コロナ禍でも人生をつなぐ…シメオネ・アトレティコ、不変なる人生の応援歌

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(C)Getty Images
【欧州・海外サッカー コラム】2011年12月、危機に陥っていたアトレティコ・マドリー(ラ・リーガ)指揮官に就任し、数々の成功をもたらしてきたディエゴ・シメオネ。彼の「信念」は一度も、わずかにもぶれることはなく、一つの決意をもって物語を紡いできた。マドリード在住ジャーナリスト江間慎一郎氏が綴る。

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陰鬱

あれは2011-12シーズンが始まったばかりの頃だ。2009年夏に渡西した僕は、そのシーズンからアトレティコ・デ・マドリーのホーム、今はもうないビセンテ・カルデロンの記者席に座るようになったが、意気揚々とした気持ちはすぐさま萎んでいった。

フリーランスの記者としては中途半端だったあの頃、僕はどの日本メディアからも試合取材の許可をもらえずに悶々としていた。あまり詳しくは説明できないのだけれど、その頃もフットボールの記事をせっせと書いていたものの、試合の取材をできない日々を過ごしていたのだった。しかしながら、アトレティコの練習場で親しくなったクラブ広報部の気の良いおじさん、トマス・カルボの粋な計らいにより、そのシーズンからカルデロンの記者席に入れてもらえることになった。

「しょうがないな。このアドレスにメールを送れ。それで取材をできるようにしてやる。特別だぞ」。トマスの言葉は今でも覚えている。リーガ・エスパニョーラと同リーグに属するクラブが、メディアの取材資格について厳しく取り締まる前、言わば“古き良き時代”の話だ。いずれにしても、それからアトレティコは、僕にとって特別なクラブの一つとなった。

だがしかし、そうやって座ることができたカルデロンの記者席から広がっていた光景は、カオスそのものだった。当時、グレゴリオ・マンサーノが率いていたチームは低調そのもので、スタジアムでは失点をする度に「マンサーノ、出ていけ!」というチャントが歌われる始末……。低調のチームは史上2度目の2部降格すら予感させるほどで、カルデロンの帰り道は、いつだって陰鬱な気分だった。

帰還

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それから月日は流れて、2021年現在。とぼとぼと家路についていたあの頃の自分に今の僕が、30代半ばの僕が会いに行き、アトレティコにそれから起こることを説明したならば、あの頃の自分は信じてくれるのだろうか。きっと、無理だろう。まず少し年を取った自分の姿を、ほうれい線などを見て取って、大きな失望を感じるのかもしれない。しかし、どんなに否定したところで、僕の顔に刻まれたしわが消えることはないし、あのときからここまでに起こったことも間違いようのない事実なのである。「大切なのは言葉ではなく事実」、あの人がそう語ったように。

2011年末、アトレティコに選手としても在籍したあの人、ディエゴ・シメオネがマンサーノの後任としてクラブに帰還。「私はいつの日かアトレティコに戻ると決めていた。そして、まだ監督として経験の浅い自分が戻れるとしたら、クラブが危機的な状況に陥っていなければならなかった。危機の中でしか自分に出番はない」。危機に直面したクラブは、ファンにとってアイドルだったシメオネのことを呼び寄せ、シメオネは危機の中で得たチャンスを見事に物にした。

「自分にとっては15本のシュートを打ってノーゴールで終わるより、1本のシュートによって勝利を収めた方が素晴らしい。私が望むのはアグレシッブかつ強靭で、スピードを兼ね備えたカウンターのチームだ。それこそ、私たちアトレティコの人間が愛してきたチームにほかならない。過去の歴史にあったものを今こそ取り戻そう」。そうやって堅守速攻こそがクラブの伝統と強調したアルゼンチン人指揮官は、このスタイルで次々に成功を勝ち取っていき、今年1月にはIFFHS(国際フットボール歴史統計連盟)から、2010年代の最高の監督に選出された。

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未来

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あの頃の自分は、一試合目からカルデロンに響き渡った「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ」のチャントに鳥肌を立たせることになる。同シーズン、ブカレストの地でヨーロッパリーグ優勝を果たしたことで、シメオネが率いるチームの強さを実感する事になる。翌シーズン、14年間勝てていなかったレアル・マドリーを相手取ったコパ・デル・レイ優勝により、明けない夜などないと知ることになる。それからリーガ優勝、2回にわたるチャンピオンズリーグ決勝進出、フェルナンド・トーレスとともに果たしたさらなるヨーロッパリーグ優勝、アンフィールドでリヴァプールを破った魔法の夜……と、かけがえのない瞬間を何度も、何度も経験することになるのだ。

過去の自分と今の僕がシメオネの人物像について感じていることは、10年が経ってもほとんど変わることがないだろう。カルデロン、現スタジアムであるワンダ・メトロポリターノに通うファンは、「パルティード・ア・パルティード(試合から試合へ)」と目前の一戦だけに全精力を注ぐシメオネのことを、「信じることを決してやめるな」と言う彼のことを信じて、「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ」と叫び続けてきた。チームが苦境に立たされ、メディアがシメオネ解任論を唱えているときにもそれは変わらず、そこには現代フットボールにおける奇跡の光景が広がった。

その光景とチャンピオンズリーグ出場を主とするチームが手にする成果は、クラブの財政的成長につながっていき、チームのスタイルに変化をもたらすところまで至っている。シメオネ帰還時からいるコケに加えて、ジョアン・フェリックス、マルコス・ジョレンテ、そしてルイス・スアレスと新たなクラックたちを擁せるようになったアトレティコは、今季に入って後方に引く相手との対戦で課題としていた攻撃的スタイルを物にしつつある。シメオネのアトレティコが紡ぐ物語には、まだ未来がある。

応援歌

Suarez Felix Atletico Madrid 2021

過去の自分は、アトレティコの黄金期が到来することのほか、王冠の名前がついたウイルスの新種が蔓延して、世界が止まってしまうことも信じはしないだろう。スタジアムは空っぽになり、記者席には座れなくなってしまう自分がいること、そして広報部のトマスが憎きそのウイルスの感染から肺炎を発症し、生死を彷徨ったことも……。昨年3月、彼が入院したと知ったときには大きな不安を覚えたが、生きていてくれた。「アトレティコがアンフィールドを乗り越えたならば、これだって乗り越えなくてはならない」、クラブ関係者から送られたそんなメッセージが、彼のことを勇気づけていた。その後に僕は、自分の37歳の誕生日に際して祝福のメッセージを送ってくれたトマスにお礼を言い、改めてあのときのことを感謝するのだ。「コロナに打ち勝ったこと、本当にうれしいよ。これは言っておかないといけないと思うんだけど、スペインで扉を開けてくれのは、あなたなんだ。アトレティの最初の取材申請を許可してくれたことは、決して忘れない。また、ワンダで会おう」、と。

それから数カ月が経っても、ワンダは空っぽのままで、僕もトマスに会えないままだ。しかしピッチ上で、シメオネのチームは戦い続けている。パルティード・ア・パルティードと1試合1試合をつないでいき、人々の思いをつないでいる。ラ・リーガでは最近になって勢いを落として、序盤の独走ムードが消えてしまったが、彼は「どのチームにも難しい時期というものは必ず訪れる。強き者たちは、その難しい時期にこそ目標達成の可能性を手にするんだよ」と、またも危機をチャンスと見立てた。シメオネのアトレティコは人々が信じ続けるシメオネのアトレティコのまま、人生の応援歌のままだ。

もし今の僕が、未来からやって来た自分に、アトレティコが今後どうなるのか、チェルシー戦の試合内容がどうなるのかを説明されたとしても、すんなりと信じことができるだろう。さらに深くなっているかもしれないほうれい線、いや、笑いジワにだって、きっと誇らしさを感じている。

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