5月18日、シベーレス広場から400メートルの距離にあるネプトゥーノ広場で、アトレティコ・デ・マドリーがヨーロッパリーグ優勝をファンと分かち合っていた。そこでマイクを手にしたディエゴ・シメオネは「話をさせてくれ、聞いてくれ」と歓声を静めてから、言い聞かせるようにこう話した。「人生には困難が立ちはだかっていると常々言われる。ああ、もちろんあるさ。しかし、この選手たちは困難をチャンスに変えられる。チャンスから勝利の可能性を見つける。勝利を可能性を見つけられれば、勝つんだ」。そう人々に信じることの必要性を訴えたシメオネは、最後にマイクを持つ手を変えてガッツポーズを見せて、5万人のアトレティコスから喝采を浴びた。
5月27日、チャンピオンズリーグ(CL)三連覇を果たし、スペインの首都に戻ってきたレアル・マドリーは、シベーレス広場でセルヒオ・ラモスが女神像の首に旗を巻き、それから本拠地ベルナベウで祝勝会の続きを行った。そこでマイクを手にしたジネディーヌ・ジダンは、手短にこう話した。「チームを支えてくれた君たちに感謝をしている。今季、私たちは苦しんだが、君たちはいつも選手たち、ここで働いている人々を助けてくれる」。そう感謝の気持ちを伝えたジダンは、「心からありがとう、チャオチャオ」を言い切らないうちにそそくさと隅へと向かい、8万人マドリディスタスから喝采と、彼らしい慎ましさを感じさせたことによる笑い声を浴びた。
反逆の存在たるアトレティコと、絶対的強者たるマドリーの両カリスマ監督が、率いるチームを交換したとしても機能はしないだろう。そしておそらく、アトレティコとマドリーは最も理想的な監督に率いられている。シメオネはシメオネであるからこそ、ジダンはジダンであるからこそ、自チームをここまでの高みに引き上げることができた。そんな風に思える。
■レアル・マドリー、それぞれがエゴセントリックな強烈集団
Getty Imagesスペインの戦術本には「これは平均的な選手を並べた際のプレー実践法であり、傑出した選手がいる際にはこの方法に準拠せず、その強みを生かすことを考えるべき」などと記されているが、マドリーはそうした強みを主成分としてチームが形づくられている。その傑出した選手は基本的にはエース格と称される存在であり、エゴセントリックだ。だからこそエース格が揃うマドリーは、強烈な集団だ。CL決勝でリヴァプールを下した直後の様子が、そのことを物語っている。
CL三連覇という史上初の偉業を成し遂げたばかりなのに、クリスティアーノ・ロナウドは「ここにいられることは素晴らしかった。いつもそばに寄り添ってくれたファンに、数日中に一つの返答をしたい」と契約内容に対する不満からか退団を示唆し、「適切なタイミングではなかったのだろうが、話したことへの後悔はない」と言い切る。2ゴールを決めて優勝を手繰り寄せたギャレス・ベイルも出場機会の少なさに対する不満から、こちらも退団をほのめかす。さらにモハメド・サラーを負傷させたと非難されるセルヒオ・ラモスは「君には未来が待っている!」とすぐさまエールを送って、どの口が言うのかとさらなる批判を受ける。宇宙の中心に自分を据える選手がひしめく、強烈な集団がレアル・マドリー。その中で、ジダンの慎ましさ、柔らかさは際立っている。
■ジダン、マドリー監督としての器
マドリーを率いることは難しい。ジョゼ・モウリーニョの時代には、彼のやり方に不満を抱えた選手たちが「モウリーニョか僕たちかを選んでくれ」とクラブ幹部に訴えたと報じられた。ラファ・ベニテスの時代には、選手経験が乏しい彼のことを皮肉的に「10番さま」と呼ぶ選手たちがいたと報じられた。もっと遡れば、1997−98シーズンにマドリーをCL優勝に導いたユップ・ハインケスはその直後、チームを掌握し切れなかったことを理由に辞任したとされている。
その一方でジダンはというと、その素朴な性格と、元世界最高の選手という肩書きでもって、その強烈な集団を掌握することに成功した。もちろん、全員が不満を抱えていない、とは言い切れない。昨夏にはアルバロ・モラタ、ハメス・ロドリゲスがビッグゲームで起用されないことをきっかけに退団し、現在はベイルがそのような状況にある。だがジダンは選手の一人ひとりが大切な存在であることを主張し続け、ときに監督に歯向かう主力選手たちは、そんな彼に付き従ってきた。S・ラモスが「ジダンと僕たちの間にはちょっと特別な絆がある」と話せば、マルセロは「僕たちは最後の最後まで、彼とともにある」と語る。また彼らと比べて控え目なルカ・モドリッチは、ジダンを「フットボール」そのものと形容し、彼が身近な存在であることを至福とする。
「ジダンとはフットボールについてよく話をする。彼もそういうことを話すのが好きなんだ。本当に何でも語り合う。昔のことや、彼のこと、彼が見せていたプレーについてとか……。ジダンのフットボールの話には引き込まれてしまう。これまでのジダンがどういう存在だったかということに鑑みても、彼の考えがピッチに立つ自分の後押しになるなんて、とても誇らしい」
奇抜、特異な戦術がなくたって、彼ら主力選手たちが素直に規律を守って(C・ロナウドだって守備をするのだ)、慢心なくその力を発揮すれば、マドリーは強い。そしてジダンは規律を守らせながらも、自身も信じられないことをやってのけていた選手であったために、彼らの可能性を信じられる。リヴァプール戦、ベイルのオーバーヘッドが決まった直後には、C・ロナウドがユヴェントス戦で似たようそれを決めたときと同じく反射的に手を頭に乗せて感嘆を表していた。スコアが動いた事実でなく、フィニッシュの美麗さを先に受け止めていたのは、じつに彼らしい。
■スポーツ界が世の中に供する「最強」の象徵

選手たちへの依存度が高いために不安定にもなるジダン・マドリーだが、ここ一番ではその強さを存分に発揮する。今回のCL決勝ではロリス・カリウスが浮足立ってしまうなど、リヴァプールが舞台慣れしていない様子を露呈した一方、マドリーはサラーの負傷退場を機に、容赦なく彼らに襲い掛かった。サラーとの一件の後でも(もちろん)動じないS・ラモスの攻撃的な守備、超絶技巧のウィングと化すマルセロ、モドリッチの落ち着き払ったゲームメイク、前線でプレーの流れを生み出し、抜け目ないプレスから先制点を奪ったベンゼマ、オーバーヘッド&無回転ミドルで自身の価値を誇示したベイル……。CL決勝までの道程で決定的な働きを見せたC・ロナウドは不発に終わったものの、誰かが欠けても誰かが活躍を果たす。マドリーはマドリーらしく、強かった。
アトレティコスが「フットボールは人生そのもので、逆境を越えていかなければならない。アトレティはその象徴」と主張すれば、マドリディスタスは「フットボールは勝つことに醍醐味がある。まあ、どこにドラマを見出してもいいが、俺たちこそ世界最高のチームなんだよ」と返す。スペイン首都のバルでは、毎日そんなことを言い合っているが、今季は両ファンともにそれぞれの言い分を正当化している。リヴァプール戦の翌日、優勝パレードの終着地となるベルナベウへと向かうメトロの中で、マドリディスタスは「カンペオーネス! カンペオーネス!」「俺たちはヨーロッパの王」「インディオス(アトレティコファン)は誰が首都を支配しているかを知れ」「ピケ、チャンピオンに敬意を示せ」など、もう一度欧州王者となった喜びを歌っていた。そう、こうやってベルナベウに集まって、彼らがビッグイヤーを崇めるのは3年連続……まるで、恒例行事のようである。このマドリーは、かつてのマイク・タイソンのように、そしておそらく、1950年代のチャンピオンズカップ5連覇を果たしたディ・ステファノのマドリーもそうだったように、スポーツ界が世の中に供する「最強」の形容、象徵となったのだろう。
その中心にいるジダンは、そんな厳つい言葉に似つかわしくない柔和な笑みをたたえている。
「この笑みはポーズじゃない。幸せの笑みなんだよ。私は、幸せだ。自分がマドリーというクラブで監督を務めていることも、この日々がいつか終わることだって分かっている。だが、その日まで幸せであり続けるだろう。私はマドリーの選手となり、マドリーの監督にもなった。これ以上、何を望むことができる?」
その仕草は、チームが不調に陥ったときにも、決して絶やすことのない強靭なもの。C・ロナウドの退団示唆を聞いたときにも、「彼は絶対に残らなければならない」と話しながら、目尻にしわをつくる度量があった。選手時代の彼は、どんなボールであっても魔法のように簡単にトラップしていたが、今は最強の選手たちのエゴを魔法のように包み込みながら、最強のチームを築き上げるという難易度の高いことをやってのけている。「物事があまりうまく進まないときも、とても良いときにも陶酔感に溺れてはいけない。陶酔は、絶対にダメだ。いつだって真ん中が望ましい」。幸福感はあろうとも、しっかりと地に足をつけながら。最強の称号にも、儒教にある中庸のごとく、慎ましさを忘れずに。
文=江間慎一郎

▶サッカー観るならDAZNで。1ヶ月間無料トライアルを今すぐ始めよう
【DAZN関連記事】
● DAZN(ダゾーン)を使うなら必ず知っておきたい9つのポイント
● DAZN(ダゾーン)に登録・視聴する方法とは?加入・契約の仕方をまとめてみた
● DAZNの番組表は?サッカーの放送予定やスケジュールを紹介
● DAZNでJリーグの放送を視聴する5つのメリットとは?
● 野球、F1、バスケも楽しみたい!DAZN×他スポーツ視聴の“トリセツ”はこちら ※提携サイト:Sporting Newsへ


