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11年ぶりメッシ&C・ロナウド不在のクラシコ。現地ジャーナリストが綴る決戦前の“日常”

ここはマドリーの中心街にあるカジャオ駅から程近いバル、ドーニャ・フアナ。あくせく働くカマレロ(ウェイター)たちは、全員がマドリディスタだ。

ドーニャ・フアナには彼らウェイターと同じマドリディスタのほか、他クラブを応援する常連客もいる。アトレティコのファン、さらにはバルセロナのファン……とはいっても、そんなことは当たり前でもある。

スペイン首都出身者の大半はレアル・マドリーかアトレティコのファンで、全国規模ではアトレティコが影を潜めてバルセロナとレアル・マドリーのファンが大半を占める。だからバルセロナのスポーツ新聞『スポルト』と『ムンド・デポルティボ』は全国紙なのであり、ここマドリーでも販売されているわけだ。スペインのどこにでもある普通のバルには、レアル・マドリーかバルセロナ、もしくはその地元のクラブのファンがたむろするのである。

以下に続く

この朝、カウンター越しのカマレロたちはいつも通り明るかった。スペインらしく客に敬語など使わずやりとりし、てきぱきと注文されたビールやカフェなどを注いでいく。(格式高いところであれば、もちろん「君」ではなく「お客様」のような言い方をするが、ここは違う)。常連の僕のためには、カフェ・コン・レチェ(ミルク入りカフェ)を用意し始めた。

だがしかし、そんな彼らもレアル・マドリーの現状が頭をかすめると、その表情は一気に曇り始める。最近、ここで働き始めたアンヘル・ジュニオールは「見ろよ、今のマドリーを」と問わず語りを始めた。がっちりした体格で、太い腕にタトゥーを入れている短髪の青年。年齢はセルヒオ・ラモスと同い年の32歳。彼は続ける。

「ロペテギは最初から気に入らなかったんだ。あいつはマドリーを率いる器じゃない。あんなポゼッションフットボールの哲学を見せびらかされても、どうにかなるもんでもない」

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その言葉を聞いて、クラシコの直前に行われたチャンピオンズリーグ(CL)グループステージ第3節、ヴィクトリア・プルゼニ戦を思い出した。

それはレアル・マドリー首脳陣のロペテギに対する信用がほぼ失われ、後任招へいに動き始めたと報じられた直後の試合だった。チームはベンゼマ、マルセロの得点で2点のリードを得たものの、顕著化している決定力不足によってプルゼニを仕留め切れず。モドリッチ、クロースの両方ともファイナルサードまで出て行き、誰がフィニッシュをするのか不明瞭なままパスを回して、ボールを奪われたら一気に自陣まで攻め込まれた(カセミロは8回のボール奪取を記録するなど奮闘したが、中盤に横たわるスペースを一人ではカバーし切れない。しかも右サイドバックに据えられたルーカス・バスケスの後方も穴となっていた)。

結果、プルゼニに一矢を報いられ、1点リードを守り切る形で勝利をつかんだ。レアル・マドリーにとっては6試合ぶりの勝利だったが、観客はもちろん安堵などすることなく、試合終了直後に辛辣な指笛をベルナベウに響き渡らせた。

試合後、ベルナベウの会見に出席したロペテギ監督の顔は、すでに解任された後のように憔悴しているように見えたが、ある記者の「傷ついているか?」との質問には「君は心理学を学んだっていうのか?」と語気を強めて返答。だが翌日のマドリーのスポーツ新聞は辛辣だった。『マルカ』は「納得はさせられず」、『アス』は「ブーイングとともに勝利」と見出しを打っている。

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“タトゥーのアンヘル”は続ける。

「クリスティアーノは出すべきじゃなかった。何としてでも引き留めておくべきだったんだ」

まるで自分が、あのレアル・マドリー史上最多得点者、1試合1得点を保証した男を粗末に扱ったような口ぶりだ。すると、もう一人のカマレロ、角刈りのパウロが僕たちに語りかけた。アンヘルはマドリー出身で、くりっとした目が特徴のパウロはポルトガル人の好青年だ。

「マドリーはひどいったらない。もちろんクリスティアーノ退団もそうだが、代わりの選手を獲得しようとしなかった。マリアーノは良い選手だが、ここまでの実績は昨季にリーグ・アンで1年プレーしただけだ。ホルヘ・バルダーノが言うように、マドリーはクリスティアーノの退団を冗談として受け止めたのさ。あいつの代わりは誰にも埋められないが、しかし埋めようとする努力はしろよ。来るかどうかも分からないネイマールに賭けたって? 冗談じゃない」

だがレアル・マドリーは、今季より前から弱体化が始まっていたのかもしれない。彼らは移籍金が高騰する前後からメガスターの獲得を控えるようになり、アセンホ、セバジョス、オドリオソラ、マルコス・ジョレンテ、ヴィニシウスなど、出戻りの選手たち含め“メガスター候補”たちを積極的に引き入れる方針に変更した。一方でハメス、モラタ、マテオ・コバチッチなどが出場機会を求めて退団。“メガスター候補”たちは候補の殻を破ることはできず、さらに中堅が去ったことでスタメンとの間には溝ができた。僕がアンヘルとパウロにそう意見すると、アンヘルがこう返した。

「今のマドリーは、おそらくフロレンティーノ・ペレスが成績不振で辞任した2005−06シーズンと同じくらい弱いんじゃないか? まだガラクティコ(銀河系選手)も残っていたが、ほかには大した選手がいなかった。とにかく、ロペテギには早々に辞めてもらわないと。今回のクラシコは、本当に良いきっかけになるな、ハッ!」

そうしてアンヘルは、僕のカフェ・コン・レチェをカウンターに置いた。ここまでのやりとりが、1分弱。僕は自分でフットボールの記事を執筆するほか、スペイン人記者のコーディネートや翻訳も生業としている。スペイン人記者に記事を依頼するときには、日本語がスペイン語の2.5倍の文字量になることを基準にして依頼内容をまとめるが、スペイン語圏の国の中でもとりわけ早口のように思えるスペイン人は短時間に内容を詰め込む。スポーツ新聞や雑誌も、詰め込む量が多い。

そんなことを考えていると、このドーニャ・フアナのもう一人の常連、ラウールがやって来た。彼はカタルーニャ出身のバルセロニスタ(ややこしいが、その名はラウールである)。バルの近くでとてもおしゃれな中古レコード屋を営んでいる。最近40歳になったが、見た目は20代で通用するほど若々しく、スケートボードで自宅から通勤している。喋り方はゆったりで、話の時間と密度は日本語にしても同じかもしれない。

ラウールの姿を認めたアンヘルは、また「ハッ!」と声を出して、彼のためにカフェ・ソロ(ブラックコーヒー)を用意し始めた。バルセロナはこの日の2日前、右ひじを骨折したメッシなしでインテルに2−0で勝利。前線からのプレッシングも機能したことでボールを保持し続けてインテルを圧倒し、「メッシ不在時には過去最高の試合」とも形容されている。今夏に加入したアルトゥール・メロは本当にチャビ・エルナンデスの後継に、メガスターになれそうな気配だ(開幕当初の勢いを失い、ベンチ生活が続くデンベレは心配だが……)。リーガでは3試合ドローを喫した時期もあったが、今はリーガ、CLグループステージで首位に立つなど好調である。

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私たちに「オラ」と挨拶したラウールに対して、アンヘルは「クラシコはメッシなしだな」と話しかけた。しかし中古レコード屋にそんな嫌みは無意味なものでしかない、余裕は消えない。「ハハ……バルサはメッシがいなくても強いし、それにクリスティアーノみたいに永遠にいなくなったわけじゃないさ」。すると、少し離れた場所にいる“角刈りのパウロ”が「意地の悪いことを言うなよ、ラウール。まったく、嫌みったらしい」と声を張り上げ、ニカッと笑った。アンヘルもつられて笑った。

アンヘルがラウールにカフェ・ソロを差し出す。ラウールがカフェ・ソロに砂糖を入れながら、備え付けのテレビに目をやると、そこではセルヒオ・ラモスがいつもの自信に満ちた表情と声で喋っていた。マドリーのカピタンは、クラブ首脳陣にロペテギ招へいを勧めた人でもある。

「逆境に遭遇したときこそ、僕たちの価値を示さなくてはならない。この水たまりを飛び越えれば、僕たちはもっともっと大きくなれる」

違うニュースに切り替わった後、アンヘルはラウールに向かって叫んだ。

「もう一度繰り返すがな、マドリーは世界最高のクラブだ! アトレティみたいに『人生は山あり谷あり、フットボールも山あり谷あり』とか言うほどみみっちくはないし、カタランのバルセロナみたいに負け惜しみ根性丸出しのクラブでもないんだ。クラシコでマドリーが負けたら、1年分のカフェ・ソロをタダにしてやる。だが、こっちが勝ったら料金2倍だからな(※ここのカフェの値段は1杯1.4ユーロ=約180円)」

……ん? 「ロペテギを辞めさせる良いきっかけじゃないの?」。僕がアンヘルにそう聞くと、彼は「クラシコには勝つ。ロペテギの解任は次の試合きっかけだ」とのたまわった。彼はマドリーの不撓不屈の精神の体現者、S・ラモスになっていた。まあ、本物とそのチームメートはロペテギを絶対的に信頼しているのだが。スペイン人を中心に、レアル・マドリーの選手たちは指揮官を救うためにも、このクラシコで勝利を狙う。

アンヘルの言葉を聞いたラウールは、いつものゆったりとした口調で「その意気だよ、アンヘルの坊や。ああ、今日も建設的な会話から1日を始めることができた」と言って彼なりの大声で笑い、スケボー片手に店を出て、斜め向かいの中古レコード屋へと向かった。僕もスポーツ新聞を折り畳み、レジを打っているパウロに1.4ユーロを手渡してドーニャ・フアナを出た。パウロは僕たちを見ながら「アスタ・ルエゴ(また後で)」と言い、S・ラモスは僕たちに目をやることなく同じ言葉を口にした。

こんなバルはスペイン全国どこにでもある。

しかし、それぞれにとって大切な場所。人生の張り合いを生む場所。クラシコの前後、そこではちょっとばかり声量が豊かになる。

文/江間慎一郎(サッカージャーナリスト、翻訳家)

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