタジアムで初タイトルを逸した。そして時を同じくして川崎Fに勝利したライバルのガンバ大阪にリーグタイトルをさらわれてしまう。6年間で4回も目前でタイトルを逃し、再び襲われた“長居の悲劇”に、周囲から「勝負弱いセレッソ」「勝てないセレッソ」と揶揄されるようになる。

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その“5.27”から約17年半、C大阪がJリーグYBCルヴァンカップ決勝で因縁の川崎Fを破り、クラブ初タイトルを獲得。長いトンネルを抜け出すことに成功する。かつて長居のピッチで屈辱を味わった二人は、森島氏がフットボールオペレーショングループ部長、尹晶煥が指揮官に立場を代えてチームを支えていた。

森島氏にとって、表彰式はいつも下から見上げ、勝者を見送ることしかできないものだった。今回も埼玉スタジアムで同じように下から見上げたが、目にした景色は全く違った。栄光の階段を上っていく選手たちをベンチ前で感慨深げに見守り、そしてカップを掲げる選手たちに合わせて満面の笑みで両手を挙げ、頭上で手を叩いて喜びを表した。

「喜ぶ瞬間を早く味わいたいと思って、ずっと上を見ていたんですよ。セレッソのユニフォームを着た選手たちがカップを掲げる瞬間を待ち望んでいましたからね。今でも考えるたびに、話をするたびにウルッと来ます」

ピッチで行われた表彰セレモニー。森島氏は選手たちに促されて優勝ボードの前に進み、尹晶煥監督と二人並んでカップを掲げた。クラブ一筋で戦い抜き、何度もタイトル目前まで迫りながら頂点に届かなかった伝説の背番号8がついに優勝カップを掲げる――。森島氏がルヴァンカップを手にした瞬間、スタジアムに「モリシ」コールが響き渡り、選手たちに負けずとも劣らない大きな歓声と拍手が場内を包んだ。多くのサポーターも「モリシ」との歓喜の瞬間をずっと待ち望んでいた。本人は「カップの持ち方が分からなかった」と不慣れさに苦笑したが、サポーターはようやく喜びを共有できたことを心から喜んでいた。スピーディーなプレーで活躍していたレジェンドは現役当時から体型が変わり、選手たちに招かれた胴上げはわずか一回半で「重たい!」と言われて終了してしまい、「もうちょっと宙を待っていたかった」と再び苦笑いしたが、ようやく加わった歓喜の輪に喜びの表情がこぼれた。

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■新しい歴史を刻んでいくために

時代は変わった。森島氏は近年、「勝てないセレッソの歴史はもう終わった。今の選手たちは自分たちの頃とは違いますから」と言い続けてきた。引退後もクラブに残り、アンバサダーや強化担当としてチームを見守ってきたからこそ感じるものがあった。

「今の選手はタイトルを取れるだけの勝負強さを持っていると、ずっと口に出して言ってきました。今までの決勝戦は最初のビッグチャンスをものにできずに苦しんだことが多かったですが、今日は健勇が勝負強さを見せてくれた。あの先制点がチームに大きな力を与えてくれたし、全員で体を張って守り、最後に追加点を取った。本当に一丸となって手にした勝利だと思います。今のチームは全員が練習の中で勝負へのこだわりを常に持っていますし、みんなが同じ気持ちを持って戦えている。尹晶煥監督は基本的に楽しくやることが好きな監督ですけど、選手に対してはすごく厳しさを求めて、締めるところは締める。チーム全員で勝ち抜いて決勝という舞台を作り、勝負強さを見せてくれた。ここまでタイトルがなかった中で、選手一人ひとりが『チームにタイトルを取らせたい』、『自分が取らせる』という思いを持っていたからこそ有言実行することができた。僕たちが『優勝したい』と言っていた時代とは違う。選手たちは本当にたくましくなりましたし、最高の選手・スタッフが結果を出してくれたと思っています」

かつての盟友とともにカップを掲げ、監督としてタイトルをもたらした尹晶煥は、優勝会見で念願叶って獲得した初タイトルの意味を聞かれ、17年前の悔しさを持ち出して歴史の重みを口にした。

「川崎フロンターレと言えば、目の前で優勝を逃してしまった17年前の記憶が残っています。それを17年経ってやり返すことができた。歴史は結果が出たからこそ書けるもの。今日の結果でセレッソの新しい歴史を書くことができる。僕自身にとっても新しい歴史が始まったと思っています」

尹晶煥監督の指導でたくましさを増したチームは、新しい歴史を刻んでいくために高い意識を持って、そして自然体で大一番に臨んでいた。

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ヨーロッパ挑戦から今季開幕時に古巣へ戻ってきた清武弘嗣は、自分たちが成し遂げるべきことへの覚悟を固めていた。

「セレッソはいつも決勝とか優勝争いで負けてきたので、今日は『歴史を変えるのは僕たちしかいない』という思いを持ちながら戦いました。表彰台からの景色はすごく新鮮で、またこの場所に戻ってきたいと思った。これからユニフォームの胸に星を増やしていけるかどうかは自分たち次第。ここで満足したら終わりだし、天皇杯でまたこの場所に来たい。自分たちの力が試される1カ月半になると思う」

伝統の背番号8を継承したクラブ生え抜きの柿谷曜一朗は、ともに戦ってきた同じく生え抜きのレジェンド、酒本憲幸への思いを口にしながらクラブの未来を見据えた。

「このチームに関わってくれている人たちにいろいろな思いがある中で、今日はシャケさん(酒本憲幸)にユニフォームを借りて一緒に戦ってもらった。最後までピッチに立ってユニフォームを見せたいと思っていたし、他の選手よりもいろいろなことを背負っていたつもりだったから、個人的には(途中交代で)すごく悔しい試合になったけど、クラブとしては本当に大きく一歩前に進んだ。一度優勝しただけで何かが変わるわけではないので、これを続けていくことに意味があると思う」

日本代表の中心選手へと成長した山口蛍は、クラブの歴史において今回の初タイトル獲得が持つ意味を語る。

「セレッソが名門になっていくためにはタイトルが必要だと思う。タイトルを取っていないチームは“名門”とは呼ばれないので、本当に意味のある一勝になった」

殊勲の決勝ゴールを決め、優勝決定と同時にピッチに突っ伏した杉本健勇は、ゴール裏へ向かって歩き出し、両手で力強くガッツポーズしながら何度も左胸のエンブレムを叩いた。そしてクラブが歩んできた歴史とこれからの未来に思いを馳せる。

「みんなが本当に待ち望んでいたタイトルだと思ったので、自然とゴール裏に体が動いた。表彰台から見えた景色は本当に素晴らしかったけど、ここはゴールじゃなくて通過点。これからもっとタイトルを取れるクラブになりたいし、優勝争いに絡めるクラブにならなければいけない。ここからまた歴史を作っていきたいと思います」

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長居公園の最寄りであるJR鶴ケ丘駅構内には、「For The Top of Dreams」というスローガンとともに“5.27”、そして2005年に優勝を逃した試合の写真が大きく壁面に描かれている。あの日の思いを決して忘れず、みんなで前へ進んでいこうというメッセージだ。クラブスタッフやサポーターは日々、そして試合のたびにこの写真と日付を目にしてきた。実際に5.27の試合を見ていない人も、まだ生まれていなかったサポーターもいるかと思う。だが、歴史とはそうやって紡がれていくものでもある。

悔しさを受け継ぎながら戦い続けた17年間の上に、今回のルヴァンカップ制覇が新たに刻まれた。クラブ在籍15年目の酒本を始め、リーグ戦とは異なるメンバーが中心になって勝ち上がり、まさにチーム全員でグループステージからの全13試合を無敗で乗り切ったことも歴史の1ページとして語り継がれていくことだろう。選手として栄冠を手にできなかったレジェンドたちが初タイトル獲得を裏支えしたことも忘れられないエピソードとなるはずだ。

一つの目標達成は、新たなスタートでもある。“11.4”という日付を歴史に刻んだ彼らは、ここから果たしてどんな歴史を作っていくのだろうか。1995年のJリーグ参入から23年、そして“5.27”から17年。セレッソ大阪がついに新時代の扉を開いた。

文=青山知雄

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