「仕切り直し」
近年のユヴェントスを簡潔に表現するキーワードは何だろう、と考えて真っ先に浮かんできたのは「仕切り直し」という言葉である。
セリエAでは2012-13シーズンから連覇を重ねて圧倒的な覇権を確立しながら、最大の悲願であるチャンピオンズリーグ(以下CL)では、14-15シーズン、16-17シーズンと二度決勝に進出したもののどうしても勝てないという焦燥感に呵まれていたユヴェントスが、その最後の切り札とするべく、移籍金1億1700万ユーロ(約153億円:以下現レート)、年俸3500万ユーロ(約46億円)という巨額を投じてクリスティアーノ・ロナウドの獲得に踏み切ったのは2018年夏のことだった。
ところが、続く18-19シーズンにもCL準々決勝でアヤックスの前にあえなく敗退。この屈辱を前に、アンドレア・アニエッリ会長、パヴェル・ネドヴェド副会長、ファビオ・パラティチFDという3首脳は、2014年夏の就任以来セリエA5連覇、CL準優勝2回という結果をもたらしてきたマッシミリアーノ・アッレグリ監督を解任するという思い切った決断を下す。「CLで勝つにはもっと攻撃的なスタイルが必要だ。彼では勝てない」というのがその理由だった。
しかし「もっと攻撃的なスタイル」を求めて招聘したマウリツィオ・サッリ監督は、スクデット(リーグ優勝)こそ勝ち取ったものの、内部的にはチームを掌握することすらままならず、たった1年で解任の憂き目に遭う。続く20-21シーズンには、当初は下部リーグで戦うBチームを指揮するはずだったアンドレア・ピルロをトップチーム監督に抜擢するという賭けに出たものの、今度はそれまで9連覇していたスクデットを逃したばかりか、最終戦で4位に滑り込んでCL出場権を確保するのがやっとという薄氷のシーズンを過ごすことになった。
ここに至ってアニエッリ会長は、2年前に一度は切ったアッレグリを呼び戻すと共に、C・ロナウド獲得を主導して以来フットボールディレクターとして強化を取り仕切ってきたファビオ・パラティチ(アッレグリ解任を推したのも彼だった)との訣別も決断する。シーズン開幕直後の8月末には、C・ロナウドもマンチェスター・ユナイテッドへと去った。こうしてユヴェントスは、まるでこの3年間をなかったことにするかのような「仕切り直し」を経てこの21-22シーズンを戦うことになったのだった。
前半戦の試行錯誤

しかし、「第2次アッレグリ政権」の歩みは決して順調とは言えなかった。開幕4試合で1勝もできず下位に低迷、その後も格下相手に失点を重ねる不安定な戦いぶりが続き、11月半ばの代表ウィーク中断までの12試合は5勝3分4敗(勝ち点18)で、CLどころかヨーロッパリーグにも手が届かない8位止まり。その後は徐々に持ち直して順位を上げてきたものの、前半戦19試合を終えてウィンターブレイクを迎えた時点でも順位は5位に留まっていた。
アッレグリ監督は、昨季チーム全得点の4割近い29ゴールを叩き出したC・ロナウドが去った新チームで、前線にアルバロ・モラタとパウロ・ディバラの2トップ、中盤センターの一角にマヌエル・ロカテッリをレジスタ(ゲームメーカー)として置き、CBはマタイス・デ・リフトとレオナルド・ボヌッチ中心に起用するセンターラインを軸として、それ以外のポジションは試合ごとに入れ替えながら最適解を模索、同時にチーム全体の完成度を高めていこうという試行錯誤に、前半戦まるごとを費やすことになった。
前半戦のユヴェントスは、モラタとディバラに加えて、ややMF的な側面も持つフェデリコ・キエーザ、デヤン・クルゼフスキ、フェデリコ・ベルナルデスキ、そして若い控えFWモイゼ・ケーンという6人のアタッカーを擁しており、彼らを1人でも多くピッチに送り出した上で攻守のバランスをどう確保するかが、試行錯誤の中心的なテーマだった。キエーザが11月に筋肉系の故障で離脱したこともあり、最終的にはCFモラタが前線の基準点となり、その下でディバラが「10番」的な存在として自由に動き回る4-4-1-1的な配置に落ち着いていくかのように見えた。
しかし、4+4の2ラインを低めに配置して相手の攻撃を受け止める守備が試合を重ねるごとに安定し、失点が少なくなっていった一方で、攻撃のクオリティが向上する兆しはあまり見られないままだった。主導権を握って攻勢に立ち、自分たちのペースで試合を進めることができないだけでなく、敵陣までボールを運んでもラスト30mでフィニッシュにつながる効果的な連係と崩しができないという問題は、前半戦を通して解決されなかった。
それは、攻撃の質についての指標となる以下のデータ(2月19日時点。セリエAは現時点での消化試合が異なるため1試合平均の数字)にもはっきりと表れている。優勝はもちろんトップ4入りを狙うチームとしても、これは明らかに不十分な数字だと言わざるを得ない。
得点 | 1.46 | 11位 |
ゴール期待値 | 1.32 | 11位 |
決定機創出数 | 2.31 | 10位 |
シュートチャンス創出数 | 22.81 | 7位 |
シュート数 | 14.27 | 8位 |
枠内シュート | 4.62 | 5位 |
ボール支配率 | 52.9% | 9位 |
※出典は『fbref.com』
「仕切り直し」の「仕切り直し」

ウィンターブレイクを迎えて、シーズン後半を展望しつつ冬の移籍マーケットに臨もうとしていたユヴェントス首脳陣が、クラブにとって最低限の目標であるセリエA4位以内(来シーズンのCL出場権)、そしてCLでの上位進出(少なくともベスト8、できればベスト4以上)を達成するために「現在の陣容で果たして十分なのか」と自問自答したことは想像に難くない。そして、アッレグリの試行錯誤が少しずつ成果を挙げてきていたにしても、この数字が大きく改善しない限り、目標に到達できないリスクが決して小さくないことは明らかだった。そこに追い討ちをかけるように襲ってきたのが、1月9日のローマ戦でキエーザが前十時靭帯を断裂、全治7カ月(復帰は来シーズン)という災厄だった。
アッレグリ体制下では本来の持ち味を存分に発揮するポジションや起用法が見出されていなかったとはいえ、キエーザがチームにとってきわめて重要なアタッカーであり得点源のひとりだったことは間違いない。そのキエーザを失い、モラタ、ディバラ、クルゼフスキ、ベルナルデスキ、そして控えのケーンという5人の攻撃陣に全てを託さざるを得ない状況に置かれた時点で、チームが最も必要としている「ゴール」を保証してくれるトップクラスのストライカー獲得が緊急課題だという判断になったのは当然と言える。マウロ・イカルディ(PSG)、アントニー・マルシャル(マンチェスター・ユナイテッド)、ジャンルカ・スカマッカ(サッスオーロ)といった名前が噂に上がる中で、ユヴェントスが獲得に踏み切ったのは、リストのトップに上げられていただけでなく、相思相愛の関係でもあったドゥシャン・ヴラホヴィッチ(フィオレンティーナ)だった。
コロナウイルス禍による深刻な収入減によって前期決算で2億ユーロ(約261億円)という巨額の赤字を計上しているにもかかわらず、ヴラホヴィッチに7500万ユーロ(約98億円)という大金を投下したユヴェントスは、さらに中盤にも、現陣容に欠けていた縦のダイナミズムと高いボール奪取力を備えたデニス・ザカリア(ボルシアMG)を獲得。その一方でアッレグリの戦術の中でうまく機能していなかったクルゼフスキ、ロドリゴ・ベンタンクールの2人をトッテナムに放出と、イタリアはももちろんヨーロッパ全体でも冬のメルカート一番の主役となる派手な動きを見せた。ちなみに、トッテナムのフットボールディレクターは、昨シーズンまでユーヴェで同職にあったパラティチ。かつて自らが獲得した2人を改めて手元に呼び寄せたという格好である。
ヴラホヴィッチは、190cmの長身に爆発的なスピードと高いテクニックを併せ持ち、ゴーに背を向けDFを背負ってのポストプレー、最終ライン裏のスペースへの飛び出しを共に高いレベルでこなせる現代的なセンターフォワード。まだ22歳という年齢もあってさらなる伸びしろを残しており、ヨーロッパ全体を見渡しても、キリアン・エンバペ(PSG)、アーリング・ハーランド(ドルトムント)という2人の怪物を別にすれば、次世代の中でそれに続くグループの先頭を走ると言っていい傑出したタレントである。彼を前線の基準点に据えることにより、重心の低い守備でボールを奪ったら縦に素早く展開、それを収めるポストプレーを起点にラスト30mを攻略するという、モラタでは(C・ロナウドでも)難しかったシンプルで効果的な形が可能になり、攻撃に一本の芯が通った。
こうしてシーズン半ばの時点でチームに大きなテコ入れを施し、いわば二度目の「仕切り直し」を敢行した直後、2月6日のヴェローナ戦でアッレグリが導入したのは、前線に右からディバラ、ヴラホヴィッチ、モラタという3人のアタッカーを並べた4-3-3。それまではほとんど使われなかった形である。しかも、守備の局面では従来の4+4ではなく、アタッカー3人を前残りさせた4+3の2ラインで守るという、かなり野心的な布陣だった。
中盤ラインが1人少なくなった守備ユニットは明らかに安定感に欠けるが、ザカリア、アドリアン・ラビオという運動量と体格の両面で抜きんでたフィジカル能力を備える2人のインサイドハーフが、中央から大外までの広いエリアをカバーするハードワークによって力ずくで帳尻を合わせる格好。その分、一旦ボールを奪って前線に素早く展開しての速攻、さらには通常のビルドアップにおいても、ヴラホヴィッチがその基準点として効果的に機能し、ディバラもその落としを受け右寄りの2ライン間で前を向く得意な形で持つ機会が増えて、攻撃の危険度は明らかに高まっていた。
ただし、このヴェローナ戦、そして同じ4-3-3で戦った続くアタランタ戦、トリノ戦においても、中盤にかかる守備の負担が大きいがゆえに、最後の20~30分は守備の強度が低下するという側面も見られた。とはいえこれは選手交代、そして試合展開に応じたシステムや戦術の変更で対応できる問題だ。
3トップを前残りさせる4-3-3という、PSGを思わせるようなコンセプトで最初の3試合を戦ったユヴェントスだが、目前に控えたCLビジャレアル戦も含め、今後もこれがチームの基本形となるかどうかは、今の段階では判断しかねるところがある。というのも、ヴェローナ、アタランタ、トリノの3チームはいずれも、マンツーマンディフェンスと3バックを採用し、攻守ともに1対1のデュエルに基盤を置く特殊なチームだからだ。近年のセリエAにおいて、アタランタのジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督を元祖とするこの戦術を採用する相手(現時点では上記3チーム)と戦う時には、通常のゾーンディフェンスで守るチームに対するそれとは明確に異なる戦略・戦術を準備する監督が多くなっている。
それを考えると、ゾーンディフェンスの4-4-2というオーソドックスなスタイルでポゼッション志向の強いサッカーをするウナイ・エメリ監督のビジャレアルに対しても、アッレグリがここ3試合で採用した4-3-3を同じように選ぶという確証はない。事実、ゾーンの4-2-3-1を採用するサッスオーロと戦った2月10日のコッパ・イタリア準々決勝では、モラタをベンチに置いてヴラホヴィッチとディバラを縦に並べた4-4-1-1(ウイングは右フアン・クアドラード、左ウェンストン・マッケニー)が採用されていた。
4カ月にわたる前半戦の試行錯誤の到達点が、ディバラに「10番」的なタスクを委ねる4-4-1-1/4-2-3-1だったことを考えれば、そこにヴラホヴィッチをCFとして組み込んだこの形が今後の基本形となる可能性も否定できない。というよりも、このサッスオーロ戦で後半モラタを投入してシステムを4-3-3に切り替えたように、異なるシステムを相手や状況に応じて使い分けていく方向性だと受け止める方が、むしろ理に適っているのかもしれない。
チャンピオンズリーグ優勝は…

ここで浮かび上がって来るのは、「アッレグリへの回帰」を果たした半年後に、3年半前のC・ロナウド獲得時とは比較にならないにしても、クラブの財政にとっては過大な負担ともいえる巨額の投資を行ってヴラホヴィッチ(とザカリア)を獲得し、今シーズン二度目の「仕切り直し」に踏み切ったユヴェントスは、クラブにとってもサポーターにとっても悲願であるCL制覇を現実的に考えられるだけのチームになったのか、という問いだろう。
その問いに対して今出せる答えがあるとすれば、「現時点においてはNO」というところまでだ。前回の「第一次アッレグリ政権」下において二度CL決勝まで到達したユヴェントスは、中盤から上の顔ぶれが2年の間に大きく入れ替わったとはいえ、ヨーロッパのトップレベルを経験済みのトッププレーヤーたちによって構成された成熟したチームだった。しかし、その後2018年のC・ロナウド獲得以来、毎年毎年(今シーズンは2回も)「仕切り直し」を繰り返すという迷走を経てここにある現在のユヴェントスは、世代交代の途上にあってジョルジョ・キエッリーニ、ボヌッチという重鎮の後を受け継ぐ次世代のリーダーが誰になるのかすら定まっていない、再構築の初期段階にある若いチームである。
戦力的なレベルが2段階は上にあるだけでなく、チームとしてのアイデンティティが明確で完成度・成熟度も高いマンチェスター・シティやリヴァプール、バイエルン・ミュンヘンやレアル・マドリー、チェルシーやPSGと張り合うまでには、まだ何年かの時間が必要だと考えるのが自然だろう。その意味で最も近い立場にあるライバルは、リオネル・メッシが去ったシーズン途中にチャビを監督に迎えるという大きな「仕切り直し」を重ねたバルセロナかもしれない。
いずれにせよ、今注目すべきなのはむしろ、延々と繰り返されてきた「仕切り直し」に今度こそピリオドを打ち、ひとりの監督の下で着実かつ筋の通ったチーム強化を積み上げる土台を固めることができるかどうか、ということの方だ。このビジャレアルとのCLラウンド・オブ・16(簡単な戦いにはならないはずだ)、そしてセリエAやコッパイタリアを含めた今シーズン後半の戦いぶりも、その観点から見守っていくべきだろう。
取材・文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)