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誰よりも偉大だったロナウジーニョ…メッシやC・ロナウドとも比較し得ないクラックの存在価値

17:34 JST 2018/01/19
GFX Ronaldinho Messi Ronaldo
デコにとって、いやサッカーファンにとってロナウジーニョはメッシよりもC・ロナウドよりもずっと素晴らしい選手だったと言えよう。サンティアゴ・ベルナベウでスタンディングオベーションを浴びたロナウジーニョは、大舞台に別れを告げようとしている。

リオネル・メッシか、クリスティアーノ・ロナウドか。誰がより優れたフットボーラーなのか? どんな答えが出るにせよ、それは世代による刻印を受けている。ここ数年で言えば、世界最高のプレーヤーは誰かと問われれば、ほとんど常にメッシかロナウドどちらかの名前が挙げられてきた。

2016年の夏、デコにこの問いが向けられた。バルセロナで黄金期を築いたデコは、メッシとロナウドの二択には承服しかねるらしく、次のように答えた。

「レオよりも、クリスティアーノよりも、ロナウジーニョの方がずっと才能に恵まれていたよ。彼には生まれながらの才能が備わっていて、特別な力があったんだ。彼にボールを送ると、そこから生まれるのはいつだって別次元の動きとシュートだったよ」

実際、これに異議を唱えるのは難しい。ロナウドがピッチの上で背番号9の選手に何ができるかというイメージを塗り変えたとすれば、ロナウジーニョはさらに、そもそもフットボーラーに何ができるかというイメージを一新したのだ。彼はフットサルの目を疑うようなトリックを大きなフィールドに持ち込み、それまで誰も見たことがなかったようなテクニックを披露してくれた。

ケヴィン=プリンス・ボアテングが今でも語り草にしているのは、ACミラン時代のロナウジーニョが続けざまに3度、ボールをクロスバーに命中させた時のことだ。ロナウジーニョは、ただそれができるからやったにすぎなかった。「僕たちほかの選手は自分の胸に尋ねたものだよ。ロナウジーニョの体には、どうやってあれだけたくさんの才能が収まってるんだろうってね」と、ボアテングは回顧する。

■「すごいのはトリックプレーだけじゃない」

当時、バルサでともにプレーしていたエイドゥル・グジョンセンは、ロナウジーニョは物理法則に逆らうことができるとさえ思っていた。

「彼と一緒にプレーして、彼がボールをどう扱うのか見たら、それからはもう何を見ても全然驚かなくなるよ。そのうち、ボールを喋らせることだってやってのけるだろう」

さらに、ブラジル代表の盟友であるロベルト・カルロスは「トリックプレーがすごいだけじゃない。彼は、自分の並外れた能力にふさわしい新しいタイプのシュートを生み出して、それを決めて見せたんだ」と派手なだけがロナウジーニョの凄さではないことを熱弁する。

たとえば、2005年にスタンフォード・ブリッジで行われたチェルシーとのアウェー戦で、彼は止まった状態からあり得ないようなシュートを放った。魅惑的で頭がくらくらするようなシュートだった。だが、この時のシュートはほんの一例にすぎない。実際、説明のしようもないような彼の才能を示すプレーを挙げれば枚挙にいとまがない。当時のフットボールファンたちは、今度はロナウジーニョが何をやってのけるか、ただそれを見るためだけに、こぞってバルセロナの試合に目を向けていたのだ。

バルセロナでロナウジーニョがデビューを飾った2003年9月3日のセビージャ戦では、インターナショナルブレイクへ向けてのスケジュール調整のため、真夜中5分過ぎにようやくホイッスルが鳴った。にもかかわらず、ブラジル生まれの新たなスーパースターを見ようと、8万を超えるサポーターがカンプ・ノウに集結した。そして、そのうちのただのひとりも、そんな時間にスタジアムに足を運んだことを後悔しかったはずだ。

午前1時30分ごろ、自陣でボールを受けたロナウジーニョはセビージャの2人の選手を抜き去って、30mの距離からシュートを放ったが、このボールが唸りをあげつつクロスバーを揺らしてゴールに飛び込んだ。結局試合は引き分けに終わったものの、ロナウジーニョはバルセロナに再び大きな成功を収める希望をもたらしたのだった。後にデビッド・ベッカムはこう語っている。

「ロナウジーニョがバルセロナで大活躍していた頃、彼が相手じゃプレーのしようがないような時期があった」

そして2004年から2006年にかけてバルセロナは、連覇を成し遂げ、チャンピオンズリーグも制したのだった。

■敵地でのスタンディングオベーション

この2年間はまさにロナウジーニョのキャリアの頂点に当たる時期だった。彼は意欲に燃え、魔法のように素晴らしいプレーを見せた。天賦の才と安定性が相まって、後にも先にもアルフレッド・ディ・ステファノ、ディエゴ・マラドーナ、メッシらしか到達しなかったようなレベルにまで上り詰めた。来る週も来る週も、ロナウジーニョは世界中のフットボールファンに固唾をのませながら、いつも愛すべき笑顔を浮かべていた。「彼のプレーを見ていると楽しくなるし、喜びが湧いてくる。世界中の誰もが彼を好きになるような、そんな独特な魅力があるんだ」と、当時指揮していたフランク・ライカールトは語ったものだ。

2005年11月にはレアル・マドリーのファンまでがサンティアゴ・ベルナベウの座席から立ち上がり、最大のライバルチームでプレーするこの魔術師に拍手を送ったのだった。「あのことは絶対に忘れないよ。相手チームのファンからあんなふうに拍手してもらえるなんて、滅多にあることじゃないからね」と、ロナウジーニョは後に語った。それまでにサンティアゴ・ベルナベウでスタンディングオベーションを受けたバルセロナの選手と言えば、ただひとりマラドーナがいるだけだ。メッシでさえ、まだそんな経験はしたことがない。

この時にロナウジーニョは、バルセロナとレアル・マドリーのライバル関係という、動かしがたく堅固だと思われていた法則を乗り越えたのだ。どのクラブの選手であるかに関わりなく、彼はそれをやってのけた。ロナウジーニョは最高のプレーヤーだと評価されたいと思っていたわけではない。ただフットボールを楽しもうとしていたにすぎない。彼の物腰や振る舞いを見ればそれは明らかだった――フットボールを楽しむだけでなく、生きることそのものを楽しむこと、そして、周囲もそれを楽しんでくれることを彼は望んでいたのだ。

■「もっとメッシとプレーしたかった」

2006年の夏にバルセロナがプロモーションツアーでロサンゼルスを訪れた時、当時NBAのスター選手だったコービー・ブライアントが練習を見学しに来たことがある。「ロナウジーニョは僕の親友の一人だったんだけど、彼と話していたら彼が僕に『ほら、コービー、僕の仲間を紹介するよ。彼はもうすぐ、あらゆる時代を通じて一番すごい選手になるよ』って言ってきたんだ。だから僕は『え? 一番すごいのはお前だろ?』って返した。そしたらロナウジーニョは答えたよ。『いや、そんなことはないよ。ここにいるこいつこそ最高の選手になるやつだ』」。当時17歳のその少年がリオネル・メッシだった。

ロナウジーニョは謙虚でもあればユーモアも備えていた。彼が期待されるほど真剣に試合に取り組んでいないと感じる者も少なくはなかった。が、このことはそれだけいっそう、本来の彼がどんなに素晴らしい選手だったかを教えてくれる。ロナウジーニョはワールドカップとコパ・アメリカとコパ・リベルタドーレスとチャンピオンズリーグで優勝したのだ。

このような素晴らしい経歴にもかかわらず、ロナウジーニョはすでに何度も次のような質問を受けている。「キャリアを終えた後で過去を振り返ったとしたら、残念に思うことは何だろうか」と。それに対して彼はこう答えている。

「もっと長い間メッシとプレーしたかったね。彼はとても素晴らしい選手だ。でも、彼のキャリアの初めに僕が彼の最初のゴールをアシストできたことをとてもうれしく思っているよ。もっと彼と一緒にプレーできたら本当に素晴らしかっただろうな。だけど、当時はもう、バルセロナで僕が活躍できた時代は終わっていた。バルセロナを去って、新しい目標を定めなければならない時期が来ていたんだ」

ロナウジーニョはいま、最終局面に立ち、彼の笑顔と類稀な才能によって消し難い刻印を残した世界のフットボールの大舞台に別れを告げようとしている。確かに、彼はもっと多くのことを成し遂げ、もっと多くのタイトルを手にすることだってできたかもしれない。だが、ロナウジーニョは満足している。「僕はやりたかったことはみんなやり遂げた。そのことに限りなく感謝しているんだ」。

文=マーク・ドイル/Mark Doyle

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