Mason Greenwood Marseille GFXGOAL

賛否両論の新ヒーロー、メイソン・グリーンウッド:マルセイユを熱狂に包む男が愛される理由

今シーズンのマルセイユには、ポジティブな雰囲気が広がっている。それは過去に問題を抱えたメイソン・グリーンウッドが、ブライトンから来たロベルト・デ・ゼルビ新監督が作る新時代の主人公として表れたからである。フランス南部のこの土地にすぐさま馴染んだ彼は、そのパフォーマンスで一部ファンから過去の出来事を消し去ったようだ。彼に対する反発の声は、称賛の声にかき消されている。

2022年1月に恋人への暴行容疑で逮捕、その音声と画像がネットで拡散され、マンチェスター・ユナイテッドで活動停止を告げられたグリーンウッド。当時20歳だった彼は10月には強姦未遂や暴行罪で起訴されたが、当事者や目撃者の証言撤回により2023年2月に起訴は取り下げられている。司法手続きの期間中はマンチェスター・Uで活動停止だったが、内部調査により復帰が認められたものの、イングランドでの厳しい反発を受けて同クラブでのプレーは困難に。昨季はヘタフェへとレンタルされた。それでもラ・リーガでの活躍によって選手としての名声を取り戻し、今夏マルセイユ2700万ポンド(約50億円)で移籍している。

だがもちろん、この移籍にも批判の声は上がっていた。女性の権利保護を推進するマルセイユにおいて、グリーンウッドが熱狂的かつ政治関心の強いファンから非常に複雑な反応を受けることは予想されていた。「#GreenwoodNotWelcome(#グリーンウッドを歓迎しない)」を使ったキャンペーンがSNSで始まってからは特に反発は強まった。しかし、当の本人はパフォーマンスでそれらの声を落ち着かせていったのだった。

  • Mason Greenwood Olympique Marseille 2024Getty Images

    これ以上ないスタート

    グリーンウッドが新しい環境で、しかも移籍をめぐって大騒動が起こった後で、これほど輝かしいスタートを切るとは誰も予想していなかった。しかし、彼はビッグクラブで輝ける才能があることを証明している。デ・ゼルビ監督は彼をスポットライトが当たる場所に戻し、それはピッチ上で報われたのだった。

    シーズン開幕戦でデビューを果たしたグリーンウッドは、アウェイのブレスト戦(5-1)の大勝において圧倒的なプレーを見せた。開始わずか3分で初ゴールを奪うと、31分にはPKで2点目。全5点すべてに絡む大活躍を披露した。次節もチームが苦しむ中で、71分に起死回生の同点弾をマーク。ヴェロドロームに詰めかけたファンに熱狂をもたらしている。

  • 広告
  • FBL-FRA-LIGUE1-BREST-MARSEILLEAFP

    地元記者の見解

    地元の有力紙『ラ・プロヴァンス』でOMを担当するファブリス・ランペルティ記者は、これまでマルセイユで、少なくともスタジアムでグリーンウッドが受けた歓迎について『GOAL』にこう語る。

    「理由は簡単だ。多くのサポーターはグリーンウッドの才能そのものを見て、彼が偉大なサッカー選手だと気づいたんだ。彼らは、普通ならこんなに優秀な若手選手がOMと契約することは決してないということもわかっている。だからこそ、彼のプレーを存分に楽しんでいるんだ」

    「もちろん彼の過去を決して忘れず、OMに移籍してきたこと、在籍していることに反対し続けるサポーターもいるだろう。だが、彼がより多くの得点を決めて素晴らしいプレーをするのなら、ファンは増えていくだろうと思う」

  • FBL-FRA-LIGUE1-MARSEILLE-REIMSAFP

    格の違い

    デ・ゼルビ監督は一貫してグリーンウッド加入を歓迎し、「自分の息子と同じように守る」とまで公言している。そしてもちろん、最高のスタートに大満足している。スタッド・ランス戦後、興奮気味ウニ効果たった。

    「メイソン・グリーンウッドが我々をどこまで連れていってくれるのか、想像もできないね。彼はこれまでと同じようにトレーニングを続けなければならないが、真面目な若者だ。選手として、人としての彼に我々全員が満足している。彼には巨大なポテンシャルがあるね」

    「グリーンウッドは本当に格が違うよ。素晴らしい選手だし、それを披露している。彼がゴールを決めてメディアの論争をすっかり黙らせてくれて良かったよ」

    OMのパブロ・ロンゴリア会長も、そんな「論争」を過去のものにしてしまいたいと思っている。グリーンウッド加入会見で、「彼の加入が疑問や懸念を呼んでいることは理解している。すべての人の意見を尊重するが、私自身はその論争に加わろうとは思わない。過去のことであり、状況は複雑で、もう終わったことだ。今は未来について語る時だ。彼は、ここにいるチームメイト、これから来るチームメイト全員と同じく、このクラブが伸ばしていきたいと思うような才能をすべてもっている」と語っていた。

  • Mason Greenwood Marseille 2024Getty

    クラブを包む熱狂とPR戦略

    このポジティブな新時代の雰囲気のもと、マルセイユが過去最高のシーズンチケット売上を記録したのは偶然ではないだろう。49000人にも及ぶ熱狂的なサポーターがシーズンチケットを購入し、スタジアムはシーズン最初のホームゲームで満員となった。一般発売のチケット価格は高騰し、20ポンド(約3700円)以下で観戦できた2023-24シーズンの後半とはまったく対照的だった。

    ホームデビューを果たしたグリーンウッドだが、自らの過去からマルセイユのサポーターを構成する様々なウルトラスグループ(その多くは政治に強い関心を持ち、強烈に意思表示することで有名だ)にどう歓迎されるか、不安を抱えていただろう。しかし、試合目に彼の名前がコールされると、スタンドからは大歓声が上がり、ゴールを決めた際には耳をつんざくような轟音が起きた。

    こうしてゴールを重ねることで、彼の過去に対する批判はマルセイユの人々の記憶から追いやられたようにも見える。だが本人の活躍に加え、クラブの広報的活動の結果と言ってもいいかもしれない。ここまでの彼はフランス内のメディアで好意的に扱われており、過去の問題についてはほとんど語られていない。入団会見の記者の質問も穏やかなもので、疑惑に対する質問は速やかに打ち切られている。なおその一方、移籍市場のスペシャリスト、ファブリツィオ・ロマーノだけは7月頭から2200万人のフォロワーに向けて20回以上もグリーンウッドについてツイートし、その多くが移籍とは無関係の内容であった。

  • 反対する声

    とはいえ、マルセイユにはグリーンウッドを受け入れない人が大勢いることも事実だ。「J’crains degun」というフェミニスト・グループは、移籍に最も反対していたグループのひとつだ。

    「メイソン・グリーンウッドの移籍は受け入れられない。我々は、彼がわが街で公人として評価される存在になることに反対する。模範を示す義務がある。女性への暴力は個人的な問題ではない。法律で禁止されている犯罪である。私たちは全員、市民もサッカー協会もサッカークラブも、暴力と戦う役割を担っている」

    「我々はこの移籍が、オリンピック・ド・マルセイユとその財団が提唱する価値観である、平等、連帯、寛容に反するものであると考える。2020年のロックダウンの最中、クラブはトレーニングセンターを開放して、DVの犠牲者だった女性と子どもたちを温かく受け入れてくれていた」

    「我々は、暴力をふるいながら不起訴となり、変わらずにテレビで喝采を浴び、レッドカーペットを歩き、ピッチに立つ者との戦いは必要不可欠であると信じている。そうした選手の加入に反対することは、すべての女性たちにとって力強い象徴となるだろう。とりわけ、性差別や性暴力に苦しんできた、今まさに苦しんでいる女性たちにとって」

  • Mason Greenwood Brest Marseille Ligue 1Getty

    栄光と英雄と

    そうした声も上がる中で、マルセイユとサポーターがグリーンウッドを歓迎するのは、彼らが10年以上も栄光から見放されてきたという事実が関係しているのだろう。OMが最後にリーグ・アン優勝したのは2010年のことであり、最後のタイトルはその2年後のリーグカップだ。当然、クラブはフランスサッカーの頂点に復帰することを願ってきた。キリアン・エンバペがついにPSGを離れ、国内タイトルがようやくライバルたちにも開放されたばかり。こうした状況であるからこそ、通常では獲得できないような才能を持つ彼にかかる期待は大きい。

    「OMは過去の栄光を追い、それを復元しようとしている」ランペルティ記者は『GOAL』に語る。「クラブはグリーンウッドの移籍がどんな影響を与えるかをすべてわかった上で、獲得前に可能なかぎりの予防的措置をすべて取ると約束した」

    「彼らはセカンドチャンスを信じ、グリーンウッドが有罪とならなかったことをすべての人に思いださせた。OMのサポーターは、誰でも受け入れるというわけではない。純粋にサッカーの実力において、グリーンウッドは貴重な財産であり続けている」

    とはいえマルセイユは、あっという間にすべてが変わってしまうクラブでもある。ファンの要求は激しく、厳しく、結果が落ち込みグリーンウッドもゴールから見放されれば強烈な批判の対象になるだろう。今はただの“ハネムーン”なのかもしれない。だが、ランペルティ記者とマルセイユのサポーターは、それも含めて彼の加入と活躍を楽しんでいるようだ。

    「確かにそういったこともあり得るだろうね。英雄が一夜にして没落することは、サッカー界ではよくあることだ。だが、その逆だってあるだろう?」